事前通告《デクラレイション・オブ・ウォー》
「何……?」
夜も更けた警察署の所長室、そこで署長は目の前の男の言葉に耳を疑った。
「はあ、何とおっしゃられましても、以前お伝えしました通り、ご一報を差し上げた次第です」
男の名はケンゴ、慇懃に、彼は署長に告げていた。
この署内の部署にガサ入れを行うと。
「君は、アホか…?」
「いえいえ、約束事を破るのは署長との信頼関係に響きますので」
ケンゴはそのまま、今までの調査内容と、警察署内に悪魔崇拝者達との内通者が居る根拠を滔々と語り始める。
あっけにとられる署長も、その話の筋を追うにつれ深刻な顔に変わっていく。
「分かった、言い分と必要性は認めよう、それで対象は……?」
それに対し、ケンゴは困った顔で頭を掻く
「あーそれなんですが、まだ内緒で」
ピキリと署長の顔に青筋が立ち、手に持っていた万年筆がミシリと音を立てる。
「なんだ、もしかして君は私をおちょくりに来たのか?」
折れそうな万年筆を震える手で机に置き続ける。
「署内のどこそこの部署にガサを入れる。だから許可が欲しいと言うならば、必要な情報さえあれば許可を出そう」
そこからは明確な怒気をはらんだ声で叫んだ。
「だが、これから暴れます!どこで暴れるかは言えません、とはどういうことだ!馬鹿にしているのか!」
それに対しケンゴは慌てて、落ち着くように手で制す。
「いえいえ、申し訳ありません署長、決定的な証拠は手元にございますが、これは機密性を要する案件でして、ですが今の情勢、一つの部署が倒れたとしても立て直すだけの構えを署長にして頂きたく……」
「もういい!出ていけ!これ以上聞いていると耳が腐る!」
その言葉に、ケンゴは深く頭を下げあっさりと踵を返す。
扉を出る直前、振り返りもう一度頭を下げる。
その視線は署長室の右奥に鎮座する観葉植物の植木鉢をチラリと見ていた。
――――――――――――――――――――――――――――――
「あっはっは、マジギレだったなぁ、ま、いつものことだけど」
「外まで聞こえてましたよ……よくあんな真似できますね」
夜の街を、黒塗りのセダンが駆ける。
行き先は、急遽タレ込みがあった小規模な悪魔崇拝者の拠点。
忙しい時だが、だからこそ、通常通りに働いている姿を見せなければならない。
助手席に座るケンゴが秋の夜空を見上げながらボリボリと棒アイスを食べ、運転席のコウイチはため息をつく。
「それにしても、コウイチ君、運転上手いねえ、静かだし寝ちゃいそうだ」
「ありがとうございます、いや以前若いやつは運転下手って言われたのが癪だったんで、一時期猛練習しまして」
「そりゃガッツがあるねえ」
その会話を最後に暫く車内に無言の時間が続き、耐えきれなくなったコウイチが喋りだす。
「で、上手くいったんですか、釣りは?」
「あっ、それここで聞いちゃう?盗聴とか気にしない?」
ケンゴは恐ろしいものを見た顔でコウイチを見るが、コウイチは慌てる素振りすら見せない。
「ケンゴさんの用意した車で盗聴器とか気にするのも馬鹿らしいじゃないっすか」
コウイチのスレた言葉にケンゴは腹を抑えてゲラゲラ笑う。
「コウイチ君も、ほんの数日で染まっちゃってまぁ――その通りなんだけど」
今回行った、署長室でのご一報の意図はおおよそ警察内の内通者の最終的な炙り出しと、悪魔崇拝者達ではなく内通者から動いてもらう為の行動だ。
「まぁあの部屋の盗聴器は外に繋がっちゃいない、十中八九内部だけだろうから問題無いよ」
少なくとも、逮捕するだけの証拠ならほぼ手元に揃っている、対象者も絞り込み済みで、竿を引けばあとは釣れるだけという状況だ、証拠隠滅を図ろうが関係なく一網打尽という状態、だが。
もし本当に内部にガサ入れを行うなら、悪魔崇拝者達は彼等を見捨て逃げるだろう、ある程度繋がりが残されていても、それでは美味くない。
逆にこのまま放置し、悪魔崇拝者達が先に内通者が疑われていると先に気づいた場合、これもまた悪魔崇拝者達が彼等を見捨て逃げる。
結局の所、その存在が疑われてしまえば内通者など小さな魚なのだ、だからこそ大物を捕るために彼等にこそ頑張って貰う必要がある。
自分は救うに足る存在だとアピールし、悪魔崇拝者達により高く買ってもらう為のアクションを取らせる、泳がせ釣りという訳だ。
「本当に動かざる得ないタイミング迄に考えて頑張ってもらわないと困るんだよな、頭が働くヤツなら良いんだけど、ただ逃げるだけならマジで無駄な労力だから嫌だなあ」
アイスを片手にだるそうなケンゴの態度にコウイチは眉間にシワを寄せる。
「相手の有能さを期待するってなんか複雑っすねえ」
「大抵の物事はそうなんだよ、一見双方向に利益があるように見える関係でも、その実リスク自体は不均衡って事ばっかりさ、だから弱者は食い物にされる」
「その弱者を餌にしてるのはケンゴさんっすけどね」
ケンゴがその言葉にヒヒヒと引き笑いをする。
「まあ、なんにせよ少しだけ様子を……コウイチ君、前見て前」
「いや、見てますけど、工事っすよね?」
目の前に、工事現場の誘導が入る、巨大なクレーン車に夜間照明、看板、誘導員が2名、作業員達は慌ただしく赤いカラーコーンと黄黒のコーンバーで区切られた区画の中を歩き回っている。
静止を求める誘導を合図に車が静かに減速していく中、ケンゴは考える。
残り10m程、最徐行の速度。
誘導員が誘導灯を片手に近づいてくる。
それを見て、ケンゴは右足を運転席に突き出しアクセルを全開にした。
「ちょ、ちょっとケンゴさん!」
「コウイチくん、ハンドルを離すなよ、なんとか抜けてくれ」
急激な加速に、誘導員が慌てて懐に手を入れ――跳ね飛ばした。
フロントガラスに男がぶつかり、蜘蛛の巣のように左側の窓が白く濁る。
「はっはっは、こりゃまいったねえ!」
「何笑ってるんですか!人轢いたんすよ!免停だァーー!!」
コウイチはケンゴに強制的に加速させられながらギリギリで一車線と化した道路に突っ込んでいく。
「いやねえ、なんというか遅かったのはボク等の方だったかもしれないね」
「何がですか!」
「ホラ、ボンネット見て、彼は差し詰め接近して暗殺担当かな?」
「ボンネットって、えっ……」
ワイパーに引っ掛かるように残っていたのは、拳銃、そしてそれが引っ掛かる機会など一つしかない。
優雅に窓を眺めるケンゴの目には横切っていく道に佇む作業員達が、次々と軽機関銃を取り出していくのが見えた。
「どうやら、彼等はボクの首を手土産にして渡りをつけようと思ったみたいだねえ」
通過した背後から、無数の発砲音が響き、黒いセダンに幾つもの銃痕を残していく。
「ウワ!ウワ――――――!!」
コウイチが叫び続ける中、ケンゴは落ち着き払って言った。
「それじゃ、いけるとこまで」