無力《ユーキャンドゥイット・フォー・ワン》
「荒療治が過ぎたか、ね!」
月下の元、アユムは迫りるくるブギーマンを屋根の上から蹴り落とす。
街路の影の海からは次々とブギーマンが産まれ、アユム達が居る屋根によじ登ってくる。
アユムは左足を伸ばし、【魔法】による跳躍、勢いのまま半身で屋根に捕まるその顔面を蹴り飛ばし再び地面へ蹴り返す。
それを繰り返すこと5度。
ケイはアユムに胸ぐらを掴まれたまま叫びを上げ、気を失った。
そしてそれと同時に、このゾンビ映画のようなブギーマンの無限増殖が始まり、今に至る。
狙いは明確、確実にケイを殺す為だ。
「なんか起こるとは思ってたけどよ、気絶するのは想定外だぜ」
作戦の第一段階、悪夢への記憶の持ち込み。
それはアユムの知る最強の精神感応【魔法】を持つリーベがぶっつけで成功させた。
だが作戦の第二段階、ケイの記憶の復活、少なくともミツキが残した策の為にはそれが最低条件。
アユムが経験した記憶の喪失、それはなにか忘れていると自覚できる程度のもの、言わば記憶そのものの消失ではなく蓋をして鍵を掛けた状態、その為に事前情報から彼がこの夢で思い出したくないだろう一番強いワードをぶつけ鍵を叩き壊してやる事で解決しようとした。
それが上手く行けば、まずは彼の自己嫌悪が悪化しより積極的にブギーマンが動く事は予想してた、だが。
(多すぎる!それにアイツが寝たままじゃ意味ねえ)
アユムは思考を整え現状の勝利条件を考える。
(悪夢の打破なんざまず後だ、後、まず今この場の窮地を抜ける)
一体のブギーマンを蹴り落としたが、既に別の場所で三体が屋根の上に上陸、水際で対応するのは不可能。
アユムはケイに向かって駆け出す。
【魔法】は使わず、ブギーマンをひきつける事を意識する。
火炎瓶は焼失までの長時間を稼げるが無限湧きモードに入った今、一体に使っても焼け石に水だ。
ケイの背後に到達したブギーマンが腕を振り上げるのが見え、アユムはネイルガンを只管撃ちまくる。
刺さる度に揺れるが、効果は薄、全力でネイルガンをぶん投げ顔面に直撃、ようやく一歩後ろに下がる。
「ケイ!」
ケイから答えはない、ヨダレをだらだと垂らしながら、笑っている。
アユムは舌打ちして、その肩を下から支えるように担ぐ、直ぐ側のブギーマンは体勢を立て直し終わっている。
だが、アユムは動かない、周囲には既に十を超えるブギーマンが登ってきている。
じっとそれが来るのを待つ――玉ねぎの腐ったような匂い――来た。
アユムは着火した火炎瓶を真上に投げ、ケイごと二軒先の屋根の上に跳躍。
着地と同時に振り返るとブギーマン達がこちらを見ている。
その中心に高く舞い上がった火炎瓶が、くるくると屋根に落ちていく。
そして、割れ、地面――二階建ての家屋――ごと爆発した。
「はははは!あばよ有象無象共!」
移動前にアユムは、ブギーマン達を縁から蹴り落としながらも、影の海に飲まれていた地面からガスボンベ、若しくはガス管を探していた。
周囲の家のものも含め見つけ次第ネイルガンを撃ち一帯に可燃性のガスを充満させた。
少なくとも戦場としていた家から周囲三軒を巻き込んだ巨大な松明、影がさざなみのように逃げていく。
長続きはしないだろうが、今はそれで十分。
アユムは担いでいたケイの胸ぐらを再び掴む、ケイはまだ涎を垂らしながら笑っているだけだ。
「二度目は予定になかったんだけどな、仕方ねえ!夢の中でまで寝てんじゃねえ!起きろボケ!!」
アユムが全力で右の拳を振るうと、ケイの表情が苦痛に歪む、しかしその目には僅かに光が戻り、泣き出した。
「アユム君、僕は、僕は……!!」
「うるせえーーー!!!」
アユムは三度目の拳をケイにくれてやった。
「言ったよな、テメエの事情なんて全部知ってんだよ、ウダウダと説明すんな!」
半分嘘だ、アユムが知っている情報はケンゴの調べられる限りの複雑な家族構成とその遍歴、簡単な裁判の記録、その程度、本当にケイとマコトの身に何が起こったのかそれを知る事はできていない。
だが、アユムはこの夜をケイと共にした、恐怖と、無力感と、後悔と、相反する願いの籠もった悪夢を、それで未完成のパズルを完成させるには十分だった。
「これも二度目だ!聞け!」
「マコトは生きてんだよ、生きて、テメーを待っている!」
その言葉に、ケイの目が正気の色に揺れる、同時に、強い恐怖に。
「生きて、る?本当に?」
「本当に本当だ!っていうか俺と住んでる!あー、孤児院だ孤児院!そう思っとけ!」
ケイがアユムの目を見た、猜疑、恐れ、怯え。
「ま、マコトは虐められてなんか」
「いるわけねえだろタコ!虐められてたら俺がそいつをボコる!」
「ま、マコトは僕の事を恨んで……ッ」
「恨んでねえよ!今日手紙出したつってたぞ!明日には届くんじゃねえの!?」
その言葉にケイの目が泳ぐ、口が、でも、でも、と形をつくり続ける。
聞きたいことが多くありすぎて言葉を選んでいる。
「それ、でも、僕は、マコトにはもう、いらないんじゃ」
アユムは大きなため息をつき、一言一言、ケイを追い詰める準備をする。
「いいか、ケイ、お前が今まで死ねなかったのはマコトの【魔法】の力だ」
「マコトの【魔法】?」
ケイは、その言葉に首竦めるようにかしげた。
「そうだ、ただ、テメーをスゲーと思って、スゲーから負けねえ、スゲーからみんなを助けてくれる、それだけを信じ続けてる、そんな気持ちだけで【魔法】を産み出しちまった。それでテメーは死ぬために用意した悪夢の中でヒーローになろうとしてたんだ」
ケイは、目を逸らす。諦観、無気力、その意思表示。
「でも、それがあっても僕はみんなを救えなかった。それって全然ヒーローじゃない」
アユムは横を向こうとしたケイに、そうはさせるかと額をぶつけるようにケイの額を引きつけた。
「テメーが弱ェのは、テメーがマコトから逃げてっからだ」
泳ぐ視線を眼光だけで捉え決して逃しはしない。
「いいか、ケイ、マコトはな、いっつもテメーだけを兄ちゃん兄ちゃんって言ってんだ、俺の事は幾ら世話を焼いてもアユムくんだぜ?」
光輪会の子供達は年長者達を良く兄や姉と慕い、そう呼ぶ、だがマコトは決してそうはしない。
「いいか、ケイ、マコトの兄ちゃんはテメエしか居ねえんだ」
ケイの胸ぐらを掴む手に力が籠もる。
「アイツにとって、家族はお前なんだ、お前だけがアイツを救えるんだ」
アユムの声はいつの間にか震えていた。
「ケイ、なあ、相棒、頼むよ」
ケイの目が見開き、アユムの目をたしかに見た。
「マコトを救ってくれ、その為に、悪夢を終わらせてくれ」
アユムは願った。
この夜の下、たった一人、ヒーローになる資格を持つ者に。