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ナイトメアロストチャイルド  作者: おのこ
君に大丈夫だって言えるように
33/53

塔《アップライト》

 影の人型(ブギーマン)が繰り出した右爪と左爪の突き出しを、身を捩り躱す。

 刀の切っ先をその凹凸の無い顔面に向けた。

 それを止めにせんと突き出す力を込めた瞬間、視界の端に映った地を這う影が蛇となり跳ね上がった。


 ケイは呻きを上げながら僅かに遅れた対応をカバーするように一歩を引く。

 直撃を避け眼前を通過する蛇に安堵をする、だが、それは一手相手に手番を渡したことを意味していた。

 足元に存在する本来の影、それが時計の秒針の如く長く背後に向かって伸びていくのが見えた。

 背後の存在をケイは強く意識する。


(行かせるわけにはいかない)


 歯を食いしばり今引いたばかりの体勢を、足首のみの運動で倒れるように無理やり前に突き動かす。

 体とともに前進する切っ先は未だ正面を向いているが崩れた動きに左右に揺れる。

 咄嗟に刃を上弦に、左腕を峰に支えるように、意識をしていなかったが矢筈の構えと呼ばれるものに酷似したそれを取り、今度こそ全力で突き出す。


 ブギーマンもまたそれには対処せざる得ない。

 今まさに攻撃に用いた影の蛇をその剣閃の盾として動かす。

 一瞬の抵抗、だが、蛇は灰となり刃は未だ迫る。

 左爪を上げ、衝撃を受ける。

 強烈な一撃に潜りかけていた体が浮き、影渡りは不発に終わった。


 それで攻防は終わらない、期せずして前方へ突進を行ったケイはブギーマンの懐に入っていた。

 刀には不向きな距離、だが、肘、膝、拳、いくらでも手段はある。


「うおあああああああああ!!!」


 雄叫びを上げながら、ケイは猛攻を開始する。


――――――――――――――――――――――――――――――


(それでも、ケイは勝てねえ)


 アユムはその戦いを背後で見ながら冷静にそう評せざる得なかった。


 二人で戦って、押し負け。

 アユム一人で、ボロ負け。

 ケイ一人で、互角、僅かに優勢。


 ケイの【魔法】による超人化はあの真ブギーマンとも言うべき存在を圧倒しつつある、ように見える。


(だが結局仕留めるに至ってねえ、つまり何かしらのカラクリがあるって事だ)


 アユムは観察でそれに気づいた。

 ケイの動きも凄まじいが、ブギーマンの動きも悪い――正確に言えば、ケイ自体に対しての攻撃頻度が低い――


 予想はいくつかあるが、一番正解に近いと思われるものは。


(今、相手にしている人間の最も恐れている動きを繰り出している)


 思考を読むというよりも、思考の鏡、それが強さの正体。


 アユムが戦いにおいて恐れたのは、対処不能の致死の攻撃、死に至らずとも戦闘不能となる一撃。

 それらをアユム自身が正確にイメージできていたからこそ、アユムが戦っていた時は勝ち目が一切無かった。


 ケイは違う、根本的にお人好しの彼が恐れるのは戦闘不能となったアユムへの攻撃だ。

 それに加え【魔法】により急激に強化された身体能力と、思考の中の限界が釣り合っていない。

 だからこその優勢、だが、


(なまじ何か齧ってるからか、攻めのイメージができている。その瞬間だけはキッチリ合わせられてる)


 たった今、懐からの抜刀での不意打ちが背後への影の移動で空振りさせられたのが見えた。

 何度目かの攻撃の失敗、繰り返せば繰り返す程、その無力感がブギーマンを強くする。

 時間はない。


 腰のトランシーバが鳴り、もうひとりの相棒の声がする。


『こちらスプライト、言われた通りの仕込みはした、タイミングは――』


 アユムは被せるように答えた。


「今すぐだ」


 トランシーバから『オーライ』の言葉と共に接続が切れる。

 アユムは悪夢の相棒に向かって駆け出した。


「ケイ!下がれ!」


 これから始まるのは、正真正銘最後の賭けだ。




 アユムの声と同時に、ケイは反射的に後方へ跳んだ。

 当然、ブギーマンまたそれを追うように跳ねてくる。


 咄嗟に刀を構え迎撃しよとうとしたが、ケイの腕が全力で引っ張られる。

 振り向いたそこには、当然アユムが居た。

 だが、その表情の切迫感に違和感があった。


「相手すんな、時間がねえ」


 次の瞬間、鼓膜を破らんとするほどの爆音が鳴り響き、地響きと共にビルが揺れ出す。

 その間にも、アユムはケイの手を引いて走っていく。


「あ、アユムくん、何を!」


「いいから走れ!」


 揺れはどんどん大きくなっていく。


「ブギーマンが追ってくる!」


「忘れろ!」


 背後からブギーマンが影の針をこちらに伸ばすのが見えた。


「影が!」


「うるせえ!忘れろ!」


 屋上面に亀裂が入り、道のりが上り坂へと変わる。

 今まさにビルが倒壊しようとしていることにケイは気づいた。


 そしてその気付きと同時にアユムには見えていた。眼前に広がるそれが。

 視界に広がる一面の巨大な風船の群れ、夏の戦いでは開戦の狼煙となったそれ。

 地面としているビルが、致命的な傾きを産み始め、背後の影の針が亀裂によって寸断される。


「アユム君、何を……!?」


「いいから、俺を信じて捕まってろ!」


 アユムはケイを無理やり背負い、夜空に向かって左足を伸ばした。


 ケイの視界が跳ぶ。

 強烈なビル風の中、アユムの声が響く。


「今、テメーをあの月に、届かせてやろうってんだよ!」


 その背後で、ノーザンライツタワーが倒壊を始めた。

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