水曜・夜《レディ・プレイヤーワン》
「行け!園長ぶっ殺せ!!!」
「ぶっころせー!!」
ミツキに遅れ、風呂から上がったアユムをリュウコの教育に悪すぎるヤジと年少組達の声援が出迎える。
場所は食堂兼リビング兼レクリエーションルームのテレビ前ソファー、そこでど真ん中にデンと座るリュウコと抱えられるリーベや小学校低学年程の子供達の姿があった。
テレビの中では巨大な爬虫類怪獣とこれもまた巨大なゴリラ怪獣がビルや橋を粉々にしながら全力で殴り合っている、いわゆる怪獣対怪獣の戦いを主眼に置いたバーサスシリーズと呼ばれるタイプの映画の上映会を行っていた。
光輪会ではレクリエーションの一環で夕食後にはよくこういった映画を観たりする。
アユムがこの施設に来た頃には既にある習慣で、お陰で映画鑑賞はアユムの数少ない趣味の一つともなっている。
観る映画のジャンルは(恋愛映画を除き)雑多になんでも、年少組達が観るのを怖がるような暴力的なものや、ホラー、スプラッタ等も全然行けるので暇を見つけては一人で観ることがアユムの楽しみの一つだ。
鑑賞会の映画のチョイスはその時々で担当者が替わり、今日はリュウコの日だったようだ。
「リュウコ姐さん、俺が風呂上がるまで待っててくれりゃよかったのに」
アユムが小さくぼやいて周囲を見渡すと、園長が台所で皿を洗いながら妙に渋みのある顔で子供達とリュウコを眺めている。
ゴリラの怪獣と自分を重ねて応援されればそうもなろうというものだ。
何故か気まずくなり、目線を外らした先にテレビの前の人だかりから離れた食卓に一人の少年の姿があった。
少年はアユムよりもずっと年下で確か今年小学校に上がったばかりだったと記憶している。
紙に向かって、小さな手に持った鉛筆を動かし、止まり、また動かし、うんうん、頭をひねりながら何か文章を書いている。
(手紙か、確か名前は……)
「マコト、手紙書いてんのか?」
アユムの声にマコトと呼ばれた少年は顔を向けた。
「うん、アユムくん、お兄ちゃん元気してるかなって思って」
「そっか、兄ちゃんに手紙か」
マコトは、先に起こった、シマハラ事件の被害者の子供だ。
それ以上はアユムは事情を知らない。
それでも、ある程度分かる事はある。
もし攫われた場所から開放され家族がいるなら、そこに帰れるはずだ、そうではないのなら、両親に生贄として差し出されたか、若しくは、事故によって両親を失ったか。
あの事件ではケンゴの采配もあり悪魔崇拝者達や警察官を除き一般人の被害者はほぼ0と言って差し支えがなかった。
そして、もし兄弟が居るなら同じ施設に入れられる事が殆どだ。
事件が起きて2ヶ月以上が経つ、それでもなお彼の兄がここに居ないということは。
(やめよう)
アユムは自分の思考を意図的に止めた、これ以上は彼の傷を弄ぶ行為に等しい。
過去に何があったか詮索しないことはこの施設の暗黙のルールだ。
それでも分かる範囲であの事件の被害者の子供にアユムには特に気にかけるようにしている。
「手紙、書くなら手伝ってやろうか?難しい漢字とか、そういうの教えてやるくらいできるからさ」
それに対し、マコトはニコニコしながら首を振った。
「ううん、だいじょうぶ、園長さんがちゃんと自分で考えて書きなさいって言ってたし……」
「……言ってたし?」
「アユムくん漢字とか苦手だって、リュウコねえちゃんが言ってたから」
アユムは笑顔のまま硬直した。
テレビの群がりでは「ギャー!園長が燃えるー!」と叫び声が上がっている。
一瞬が永遠のように感じる思考の中、アユムはなんとか笑顔のまま言葉を絞り出し、その場を後にした。
なんと言ったか、何を言えたのか、数秒前の自分の言葉すらアユムは忘却したが、少なくともマコトの表情は最後まで笑顔だったことだけ、意識に留めて。
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「随分早かったね、映画鑑賞会やってたんだろ?それになんかくたびれてるみたいだけど」
「今はほっといてくれ……」
「あっそ」
とぼとぼと自室に帰ってきたアユムにミツキはベッドの上から顔も向けずに出迎えた。
「萎れてる所悪いんだけどさ、未知の【魔法使い】が居るかもしれないんだ、対策を急がなきゃヤバいでしょ」
とぼとぼと歩き続けていたアユムはその言葉を聞いて、ダルそうに自分のベッドにダイブした。
「つってもよ、夢、夢の中に現れるだぜ?どういう【魔法】だよ、俺には検討もつかねえ」
【魔法】は認知と認識の力、誰かが見ている夢の中をどう認識するというのか。
シマハラのように、相手の精神に直接作用し操るなら分かる、だが、街の中のほぼ無作為とも言えるような人々の夢に同時に現れる存在、そんな事ができる【魔法】など。
「サバト、か?いや、でもそんな大きな動き」
「ケンゴさんが見逃すワケ無いでしょ、今この街の悪魔崇拝者は殆ど身動きが取れないはずだし、外から来ているヤツらはそんな地盤を築けるような時間は経ってない、と思うけど」
アユムは真剣な顔で話を聞いていたが、最後にはベッドに突っ伏していた。
「結局なんも分かんねえってことかァ〜ダルいなマジで」
「そんな事言ったって、僕だってさっき聞かされたばっかの【魔法】かも?みたいな話に結論は出せないよ」
ミツキは不貞腐れた顔で答えながらも方策をまとめていた。
「何にしても調査から漏れた小規模なサバトとか、割りと大それた計画の発端かもしれないから、狩りと普段の情報収集では頭の片隅に入れとこう」
「だな、しかし、かも、かもばかりで気持ち悪ィな、最近は暴力団も半グレ共も悪魔崇拝者もなんか静かで掴みどころがねえんだよなぁ」
良いことだけどな、とアユムは付け加えた。
その後も、ああでもない、こうでもないと二人は長い時間対策を話し合ったが結論らしい結論は出なかった。
時計を見上げる。針は午後十一時を回る直前、狩りの始まりの時間だ。
アユムはうつ伏せから腕で反動をつけ立ち上がる。
「んじゃ、いつもと違う所を気をつけるって事で……え?」
立ち上がった、はずだった。
アユム?
ミツキの声が遠く聞こえる。
視界が傾ぐのを数瞬遅れ気づく。
意識が急速に黒く塗りつぶされている。
それが、睡魔と呼ばれるものだと認識できたのはアユムが意識を手放した瞬間だった。