深夜《フルメタルフォース》
深夜の仮眠室から出てきたコウイチは、自分のデスクに置かれたパソコンに映る膨大なデータ量にげんなりとする。
「おっ、目死んでんねえ!ウチの奴らときたらこういう時ギラギラしちゃって気持ち悪いったらありゃしねえから、新鮮新鮮!」
コウイチは隣のデスクのスキンヘッドの先輩の言葉に溜息を付いた。
当然、その先輩の目も異様なギラつきを見せており、完全にマル魔の一員であることを示している。
「昼に出したDNA鑑定は、まあゴリ押しても明日…というか今日の夜って所ですよね、ただ回収された天使の堕落の組成の調査は最優先で回してもらったみたいですけど…データベース化されてない情報と突き合わせるのホントしんどいんですけど、なんなんすかこの資料」
スキャンされPDF化された紙面データを、回収した組成内容と目視で突き合わす作業を延々と繰り返していたコウイチは気が狂う寸前だった。
それに対し、先輩が笑顔で返す。
「あー、それね、夏にあったでしょシマハラ事件っての、あそこのやってた研究資料、あと口に出すならご馳走ね、普段から言ってないとついつい外でも出ちゃうからね」
「はぁ」
シマハラ事件、コウイチが配属になる直前に起きた大規模な【魔法】事件だとよく覚えている。
「一応、過去見つかったご馳走で既に分かっている組成に関しては一致が取れない事は確認してんのよ、この事件の研究資料はわざわざ差し止めてデータベース化してない情報な訳」
「つまり、この中の何かと一致すれば、シマハラ率いる悪魔崇拝者達の作ったものと分かるって事っすか?」
天使の堕落の生成には主流となる材料こそ決まっているが、そのレシピは多岐に渡る、その上悪魔崇拝者達は自ら望む【魔法】を得る為に日夜研究しているのだからそのパターンは指紋のように製造元を判別する手がかりとなる、それは分かるのだが。
「なんでデータベース化してないんすかぁ……いいじゃないですかその方が……」
先輩が笑って、コウイチを宥める。
「ケンゴさんにはケンゴさんの見てる、プランがあるのさ、信用しなって」
コウイチは言っても無駄だな、と思い話題を変える事にした。
「そういやあの店、目つけてたけどガサ入れできなかったってなんでっすか?」
「あー、あれね……」
先輩は自らの禿頭をペシンと叩き、答えた。
「あそこって通常の麻薬の取引がかなり盛んでさ、四課が慎重に調べてるって話で、証拠も無しにガサ入れすっと部署間のバランスがね……」
「いやでも、怪しかったんなら行けば良かったじゃないっすか、魔法犯罪対策法の四条でいくらでも理由なんてでっちあげられますし」
コウイチのその言葉に先輩は驚いた顔をした為、コウイチは何か不味い事を言ったかと心配になった。
「いや、よく調べてんねコウイチ君、若いのに感心感心、でもまあウチは事情がちょっと特殊で……」
「特殊?」
首を傾げたコウイチに先輩が耳打ちをするように囁いた。
「以前、ケンゴさんが来た時にそれ乱用して、警察署内の部署間の管轄ガン無視してガサ入れしまくったんだよ、それも目的は警察内部の汚職警官の吊し上げの為に……効果はあったけど、やりすぎて署長に目つけられてるから流石に今はゴリ押しできなくてね」
うええ、とコウイチは声をだした。
それが本当ならば、ケンゴは警察内でもマル魔を越え蛇蝎のように嫌われる。監察官の如き行いを自ら実行したこととなる、署内での視線の数々もそれを考えればむしろ優しい方だろう。
あの飄々とした態度で嫌われ者の二冠達成、半信半疑だった手段を選ばないという噂は本当だった。
「おっかねえっすね、ケンゴさん」
「いやー、多分君の思っている100倍怖い人だよ、でもね、」
先輩が言葉を切り、自慢げに続けた。
「あれでいて仲間に対しては人情もあるし、ついていけば悪魔崇拝者達の被害者は確実に減らしていけるよ、あの人はその点に関しては間違いなく一流だから」
コウイチはその声色に本物の信頼を感じた、それと同時にだからこの人達はこの地獄のような部署で戦い続けられるのだろうとも。そしてコウイチも、
「それが本当なら俺ももうちょっと頑張ろうと思います」
少しだけ目をギラつかせ、液晶画面を睨みつける。
「お、いい脂ぎった目になって来たね、その調子だ、なんたってケンゴさんが認めた新人だからね期待してるよ」
「なんすかそれ……」
コウイチの反応に先輩の笑い声が響く、それに目を覚ました仮眠室の他の先輩たちも起き出してきて、五課の事務所はケンゴを除きほぼフルメンバーとなった。
(全員帰ってないじゃん、というかケンゴさんどうしたんだよ)
金髪の先輩が寝癖の付いた頭を梳かしながら、コウイチに声を掛ける。
「とりま、今未検証の資料回してちょ、他のメンバーでも確認すっからさ」
「は、はい!」
それを聞いたコウイチは救いの神が現れたと思い、最大速度で資料の共有を行う。
その作業中に、ああ、と金髪の先輩が付け足すように言った。
「ケンゴさんなら、サボってねえから安心してちょ、あの人単独行動大好きだからなぁ」
その言葉に先輩たちの「むしろいつ寝てんだろ」「吸血鬼かな?」「べつのクスリ使ってんじゃねえの?」等の会話が続き静かだった事務所は活気を取り戻していた。
金髪の先輩が号令を掛ける。
「んじゃがんばってこー!」
おー!と皆が続き作業が再開された。
結果として照合作業は昼に終わった。