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ナイトメアロストチャイルド  作者: おのこ
SS2:猟犬は獲物を逃さない
51/53

決着《リグレット》

「ハァ…ハァ…ハァ…」


 倒れ伏す一人、それに対し右腕を差し向ける一人。


「テメエ、なんのつもりだ」


 立っていたのはアキナシだった。

 アキナシは最後の瞬間に訪れた早打ちに己の最速の火弾を選択した。

 弱々しく、その火力は服すら燃やせないただ最低限の衝撃と熱のみを内包した攻撃――それでも、遅すぎる【魔法】

 もしもケンゴがナイフでも拳銃でも出していればアキナシは死んでいただろう、だが。


 胸を火弾に打たれ、仰向けに倒れるケンゴの右手にあったのは、一本の煙草。


「テメエ!なんのつもりだ!!」


 人生の全てを賭け、ありとあらゆる策略の末たどり着いた攻防、一瞬の判断ミスすら許されない命のやりとり、その決着が、これ。

 ケンゴはまだ生きているだろう、だが、弱いとはいえ胸骨にひび程度なら入る一撃、今の状況を見れば勝負はついていた。


 ケンゴは答えず、天井を見上げたまま煙草に火を付ける。

 アキナシは、それを見て、吐き捨てた。


「そうかよ、なら、ふざけたまま死―――」


「勝利の一服だよ」


 その言葉と同時にそれは動いた。

 それは理外の身体能力で天井を跳ね、着地と同時にアキナシを背後から頭部を鷲掴みにし吊り上げる。

 アキナシは咄嗟にそれを振りほどこうとしたが、万力のようなそれはピクリとも動かない。


「テメ!離っ!」


 ケンゴは、怪物に吊るされたアキナシに静かに告げた。


「増援は呼んでたから来るのは時間の問題だった。あとは、介入できるタイミングを作るだけだったんだよ」


 アキナシはその言葉に激昂した。


「テメエ最初から!」


魔法使い(メガロマニアックス)相手に、タイマンでやり合うワケないだろ馬鹿馬鹿しい、じゃ、あとよろしく」



 【悪夢】はその言葉に応じるように、アキナシの耳元で囁いた。



「【悔い改めろ】」



 怪物の手が離され、アキナシは膝を着く。

 目の前に現れるのは、かつての同僚達、上司、殺した悪魔崇拝者達(サタニスト)、犯罪者となり置き去りにした妻子達、彼らは彼を責めはしない、だが、彼は彼らに犯した罪を知っている。

 ――それが幻覚だと分かっていても、アキナシにはどうしようもなかった。


「ぐ、が、ぎあ」


 精密な【魔法】の歯車が錆付き欠け崩壊していく、それどころかアキナシの心を支えていた芯と呼べる【憎悪】すらその後悔達にすり潰されていく。




 視界はいつの間にか横に倒れていた。


 幻覚の向こう側に居るのは、煙草を吸うケンゴと、フルフェイスと黒い革ツナギの何者か。

 ケンゴはあの日と同じ冷めた目でアキナシを見下ろしながら話し出す。


「先輩、貴方を見て改めてどうしてやろうかボクは考えたんだよ」


「最初は取り逃がした獲物を殺してやろうと思った。それが道理だろうと、でもさあ」


 その顔は屈託のない満面の笑みで、だからこそその答えは醜悪そのものだった。


「アンタはボクとの決着に拘った。だから、ボクの手で引導を渡さないのがアンタにとっちゃ最悪だろ?先輩?」


 アキナシにはそれに何かを喚く気力すらなかった。


 ぼんやりとした意識の中で後悔達に擦り減らされ残った憎悪の残り滓()がアキナシの意識に浮上する。


 アキナシにとって最初の怒りは、自首を勧められ、殺し合いになった時ではなかった。

 それは、赤い警告灯の光とサイレンの音が聞こえた時だった。

 それが聞こえた時始めて、裏切られたと感じた。


 (そうか、俺はあの時嬉しかったんだ。最初から敵対する事が理解っていたのに、アイツが俺を敵だと認識したのに、俺を先輩だと思って説得してくれてた事が、殺し合いになったとしても、それで―――)


 ようやく掴んだ真実の感情もまた、泡の如く弾けて消えてゆく。


(―――下らねえ)


