臨機応変《カーチェイス》
夜の街を一台のセダンを先頭に、二台のワゴン車が追跡する。
戦場は片側三車線の国道、車通りはまばらにまだぽつりぽつりと走っているが、追跡者達はそんな事はおかまいましだ。
ワゴン車から繰り返される銃撃の隙間を縫うように、ケンゴは窓ガラスから対悪魔崇拝者達の為に用意していた軽機関銃で後方から迫るワゴン車を銃撃し続ける、しかし。
「やーぱ、対人用じゃ車両相手は無理あるねえ、あっちのワゴンもガチガチだ、効いてる気がしないし、ライフルがあればなー」
「何言ってんすか!ケンゴさん!そう言いながらもう一台潰してるんですからあと二台くらい頑張ってくださいよ!」
「いや、無理無理」
なんと言っても、敵の車両を破壊するタイミングすら気を使わなければならないのは一番の難敵だ、それに引き換え相手は好き放題、勝負にならない。
ケンゴは電話を片手に既にマル魔のメンバーに救援を要請しているが、到着は遅くなる可能性が高い。
ケンゴ達の武装も、屋内での対人戦闘を想定したものであり、火力も弾数も足りないというのが現状だ。
そもそも、内通者が立場の弱さから機密の持ち出しなどを手土産に内密に事を運び、悪魔崇拝者達は上手く行けば御の字と最終的な段階まで高みの見物を決めるものだと高をくくっていた。
しかし、今起こっている状況はそれとは真逆。
警察内部の内通者と目星を付けていた人間は、動きが見られず、逆に所属不明の武装集団にケンゴ達が襲われている。
彼等は恐らく、悪魔崇拝者達を中心とした部隊だ。
「つまり、ボクは相当高く買われているみたいだねえ、しかしなんでかなあ、費用対効果悪すぎじゃない?」
「なんすかそれ~~しっかりしてくださいよケンゴさん」
現状、おそらく悪魔崇拝者達はケンゴ達の移動経路と戦力的に孤立する状況の情報だけで、自らの戦力を危険に晒してまでケンゴを抹殺しようとしている。
未だこの街に浸透はおろか拠点すら置けていないだろう悪魔崇拝者達がそれほどまでにケンゴに価値を見出しているのは、予想外―――いや。
そこでケンゴはなるほどと手を叩いた。
「情報として今後この街に拠点を置くに当たって障害となるボクの危険性をプレゼンしたのか、そりゃシマハラ事件解決の立役者って事になってるもんなあ、はっはっは、逆に悪魔崇拝者達を踊らせるとは有能過ぎるね」
「はっはっは、じゃないっすよ」
ケンゴは、笑いながら窓から身を乗り出すと、一台のワゴン車から取り出されたロケットランチャーを確認する。
「あ、ヤバ、コウイチく――」
「あいさー!」
ケンゴが言い切る前にコウイチは既に動いている、ハンドルを激しく左に回転させると、強烈なペダルコントロールで車の速度を落とさず横に滑らせ、悪魔崇拝者達の他の車輌を盾にするように動く。
本当に卓越した判断力とドライビングテクニックだとケンゴは舌を巻いた。
「いやコウイチ君凄くない?何?なんかやってたの?」
「何興味津々なんすか、さっき言いましたよ無茶苦茶練習したんですって!」
練習の言葉で説明できるスタントではないとケンゴは思ったが口に出す前に後ろを見る。
時間が過ぎ、周囲の一般車は今は居ない、そしてコウイチのドライビングテクニック。
「なあ、コウイチ君、そのドラテク、ちょっと悪魔崇拝者達に見せてやろうよ」
「嫌な予感しますねえ、いいですよやってやりますよ!」
ケンゴの言葉に半ギレしながらコウイチは続く指示に従った。
コウイチが中央へ車線変更しアクセルを更に踏み込むとそれに合わせ、後方のワゴンが加速する。
先程のランチャーへの盾にする動きを警戒したのか二台は中央を開け挟み込むように来ている。
だからこそ、格好のチャンスだった。
「今だやっちゃいな!」
「どりゃああああああああ!!」
次の瞬間セダンのリアが踊るよう滑り前後を入れ替えるように反転、一瞬の静止の後、再加速しワゴン車二台の間をすれ違うように疾走する。
ケンゴもまた後部座席に移り、左右の窓を全開にしてそれを構える。
「ハッピーハロウィン、お菓子とイタズラ両方プレゼントだ」
高速の交差の一瞬、ピンを外した手榴弾が二つのワゴンの窓に放り込まれる。
数秒の後、二台のワゴン車が激しく左右に振れ、爆発した。
「あっはっはっは!良いねえ良いねえ、コウイチ君やるじゃないの」
「いや、ぶっつけでやるスタントじゃないっすねこれ、心臓がヤバいんですけど、でもこれで……」
そう呟いた視線の先に、おそろいのワゴン車が4台向かってくるのが見える。
「あー、あっちはマジのマジでやってきてるみたいだね」
「どうすんすかこれ……キリが無いっすよ」
そう言いながらコウイチは中央分離帯を強引に飛び越え、反対車線へと移っている。
ワゴン車達もそれに気づき、コウイチよりかは緩やかに同様の対処を始める。
「仕方ないな、逃げて倒すのはもうやめよう、とりあえず指示するからそこで迎え撃とう」
実際の所、二人の車両が動き過ぎる関係で、応援が全く間に合っていないという現実がある。
その上、敵の車両を3台撃破したものの、こちらの車両はいつ止まってもおかしくない程にダメージを受けている、遮蔽物の無い道路上で足を失えばその瞬間に死が確定する。
どこか防衛できる地点で足を止める必要があった。
「迎え撃つって、二人で?いやいや、どうやるんすかそれ」
それに対し、ケンゴはにこやかに返答する。
「柔軟かつ臨機応変に対応するのさ」
後部座席を貫通した弾丸が側を掠めるのを眺めながら、ケンゴは策を練り始めた。