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ナイトメアロストチャイルド  作者: おのこ
SS2:猟犬は獲物を逃さない
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火吹き男《パイロキネシス》

「なあケンゴ、鼠みたいに罠に誘い込まれた気分はどうだ?」


「思ったより悪くないねえ、相手から来てくれるのは楽でいい」


 ケンゴは軽口と共に迫りくる火弾を紙一重で躱し引き金を引く。

 交差する弾丸と火球、だがケンゴの放った弾丸はアキナシの眼前に踊る炎壁に阻まれる。


「無駄な努力ご苦労様」


「そりゃどういたしまして」


 余裕の表情を見せ、ケンゴへ向けゆっくりと歩みを進めるアキナシに対し、ケンゴは壁面沿い走り未だ無事な棚に隠れながら周囲を旋回しながら移動する。

 その間にも隙間から銃撃を行うが再び、アキナシの足元の炎が再度壁となりそれを防いだ。


「ブンブン蠅みてえにうっせえのは変わらねえなぁケンゴ、いい加減理解(ワカ)んだろ?勝てねえってのは、まあお前だけは逃さねえがよ」


「いや、助かるね、前みたいにケツ捲られると面倒だからさあ」


 挑発の応酬をしながらもケンゴは足を止めない、回収した手榴弾を二発山なりに投げ、銃撃する。

 それを見たアキナシの左目がカメレオンのように動き、銃弾を炎壁が防ぎ、地を這う炎がムチのように宙の手榴弾を弾き飛ばす。


「逃げる必要がねえからなあ、真っ当に俺とやりあえばテメエが俺に勝てる見込みはねえ」


「そりゃあ面白い、随分準備頑張ったみたいだねえ」


 その言葉には不快感を感じたのか、アキナシは舌打ちをし右腕を大きく振るう。

 それを見たケンゴが反射的に棚の影でトカゲのように伏せるや否や、頭上を炎の鞭が棚を斬り裂きながら通過していった。

 アキナシのせせら笑う声が聞こえる。


「今ので死んでねえよなぁ?俺の目の前で死んでもらわねえとやりがいがねえ」


 ケンゴは今度は返答せずに地を這うように駆けながら思考を纏める。


火吹き男(パイロキネシス)、だけじゃないね、念力(PK)での炎のコントロール、防御もそれで担ってるか)



 火吹き男(パイロキネシス)



 【魔法】としての圧倒的な知名度に比べ、その魔法使い(メガロマニアックス)の確認数は極端に少ない。

 理由はたった一つ、【魔法】に目覚めた際の死亡率が最も高いからだ。


 【魔法】は行使者の思考を実現こそするが、その実現された事象から身を守ってくれる事はない。

 単純な話、火吹き男(パイロキネシス)魔法使い(メガロマニアックス)として産まれ落ちた瞬間に自らの炎に焼かれて大抵は死ぬ。

 

 その死因は五課(マル魔)であれば常識、だからこそ目の前の元五課(マル魔)であり、対魔法使いのエキスパートは、その【魔法】に目覚めた際の対処方法を無意識の内に考えていたのだろう。


 それは、念力(PK)による熱源に対する障壁と発生させた炎のコントロール。

 故に、炎では防げない筈の銃撃から身を守り、炎が形状を保ち結果として物理的破壊を伴う。


(言ってしまえばそれだけだけど、出が早いのが厄介だな)


 放った炎を操るという【魔法】、その制御を念力(PK)で行うという発想の副産物として、既にあると認識している炎を操る際の溜めが殆ど存在していない。

 その上、炎という視認できる存在を念力(PK)の対象に限定したことにより範囲と精度が向上している。

 それは宙に舞う2発の手榴弾と向かい来る銃弾をほぼ同時に対処した事より明らかだ。


(だが、手榴弾からは身を守った)


 対処の際、向けられた銃口には目もくれず、手榴弾を見たアキナシの目には一瞬の逡巡があった。

 

(思い出したんだろ?その威力と範囲、念力(PK)による障壁シールドを持つ魔法使い(メガロマニアックス)を殺す時の自分の十八番(オハコ)だったからな)


 魔法使い(メガロマニアックス)障壁シールドの強度は硬さで測るものではない。

 その身を守れると確信できるか否かだ。

 それ故に、銃弾の直撃を防ぐ障壁シールドがただの拳に砕かれる。


(なら決まりだ)


 ケンゴは舌なめずりをして、棚の影から飛び出した。


――――――――――――――――――――――――――――――


(またぞろ、下らねえ作戦考えてんだろ?)


