怪獣《バーサス》
爆発、爆発、爆発、爆発、
無数の火薬の華が、ノーザンライトタワーに咲く怪獣の全身に突き刺さった。
「あは、あははははは、はははははははは!!!!」
ミツキはノーザンライトタワーを臨む向かいのビルの屋上で只管にロケットランチャーを撃っては捨て撃っては捨て馬鹿みたいに笑っていた。
その足元には無数の重機関銃、ロケットランチャー、対戦車ライフル、何に使うか分からない兵器の数々が所狭しと並んでいる。
兵器馬鹿の見る夢を実現するとこうなる、そうとしか言いようがない。
ミツキが、悪夢の中でその事実に気づいた理由は一つ、まず、何故彼は他の犠牲者と区別して隔離されていたか。
他者とミツキの違い、そんなもの考えれば一つしかない、知覚が違う、【魔法】で情報を知覚するミツキと他の人間では見る夢の見方すら違う、取り込みはしたもののフォーマットの合わないファイル、それがミツキだった。
それに対し、悪夢は消化不良を起こした、なにせ彼の夢は他の悪夢と共有できないのだから、だからこそ悪夢とその先の空間の狭間に位置する中途半端な暗闇に放置するしかなかった。
知性のある存在なら兎も角無意識の自殺願望を原型とする悪夢だ、そこに他意はなく、処理できなかったというだけなのだろう、だが、それがミツキに天啓を齎した。
ミツキの【魔法】は知覚したものの情報をまるで一面の新聞記事のようにミツキに伝える、だが、それは現実世界での話だ、悪夢の中でミツキに齎された【魔法】はそれに酷似していながら決定的な違いが産まれていた。
「自我の無いものなら僕の好き放題、こんな楽しい悪夢があっていいものかよ」
ミツキ【魔法】は他の人間の曖昧な知覚と比較にならない正確な情報をミツキに与える。
それに気づいたミツキは、この悪夢という明晰夢の中で試した。
自らの【魔法】が知覚する情報への積極的な介入を、その結果まるで新聞記事に赤ペンで添削を加えるかのように容易くこの曖昧な世界の現実を書き換える事ができた。
だからこそ、曖昧模糊な狭間の空間から無理やり脱しこの場に訪れる事ができた。
流石にブギーマンやこの街の地形等、他者の想像により作り上げられたモノへの直接介入は出来なかったが、間接的に介入する物ならば今のミツキは無尽蔵に産み出す事ができる。
足元に次々と、現実では使えないような兵器の数々が、今まで指を咥えカタログで見ることしかでき無かったそれが現れる。
「ブギーマン、古臭い怪物だかなんだか知らないけどさ、この街の都市伝説じゃ僕等の方が先輩なんだ」
ミツキの手に現れたのは本来、航空機に据え付けられるような復讐者の名を冠するガトリング砲。
「他所じゃあ知らないけどさあ!この街じゃあ調子に乗るなよ、頭を下げなよ、先輩にさあ!あはははははははは!!!」
ミツキは容赦なくそれを巨大な華の如き怪獣にぶっぱなした。
口径30mm、秒間65発、本体重量281kg本来なら少年が持てる規模の機関銃ではない。
強烈な反動が生じる、が夢の中だ、ミツキはそれを忘れる事で対処した。
「―――――――――ッッ!!!」
華が大きく崩れ、目を背けられない敵に大蛇を差し向けるが、それを砲弾に等しい銃撃嵐が引きちぎり、吹き飛ばす。
「つまんないなぁ、もっとないのかい?君はさあ!」
その言葉に応えたのか否か、華が宙に無数の蕾を作り始める、大規模攻撃の準備だ。
「いいねえ、なんだろう、何をしてくるんだろうねえ!」
ミツキは、笑いながらそれを見て、ガトリングを投げ捨てた。
「楽しいけどね、そういや本来の目的はアユム達の援護なんだよね、ははははは」
その両手に持つは、グレネードランチャー、その中身は――――
「君の大嫌いなものだよ、たんと喰らいな」
内蔵された弾頭が宙に舞い、発光する。
弾けた筈の蕾が瞬時に枯れて行き、雄叫びを上げ華が激しく悶え苦しむ
