現場検証《フィースト》
そのバーは、繁華街の外れにあった。
街の喧騒から離れ、うらぶれた者達が集まる憩いの場。
この場には表の世界の法はない、支配するのは暴力と金、それだけだ。
だからこそ、その場所はたった一つの暴力に蹂躙され、今や廃墟と化していた。
「うわぁ、派手にやったねえ」
スーツ姿の七三分けのメガネの男がニヤニヤと笑いながら、割れたガラス瓶を踏みながら店内へ踏み込んでいく。
「ケンゴさん、なんすかこれ、ゴリラでも暴れたんすかね?」
その背後におどおどと着いていくのは、同様にスーツ姿の没個性な新入社員然した若い男。
通常の現場検証は既に完了しており、今この場に居るのはこの二人だけだ。
ケンゴと呼ばれた男は、声を上げて笑いながら若い男に返答する。
「いやぁ、コウイチ君、【魔法】絡みなんて加減の知らないヤツばかりでこんな現場ばっかよ、君もマル魔に入ったなら慣れていかないとねえ」
コウイチと呼ばれた若い男はげんなりした顔を隠そうともせず、頭を掻き「うっす」とだけ返答した。
その返答にケンゴはうんうんとニコニコしながら頷き号令をかける。
「じゃあ、君のマル魔、現場初体験という事で、後ろで勉強がてら見たり触ったりしてねえ」
この現場は、昨夜魔法使いによる破壊と店主と客に対する暴力行為が確認されている。
それは、ケンゴの属する刑事部捜査第五課、通称マル魔と呼ばれる魔法使い対策のエキスパートの現場だという事を意味していた。
マル魔は当初は刑事部捜査第四課、暴力団に関する組織犯罪に対応するマル暴の下部組織として発足した。
しかし、その中途半端な体制の隙を突くように当時の首都が悪魔崇拝者達による大規模魔法災害により、ほぼ全ての統治機能ごと文字通り陥落、突如現れた大穴の底へ消えた。
暫定的に西へ遷都されて以来、その即応力と権限の拡大の為、第五課として独立。
【魔法】犯罪に対する大規模な法改正と共に悪魔崇拝者達とそれに与する者達を震え上がらせる武装組織へと変貌した。
それ故に、【魔法】が発明される以前の他部署とはやり方も空気も違う、強力な独自裁量権を持ち、テロリズムと直結する【魔法】犯罪の特性上、迅速な解決を第一とし手段を選ばないそのやり口は、警察の皮を被った暴力団と揶揄される。
それ故に、コウイチという新人は少しだけ安堵していた。
「ん~、コウイチ君、リラ~ックス、リラ~ックス、ま緊張しても良いこと無いからね、寧ろ新人らしい独創的な発想で現場を見てもらいたいからねえ」
「は、はい!」
内心胸を撫で下ろしながら、コウイチはケンゴの背を見る。
(配属されるって話を聞いてた時は、マル魔のリーダーって言ったらどんな強面が出てくるかと思ったけどなんか優しいな、本庁からの出向だって話だったけどあっちじゃ、割りと落ち着いているのかな)
遷都後、設立された陰陽庁の【魔法】研究と対策はかなりのものらしく、現在の首都での【魔法】犯罪の件数は激減している。
店内をひょうきんにキョロキョロと見渡すケンゴの姿は、いまいちマル魔のイメージとは合わない、もしかすると内勤がメインで出世したのかもしれないとコウイチは思った。
「しかし、この店荒した犯人の証拠、なんか残ってればいいっすけどねえ」
靴跡等は荒れに荒れ過ぎて判別できない、【魔法】犯罪と判断される前の通常の捜査で大体の現場調査は終わっているのだから、今更何かが見つかるとも思えなかった。
だが、それの考えはすぐに甘いものだったと思い知らされる事になる。
「あはぁ~、臭いねえ、臭いよ」
ケンゴはバーカウンターの裏でアンティーク調の酒棚で酒瓶などを楽しそうに物色しながら突然そう呟いた。
言われた通り後ろで見ていたコウイチは言葉の意味を察しかねて首を傾げた。
「はぁ、何がですかケンゴさん」
ケンゴは大げさに振り向きながら、両手を広げてコウイチを諭す。
「あはは、後ろで見てていいとは言ったけど、君もこういう嗅覚を身につける努力をして欲しいなぁ」
発言が終わると同時に、ケンゴが全力の後ろ回し蹴りを酒棚に叩き込んだ。
その蹴りは、それなりに頑丈そうな木製のそれを着弾面から粉々に粉砕し、木片が店内を暴れまわる。
コウイチは、一瞬あっけにとられ、すぐに叫んだ。
「ケンゴさん!なにやってんすか!現場荒らしちゃ!」
言い切る前に、ケンゴは口の前で指を立てコウイチを黙らせると、その指で酒棚に開いた風穴を指差す。
「コウイチ君、こういう時、マル魔なら、こう言うんだ、なんかご馳走でもみつかったんですか?ってさ」
コウイチは、恐る恐る近づくとケンゴに肩を持たれ、誘われるままその風穴を覗き込む。
「クズ共のエサってのは大抵、隠された穴蔵にあるものなんだよ、覚えておこうねえ、コウイチ君」
そこにあったのは、大量のパッケージングされたドラッグ、錠剤の合成幻覚剤、乾燥された植物、菌糸類、それらの摂取器具、違法薬物のデパートとも言うべきそれらの中からケンゴがたった一つのタッパに目をつけ手を伸ばすと、その中に入った紙片を取り出し、匂いをかぐ。
「ほうらご馳走だ、店で日常的に出すものなら隠していようが、取り出せる所にあるよねえ」
その紙片は、マル魔であるならば一番最初に知識としてあらゆる情報を叩き込まれるドラッグ、天使の堕落そのものだ。
コウイチは穏やかな調子のまま破壊行為を行い、速やかに証拠を見つけたケンゴに慌てて疑問を投げかける。
「あ、あの、今日は、この店を襲った犯人の調査じゃ」
その言葉にケンゴはニコリと微笑み答えた。
「ああそれね、助かったよね、この店さあ、署内の管轄の関係で手出しにくくってさ」
付け加えるように「そっちはそっちでもう別口で調べてるからさ」と言うと、タッパごとコウイチに天使の堕落を投げ渡す。
「じゃコイツに使われている血液のDNA鑑定と、出どころの調査、店主への調書、逮捕、関係者の調査、いーっぱいやることあるから、期待してるよコウイチ君」
そう言う顔は、最初に見たにこやかで優しいひょうきんなケンゴさんのままで、だからこそコウイチは背筋に鳥肌が立つ感覚に襲われていた。