 アキナシは一見無駄なあがきをしつづけるケンゴを見ながら、憎悪を煮えたぎらせる。

 アキナシが服用した天使の堕落(エンゼルフォール)は特別製、心の中の破壊衝動の先鋭化――憎しみのフラッシュバック――にこそ重きを置いて調整させられている。


 【魔法】持つ程の誇大妄想だ、当然思考能力の低下は免れない。

 だが、それが憎悪の(ケンゴ)相手なら話は別だ。


(テメエの事を忘れた日は無え、テメエが何をしてくるか、どうやって殺すか、俺の【魔法】(狂気)はその思考と分かたれねえ、確実に捌いて殺す)


 【魔法】を振るう度に、アキナシの思考に過去の苦い記憶(憎悪)が蘇り、更にその力を増していく。

 巻き上がる炎により崩れ行く焚き火に更に薪を焚べてゆくように。


――――――――――――――――――――――――――――――


 アキナシはごく短い期間、ケンゴの先輩であった。


 それは県警察刑事部の五課にケンゴが本庁より出向した時からであり、ケンゴの強い意向によりこの街に対策室を立て()()()()と呼ばれる内部粛清を始まるまでの間だ。


 この街にケンゴと共に配属になった表向きの理由は、いわば本庁から来た厄介者のお目付け役として、エリートとはいえ若手のケンゴの補佐、もとい先導を仰せつかる事になったベテランという役回り。


 当時のこの街は正体不明の悪魔崇拝者達(サタニスト)のグループの実験場であり、彼らは出処不明の財源を持ち、街の悪党どもを実質的に支配し、それに関わる刑事達もまたその財力に飲まれ、数多くが内通者として活動していた。

 アキナシもまたその内の一人であり、彼に課せられた役目は、正義感を持った本庁の馬鹿(ケンゴ)が余計な事に気づかないように監視する役目と、悪魔崇拝者達(サタニスト)に指示された小グループの合法的な粛清だった。


 ケンゴは犬のようにアキナシの後ろをついて回り、現場を積極的に回っていた。

 アキナシは未だにその頃の事は鮮明に覚えている、本庁からのキャリアでありながら先輩である自分の言葉にヘコヘコと従い、教えてやればスポンジのように教えを吸収する、よく飲みにも連れて行き潰れるまで飲ました。全くもって良い後輩だった。