「フレア弾、大量に浴びりゃ昼みたいなもんだろ?まだ僕の試射は終わってないんだくたばるにはまだ早いよ」
ミツキは、ただ、カタログで眺めていた兵器を取り出し、怪獣に対して只管撃ち続けながら、トランシーバに通信を送る。
「スプライトから、レッドキャップへ、こっちは気にせずドンドン進みなよ、こっちは好き放題してるだけだからさ」
トランシーバを切ると、今の兵器を投げ捨て次の兵器へ切り替える
「まだ死んでくれるなよ?僕は試し足りないんだからさあ!」
はははははと高笑いを上げながら、ミツキは次の武器次の武器と切り替えながら戦い続ける。
今のミツキは【魔法使い】ではなく、本当の意味で魔法を使う者だった。
――――――――――――――――――――――――――――――
トランシーバ越しの笑い声を聞きながら、外にかかりきりになった大輪の花を見てアユムは声を上げる。
「まあ、あんなんだが、先に進むとしようぜ」
「そ、そうだね」
窓の外では銃撃と発光と爆発が立て続けに起き、もはや目の前の怪獣はもう一人の怪獣に掛り切りになっていた。
まるで、映画みてえな光景だなと、思いながらアユムは崩れた階段を登っていく。
ケイもまた、それに臆さず付いてくる。
「俺達の目標は60階だ、援護してくれてるのは頼れる俺の相棒だ、なんか変だけど、多分、大丈夫だろ……」
ケイは苦笑いしながらそれに答える。
「いや、知ってるよ、レッドキャップとスプライト、君がそうだとは知らなかったけど、そうだとしたらこれ以上に心強い味方は無いよ」
アユムはもっと苦い顔をして答える。
「あーなんだ、まぁ信用してくれるなら、それでいい」
そもそもいい噂の聞かない二つ名だが、たまには役に立つらしい。
――――――――――――――――――――――――――――――
ミツキの援護射撃を受けながら二人は、ノーザンライツタワーを駆け上っていった。
強烈過ぎる援護はビルの壁面を影ごと散り散りにし、爆風はそもそもビルの倒壊を招くのではないかと不安な程ではあったが、誤射の心配すらないミツキの【魔法】の力は絶大だった。
ケイが最上階から屋上への扉を斬り裂き、アユムがすかさず蹴り破る。
転げるように踊り出た二人は、星のない夜空とまず目についたそれを見上げ思わず笑いを零した。
「ははは、デカすぎんだろ」
「それに、思ったより高いね」
二人を追うようにせり上がってきていた影の海は、今やこのノーザンライツタワーの内部を満たし後戻りは不可能、仮にここが間違いであれば詰み。
だが、その心配は杞憂だった。
屋上階、その中央直上50m程の高さにその月は燦然と輝いていた。
本物の月程ではないだろう、だが、この悪夢の象徴たる月として成り立つ程度には巨大な発光する球体。
あまりにも象徴的過ぎる異常、これが結束点でなければ嘘だろう。
しかし、最初から分かってはいたが、これを破壊するなど、現実味がなさ過ぎる。
「アユム君、大丈夫だよ」
アユムの前にケイが踏み出す。
「なんたってこれは僕の夢だ」
腰に履いた日本刀に手を添え、首だけを傾けアユムを見た。
「届かせてくれさえすれば、僕があの月を斬ってみせる」
その顔にはケイらしからぬニヒルな笑み、ここまでされればアユムにだってわかる。
アユムもまた一歩を踏み出した。
「うるせえ、ビビってるワケねえだろ、段取りを思い出してただけだっての」
アユムは隣に立つケイに向け小さく拳を突き出す。
「まぁ予定通りには行かねえだろうが、ラストミッションだぜ相棒」
それを見て、ケイは小さく笑い、拳をぶつける。
「そりゃ含蓄があるね、それでもなんとできるさ相棒」
二人は笑い合い軽口を叩きながらも確かにそれを見ていた。
月からこぼれ落ちた一つの影、想定内の想定外が、今まさに現れようとしている。