寄生虫《リーク》
黄金色の光が、ブラインドから漏れ込む夕暮れ時。
うつらうつらと船を漕いでいたコウイチの耳に、突然陽気な声が響きパチリと目が醒めた。
「はいはい、みんなお早う、みんな元気そうでボクァ嬉しいよ」
「け、ケンゴさん!」
昨日コウイチを事務室に置き去りに出ていって以来帰っていなかったケンゴの帰還。
その手には大量のお菓子や、飲み物――やたらとコーヒー類が多い――を抱え、ニコニコと事務室を見渡している。
事務室の中は死屍累々と言っても良い、虚ろに動いている者もいれば、机に突っ伏している者もいる、いや、いた、が正しい。
ケンゴの帰還と共にそれぞれが、幽鬼のように頭を上げ、その目にはギラギラとした――先輩の言う脂ぎった――目を鈍く輝かせている。
「んじゃあコウイチくん、頼んでた件端から頼むよ、まず組成!」
「え、はい、組成に関してですが、シマハラ産レシピで間違い無いかと」
昼頃、ほぼ最後のファイルでシマハラの研究資料の天使の堕落と今回手に入った天使の堕落の組成が一致した。
「調整としては既に【魔法】を発現している使用者の力を高める、というか、自己の不安感情をより強める方のセッティングみたいですね」
正直、快楽を求める店の客には向かないだろう、黙って卸せばバレないとはいえなぜこんなものをというのがコウイチの感想だ。
「へーへー、ほー、んじゃ次、店主への取り調べ結果!」
「あーそれなんですが……」
そう言って調書の資料をケンゴに手渡す。
だが、その内容は支離滅裂だ、イカれた精神病患者のうわ言そのもので、使い物にならないだろう。
それが、一昨日の夜あの店を襲撃した犯人の【魔法】によるものだとするなら。
「なんなんすかね、ブギーマンって、義賊のつもりなんでしょうか?こっちとしては迷惑なんすけど」
そうコウイチは溜息をつく、他の被害者もほぼ同じ状況。
ブギーマンと名乗る襲撃者は、今は所謂、無法者のみを襲撃しているが、いつ被害が一般市民に及ぶかもわからない、それに、着任前に捜査していた【悪夢】の怪物と同じ名を騙るのも意味不明だ。
「今の事件もいいですけど、コイツも早めになんとかしないとヤベーっすよ、絶対ロクな事にならないっす」
調書を読みながらケンゴはそれに返答する。
「ま、それ前も言ったけど手は打ってあんのよ、ボク担当だから気にしなくてオッケー」
指でマルを作りながら笑みを向けるケンゴにコウイチは再び深いため息を吐いた。
正直何を考えているか分からないが、ひとまず上司が働かなくていいというならそれに従うのが勤め人というものだ。
そんなコウイチの溜息を無視してケンゴは再びパンパンと集合を掛け、亡者のように集合する同僚達にケンゴがコーヒー缶を投げ渡していく。
「いいねぇ、気合十分って感じだ、じゃあボクのお散歩の結果をご報告させてもらおうかね」
ケンゴは周囲に目配せをすると同僚の内数人が扉と窓につく。
それを確認し、まず、と話し始めた。
「DNA鑑定の結果だけど、該当データ無し!被害者の個人特定は不可能!ただし、そのパターンから言えば全員この国の人間じゃあなかった」
その言葉に、周囲の空気が一変した。
亡者から獲物を見つけた猟犬へ、コウイチは全く状況が分からないまま話は進んでいく。
「次に、襲撃を受けたあの店、お土産を幾つか置いてきたんだけど幾つか反応があった、空き巣も当然居たんだけどその中に明確に目的を持って探してたヤツが居る、つまり……」
周囲からつばを飲み込む音がする。
「狩りの時間だぜ、野郎ども」
皆、静かに笑っていた。
何かを確信し、喜悦を爆発させないように舌なめずりするような笑い方。
だが、コウイチは、首を竦めながら手を上げた。
「あ、あの~」
「んん?なんだいコウイチ君?質問かい、いいね新人はそうじゃなきゃ」
ニコニコとケンゴははいどうぞとコウイチに質問を促す。
「いや、質問というか、皆さんが何を確信しているか分かんなくて……ここで話して大丈夫です?」
それを聞いてケンゴはポンと手を叩く。
「まぁそうだよねえ、よし、教えてあげよう」
ケンゴはホワイトボードを引っ張り出し絵を描き出していく。
「まずシマハラ産のご馳走だけど、当時はばら撒かれてこそいたが、その殆どがこの街で製造されていて、このレシピは厳重に管理されていた」
教会の絵と天使の絵が一つの丸に収まり、その隣に描かれたビル群の絵に教会から矢印が伸びる。
「しかし、この夏シマハラ率いる悪魔崇拝者達は壊滅、今はご馳走のレシピは我々の手にあるわけだ」
そう言って星の絵を書き足し、天使から星へ矢印を、教会にバツ印を付ける。
「さあ、ここからはコウイチ君にも考えて貰おう」
「はえ?」
変な声を出したコウイチに先輩たちは笑い、ケンゴもニコニコと話を続ける。
「とは言ってもそれほど難しくない問題だ、あの店にあったご馳走は誰が調理し、誰が関係しているか、ヒントはもう全部提示してある、さあ考えてみよう」
ケンゴは両腕を広げ、さあと声をかける。
コウイチは考え始めた。
まず、メタ的な考え方だが、この言い方だとシマハラ達の残した天使の堕落では無いのだろう、ケンゴが言っていたが、全て国外の子供の血液が用いられている。
全件調査した訳では無いが国内で作られているならこの国の子供がまったく使われていないのはありえない。
つまり製造者は外部の、外国に拠点を持つ悪魔崇拝者達。
コウイチはペンを持ち、まず教会からビル群への矢印にバツを、そしてホワイトボードに悪魔の絵の絵を描き、矢印をビル群に引く。
そこでコウイチは首を傾げた。
「あれ、レシピに関してはこの部署で全部止めてるんですか?」
その質問にニンマリとケンゴは答える。
「いやぁ、捜査資料だからね、データベースとかも含めて本部には上げてないけどこの警察署内の人間なら申請を出せば、権限を持っていればもっと楽に閲覧できる」
コウイチは呆れて声が出た。
「答えじゃないっすかそれ」
言葉と共に、天使から星へと伸びた矢印を延長するように悪魔へと描き足し、ペンを置いた。
周囲の先輩が、「ケンゴさん新人に甘い」「スパルタしなきゃ~」と囃し立てケンゴが頭を掻く。
つまるところ、警察内部にシマハラ達の研究資料を外部の悪魔崇拝者に漏洩し、その上、この街の中に手引しているヤツが居るという事。
ケンゴは今度こそ、さあと声を上げる。
「全員理解した所で、行動開始、休むならラストチャンスだぜ」
コウイチは周囲の目を見て、再び溜息をつく。
これはまた、休む暇がなさそうだ。