 今思えば、それもまたアキナシの腹を探る為の偽装だったのだろう。



 それが起こったのは曇り空の月もないある夜の事だった。

 現場帰りの車内、助手席に座るアキナシは窓の外の川面を眺めていた。

 街で最も大きな川であり、郊外と街中を繋ぐ境界線。

 広さの割りに灯りも少ない為夜はドブ川にしか見えないそこを渡す大橋が、彼らのお決まりの帰り道だった。


 大橋の中程になり運転席に座るケンゴが唐突に呟いた。


「先輩、自首、できませんか?」


「はあ?」


 半分眠りかけていたアキナシは間抜けな声を上げた。


「自首です。内通の嫌疑が先輩に掛けられています。いまはまだ、嫌疑です」


「内通って、お前、俺がか?」


「はい」


 それから、ケンゴはつらつらと話し始めた。

 彼の日常の行動、事件の調査進捗の不自然な空白、過剰とも言える現場の破壊、通話記録、そして金の流れ。


「今はまだ、僕が、それらの証拠を握ってます。だから、まだ嫌疑です」


「なるほどな、そういう事かよ」


 アキナシはケンゴの優秀さを知っていた。

 だからこそ常に目を向け、警戒していた筈だった。

 しかし、この後輩の従順さにその警戒はいつの間にか、ヌケてたらしい。

 まんまと騙されたと言うわけだ。


「それで自首か、全くいい後輩だな」


「すいません、先輩、それが仕事だったんで」


 その言葉が開戦の合図だった。


 アキナシが右手で拳銃を抜き、ケンゴの側頭部に照準を向けた。

 それと同時にケンゴは急ブレーキを踏みながら、左手でアキナシのシートベルトを掴み首に巻きつける。

 アキナシは咄嗟にベルトに残された片手を付き込み、気道を確保する。

 操作を失ったハンドルが踊り、橋の欄杆に車体がぶつかり乗り上げる。

 引き金を引いた拳銃は、衝撃で逸れ天井を穿つ。 

 それを確認したケンゴはアキナシの首に巻き付けたベルトを更に締め上げ、拳銃を持つ手の甲に右手で引き抜いたナイフを突き立てる。


「テメ…!」


 呻き声のような悪態をついた時、窓の外に赤い警告灯の光とサイレンの音が響く。

 それは橋の前後から近づき、数名の武装した警官が次々と現れる。

 二人の動きは静止していた。


「すいません、先輩、これが仕事なんで」


 ケンゴは酷く冷めた目でアキナシを見ていた。


「なるほどな、そういう事かよ」


 断られた際の増援、思えば当然の備えだった。

 だからこそ、アキナシは、腸が煮えくり返った。

 

「テメエは、絶対に殺してやる」


 状況的に逆恨みとしか言いようがない感情。

 その根源が何か彼には分からなかったが全てに優先する絶対的な憎悪の感情だった。


 アキナシは言葉にならない叫びを上げ、痛みも忘れ動く。

 アキナシのナイフで貫かれた右腕が振り抜かれ、ケンゴが体を無理やり捻り回避する。

 だが、アキナシにとってはそれが狙いだった。

 掌から突き出したナイフがケンゴのシートベルトを切り裂くと同時に無理やり突き出した左足が、運転席側のドアロックを解除し押し開く。


 ケンゴは狙いに気づいたが、無理な回避でそれに対し一手遅れた。

 アキナシは残された右足を突き出すとケンゴを車外へ追放した、同時に投げ出された手榴弾と共に。


「あばよ、ケンゴ」


 これから同僚殺しのより重い罪で捕まるであろう未来と関係なく、アキナシはケンゴを嘲笑った。だが。


「先輩、残念です」


 その冷静な声が、彼の喜悦に水を差した。

 ケンゴは転がり落ちながら、空中でそれを掴み取り、着地と同時に車内へ投げ返した。


「ん、だとォ!」


 アキナシの手は完全に読まれていたわけではない、ただ、あの一瞬の交差の中で、ケンゴが彼の得意技を真っ先に思い出していただけだ。

 短い間であったが先輩と後輩であった時間、それが遅れた一手を取り戻した。


 手榴弾は、欄杆に乗り上げ傾斜した車体の後部座席へと転がっていく。

 アキナシはケンゴにより仕掛けられたシートベルトの拘束に阻まれ、脱出の為に残された猶予を食いつぶす。

 

「クソ、クソ、クソが!ケンゴ―――!!!」


 憎悪の叫びと同時に手榴弾の爆発が、車両の爆発を呼び、アキナシは炎に包まれる。

 今まさに迎えようとしている死への恐怖。

 だが、それをケンゴへの憎悪が上回り、アキナシは動く。

 過剰分泌されたアドレナリンとβエンドルフィンが痛みを忘れ、限界を超えた力でシートベルトを引きちぎり、アキナシは窓を破り飛び出した。


 数秒の僅かな浮遊感と共に、汚濁の交じる川へアキナシは落ちる。

 ナイフが刺さったままの右手の出血が激しい。

 右目が見えない――炎に焼かれたか。

 おそらく骨のいくつかは折れている。

 だが、そんなもの関係なかった。


(死んでやらねえ、テメエを殺すまでは)


 アキナシは泡を吐きながら嗤った。

 水中を藻掻くように泳ぎ、長い長い計画を考え始める、想定される優秀な後輩が今後やることとその結末。

 そして、犯罪者へと堕ちた自分が確実にこの手でケンゴを殺す為の手駒を揃える為の計画を。


――――――――――――――――――――――――――――――


 その記憶は、泡のように現れ、泡のように消えた。

 幾度となく思い出し、幾度となく憎悪に叫んだ記憶、それは刹那のうちにアキナシの【魔法】を最狂のコンディションへと変えていく。


 ケンゴが棚の隙間から飛び出した。

 その顔には笑み、アキナシも同じ顔をしているだろう。


「来いよ、全てを後悔させてやる」


 アキナシの【魔法】はケンゴに対しては真の誇大妄想狂(ウィザード)と言って差し支えない力があった。

 それも全て身も心も全て焼き尽くす妄執が彼を動かしている。

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