切札《キリングゾーン》
先手を取ったのはアキナシだった。
下ろした右腕を振り上げるように煽り、地を這う炎を波のようにケンゴへ放つ。
ケンゴがそれを斜め前方に躱すと、その進路を遮るように次は左。
ケンゴはたたらを踏むように減速し、真横に跳ねる。
横に振るわれた炎鞭をケンゴは勢いのまま転がるように掻い潜る。
それらの一方的な攻撃が絶え間なく繰り返されていく。
それも一つ一つが、昂ぶらされた憎悪により先程の攻防に比べ遥かに殺傷力を増している。
常人ならば、数秒で灰燼と化す猛攻、だが、
(威力の分、精度が落ちている、クソが)
僅かに距離を詰め続けるケンゴを見て内心で悪態をつく、ただの敵ならこれで終わりだろう、だが相手を考えれば寧ろ見え透いたテレフォンパンチでしかない事をアキナシは理解していた。
しかし、アキナシはその連打を続ける。
少なくともケンゴは当たれば死ぬその大ぶりな攻撃を体力を使い回避し続けるしかない、それは後の為の削りとして十分に機能する。
思考の間に耳障りな声が響く。
「ははは、壊れた玩具みたいだねえ先輩」
ケンゴは5回目の炎波を躱すとそう嘲笑し、足元のそれを蹴り上げた。
その手に持ったのは突撃銃、それと同時に放たれるほぼ必中の距離での三点バースト。
「無駄だって言ってんだろ?間抜けか?」
アキナシは次の攻撃の手を止め、瞬時に右の手で炎膜を形成した。
その狙いは銃口を見れば分かる、五課なら誰でも出来る芸当だ。
正面の視界が部分的に塞がる。
その裏でケンゴが動いたのが見えた。
アキナシは視線をわずかに上げる。低い弾道で放物線を描き投げ出されたナイフ。
余裕を持って躱せるが、当然見たままに対処が可能な筈がない、そうなれば当然。
「芸が無えんだよ!」
背後から飛翔する二本目のナイフを目視すると同時に炎膜を上に引きずるように拡張する、二本目が一本目の尻を叩き加速――ビリヤード打ち――とともに炎膜に衝突する。
(タイミングが早え、焦ったか?いや違えな、自分の次の為か洒落臭え)
対処法も見え見えの攻撃、それでもなおケンゴは目的の為、アキナシの手番を使わせる必要がある。
ケンゴはその動作を確認する前に既にステップを踏みながらアキナシに接近している――ナイフの間合いだ。
「ヒヒヒヒ」
気味の悪い笑い声がアキナシの耳に届く、全てが癇に障る。
だが、想定通り。
「接近戦なら勝てるってか、間抜けがよ」
アキナシはここまでの流れを読んでいた。
既にアキナシの周囲には障壁で包まれた一酸化炭素ガスが仕込まれている。
これは、アキナシの合図と同時に障壁が割れ、大気中の酸素と化学反応を起こし爆発を起こす――バックドラフトと呼ばれる現象だ。
無論、自分を巻き込む攻撃に即死級の爆発は用いれない、だが、その不愉快な脚を焼き、床を舐めさせるには十分な火力。
炎に紛れ、足元に仕掛けられた不可視の爆弾、その範囲にケンゴが踏み入った。
(これで這いつくばれ)
起動の合図に足を踏み鳴らそうとしたその時、アキナシの肩に激痛が走り、その行動が止まる。
見る余裕は無い、だが肩にかかる重みが、自らに突き立つナイフの存在を教えている。
(なんだこれは、いつ)
一瞬の混乱の末、ナイフの辿った経路を想定しアキナシは気づいた。
二発目、一発目を加速し弾かれた軌道は上へ向かっていた、それはアキナシの直上。
時間差の罠。
いつの間にか目の前に居たケンゴは右のナイフを突き出そうとしている。
時間が無い。
アキナシは周囲に障壁を展開しつつ中断した行動を慌てて再開する。
視界の隅に映るものに気づけたのは既に起動の処理が完了した後だった。
念力で形作られた無数の殻が砕け、その中の無色無臭の猛獣が酸素を喰らい咆哮を上げる。
地を揺らす轟音が地獄の底に響いた。
ケンゴはその切札の存在を看破していた。
正確に言えば、アキナシは何かしらの爆発を起こす地雷原のごとき【魔法】を仕掛けているという予測。
アキナシが五課時代に多用した手榴弾による曲芸じみた技、その中でも特に信を置いていたのは未来予知とも言える程の置き弾の精度、ケンゴを殺す為にはそれを用いると確信していた。
そして、ケンゴの数少ない勝ち筋の一つであるナイフによる接近戦。
【魔法】の精度低下によりそれを防げないとなれば、必然的に自分の周囲に何かしらの罠を仕掛けざる得ない。
結論は一つ、自らの炎に対して障壁で身を守りながらの周囲への範囲爆破。
アキナシはその為に、ケンゴを揺さぶり、誘い、ケンゴはそれに乗った。
ただし、誘いに対し警戒を上にそらした上で、自らも火力を上乗せするよう手榴弾の起爆を重ね、アキナシの予想を越える破壊をその場に産み出しながら。
爆風により炎すら消し飛ばされた空間の中心で二人の男が血に塗れながら互いに殺意をむき出しに睨み合う。
ケンゴは生きていた。
無傷ではない、機動力の要となる足が焼け爛れもはや近接戦闘は不可能な状況となっている。
だが、彼の目の前に居る男よりかはマシだろう。
接近と同時に炎膜による死角から転がされた手榴弾は、ほぼ全てがアキナシの背後に配置されていた。
障壁による防御が行われていたとはいえ、いわばケンゴの盾にされる形で想定以上のその爆発を受けたアキナシは辛うじて立ってはいるものの、背に受けたダメージは内から血塗れとなるトレンチコートから見て取れた。
双方共、生きている。
それはお互いに相手の対応を刈り取る策だったからだ。
アキナシはケンゴの脚を狙い。
ケンゴはアキナシの周囲の炎を狙った。
双方狙いは果たした。
だが、命の天秤はケンゴに微笑んだ。
アキナシは速度・威力・範囲、全てにおいて優れた【魔法】を持つ凶悪な【魔法使い】だ。
ただし、それは操る炎が存在する場合に限る。
それらは過剰な爆風により、極小規模ながら二人が対峙する空間から消し去られていた。
今この時、アキナシは身を守る炎壁も、過剰過ぎる殺傷力を誇る炎波も使えない。
無から炎を産み出すのであればアキナシは凡庸な【魔法使い】に成り下がる。
この状況を作り出す事こそ、ケンゴの切札だった。
爆風の衝撃から立ち直り、動いたのは同時だった
「ケンゴオオオオオオオオオオ!!」
「ヒハハハハハハハハハハハハ!!」
アキナシが震える右腕を構え、炎を溜める―――遅い。
ケンゴが懐に手を差し込む、
乾いた破裂音が鳴り響き、ドサリと音がした。