 アキナシは自己を苛む後悔の幻覚達に哀願の手を伸ばし、意識を手放した。




 炎の満ちる空間の中、ケンゴとケイは、気絶したアキナシを見下ろしていた。


「おっ、気絶した?気絶したかな?いやこの【魔法】本当に強いね~、イッテテ…いや肋折れてんのに煙草吸うもんじゃないね」


 ケンゴはおどけて、煙草を捨て床で踏み消すとケイに首だけ向けニタリと笑った。


「おつかれ!()()()()()、いやータイミングバッチシ!最高!」


 その言葉にケイは苛立ち混じりの言葉を吐き出す。


「アンタ、頭おかしいのか?間に合ったのは偶然だし、そもそも僕が来ないとは思わなかったのか?」


 ケイのスマートフォンに届いた一通のメール、この場所の住所と救援のお願い。

 それを受けるかはケイ次第であったし、実際ケイは動くべきか悩んだ。

 結果として応じる事にしたもののケイが到着できたのは本当に最後の最後、ケンゴとアキナシの早撃ち勝負のタイミングだった。

 燃え盛る廃屋に踏み入ったケイと目が合うとケンゴは嬉しそうに笑いあの結果を嬉々として産み出した。


「一歩間違えば死んでたんだぞ?」


「でも、ちゃんと来てくれただろ?」


 怒りの滲むその声にケンゴは子供を見るような微笑みで返す。


「まあ、実のところ計算ミスっててさ、あの時は使える武器もなかったんだよねえ。それにほら、あの状況ならボクが死んでも、君はアイツを容易に倒せただろ?なら、問題ないじゃない?」


 その表情には嘲りも戯れもなく本心だとケイには感じ取れた。

 だからこそ、


「ケンゴさん、やっぱり僕は貴方が信用できません」


 ケイはそう断言した。

 感情表現豊かに見えても、それらの行動から感じる感情はこの男が相手がそう受け取るようにデザインし表現したものでしかないのではないかという疑念、本心に見えるがそこに本来の感情など無いのではないかという恐怖、最初に感じた悪魔のような男という形容が最も正しく感じたからだ。


「いいよ、いいよ、そこを期待してるんだからさ」


 それに対してケンゴは寧ろ嬉しそうに答えた。 


「僕が悪意を持った人間だったら、君が狩ってくれるんだろ?そうじゃないと困る」


――――――――――――――――――――――――――――――


 ケイがその場を去り30分後、警察の救援が元家電量販店の廃墟の残骸へと到着した。

 元家電量販店の入り口でボロボロになりながら笑みを絶やさないケンゴと上の空で何かを呟き続ける犯人(アキナシ)が彼らを出迎え、数多の傷跡と爆炎の痕を残し未だ燃え続ける凄惨な現場と犯人を他の警官達に明け渡した。



 帰りの車はここに来た車と同車種の黒いセダン、そして運転手はコウイチだった。


「いや、僕も被害者で凄い疲れてるんですけど、なんでケンゴさんの送迎やってるんすかね?ちょっとおかしくないっすか?五課(マル魔)?」


「それを言うなら僕だってそうだよ、どう見ても重傷なのに応急処置して普通の車で帰宅っておかしいでしょ?」


 二人はお互いに出た愚痴に顔を見合わせゲラゲラと笑った――実際の所、街に行われた数々の工作の影響で救急車がここに来る余裕などなかったのが原因なのだが。


「何にしても生きてくれててよかったっす。完全にここは俺に任せて先にいけって感じで、死亡フラグビンビンだったんで、アレで死なれてたら一生引きずりますわ」


「いやー足手纏い込みじゃ、倒すのシンドイ相手だったからなぁ」


 足手纏いという言葉に「うええ」とコウイチが声を上げるが、ケンゴにはあの時コウイチを残すという選択肢もあった。だが()()()()()という本当の切札を呼ぶには、彼の存在は邪魔だったが故の決断だった。


「あーそういや、ケンゴさん、預けてたアレ、返してくださいよ、そっちの方が倒す人数多いからって、毟り取ったやつ」


 コウイチが片手でハンドルを握りながら、左手をケンゴに差し出す。


「あー、アレね」


 ケンゴはジャケットの内側を探ると、ホルスターごと拳銃を手渡す。


「こっちも使い所無かったから、新品同然ピカピカだよぉ~」


「うえ、なら奪われ損じゃないっすか……ひでえなあケンゴさん」


 運転しながら片手で器用にホルスターを装着する将来有望な後輩を眺めながらケンゴは呟いた。


「君くらいアホっぽい方が後輩としては良いのかもねえ」


「なんすか?褒めてるんです貶してるんです?」


 どっちっす、どっちっす?と言うコウイチにケンゴは笑う。

 

 唐突にそれからしばらくの間、会話が途絶えた。

 別段空気が悪くなった訳ではなく、二人共異常に疲れていたからだ。

 お互いに眠気すら感じてきた頃、コウイチがぼんやりとケンゴに質問をした。


「そーいや、今回の逮捕したアキナシさん、でしたっけ?元五課(マル魔)で、ケンゴさんの先輩だったんすよね、どんな人だったんです?」


 ケンゴもまたぼんやりとそれに答える。


「あー、腕は良いけど、金にガメつくて口が悪くて、偉そうで下品だし、酒癖も悪いし、人間としては最悪だったよ」


 口は勝手に動いてた。

 余計な事を言っている。

 ケンゴはそう思いながら、眠気に負け遠のく意識の中、寝言のように続きを呟いた。


「でも、嫌いじゃなかった」

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