土曜・夜《トレイラー》
テーブルに並んだ、唐揚げ、サラダ、味噌汁、ご飯、その他諸々、園長謹製ディナーは全部大皿、大鍋でセルフサービス、巨大な食卓に並ぶ家族の姿、騒がしい光輪会の夕食の風景。
窓は開け放たれ秋の夜風が昼の残暑の気配を洗い流す。
「はいはい、あーた達、唐揚げのおかわりは今追加で作ってるから喧嘩しないのよー、サラダも食べなさい!ドレッシングかければ苦くないから!」
台所で園長が目を光らせ、向かいの席ではリュウコがリーベの口についた食べかすをティッシュで拭いている。
周囲の子供達は酒池肉林と言わんばかりの唐揚げを全て滅ぼそうと大盛りあがりだ。
そんな中、アユムは隣の席の物静かな少年に語りかけた。
「なぁマコト、手紙、兄ちゃんに出せたか?」
マコトと呼ばれた少年はくりっとした目でアユムを見て、ニコリと笑った。
「うん!いっぱい時間かかっちゃったけど今日出せたよ!お兄ちゃん今度は返事くれるかなぁ」
「そっか、出せたなら良かった」
アユムはマコトの頭を撫で、マコトはそれを気持ちよさそうに受け入れる。
アユムは、これからすることに少しだけ、後ろめたさを感じながら話しを続ける。
「マコト、兄ちゃんは好きか?」
「うん」
そっか、と相槌を打ち、深呼吸をする。
「なあ、マコト、兄ちゃんの事尊敬してるか?」
「ソンケイ?」
「すごいって思ってるかって事だよ」
その質問に、マコトは目を輝かせ、何度も首を縦に振る。
「うん!兄ちゃんは凄いんだ!兄ちゃんはかっこいいし!なんでもできるんだ!僕が困ってたらすぐに助けてくれる!喧嘩だって凄い強くて、僕が虐められてた時はすぐに助けてくれた!だからどんな時だって兄ちゃんを待ってれば大丈夫なんだ!」
「そっか、凄いな兄ちゃんは」
マコトは興奮し、早口でそれからも自分の兄の素晴らしさを語り続ける。
アユムは胸の痛みを感じながら、その言葉に笑顔で返す。
「なあマコト、ちょっとだけお願いがあるんだ」
「なあに?アユムくん」
水は飲んでいる筈なのに、喉が渇く、本当に嫌な気分だ。
「今晩寝る時、いつも以上に兄ちゃんは凄いって念じて欲しいんだ」
マコトはキョトンとして首をかしげる。
「どうして?」
「あー……」
アユムはマコトに耳打ちをするように口元を近づけた。
「実は俺は、お兄ちゃんと知り合いで、実はマコトのお兄ちゃんはヒーローなんだ」
「ええ!!!」
マコトが大声を出したのをシッとアユムは押さえる。
「兄ちゃんがヒーローなのは内緒だからな、そして俺もそれをちょっと手伝ってる」
マコトは目を丸くして、叫びだしそうな自分の手で口元を抑えた。
「そうそう、それでな、そのヒーロー活動なんだが、実は今晩の敵は凄い強い、兄ちゃんでも危ないかもしれない」
「そ、そんな……」
マコトは小声で狼狽えたのを見て、アユムは咳払いする。
「でも、ヒーローの力は声援って言うだろ、だからさ、負けるなって凄い強いって、マコトが思ってくれるなら大丈夫、きっと勝てる。だから、お願いしてもいいかな?」
その言葉に、マコトは笑顔で大きく頷いた。
「うん!!兄ちゃんを応援する!それにアユムくんも!!」
そう大声でマコトは言い切った。
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夕食後、風呂に入り、自室に戻った先に居たのはケンゴ、リュウコ、園長、そしてリーベと隣のベッドに横たわるミツキ。
「やぁ、アユム君、夕食の時の説得は随分頑張ってたみたいじゃないの」
「ケンゴさん、やっぱ向いてねえよ俺には」
探していた真の誇大妄想狂をミツキが残したヒントからそれを絞り込むのは容易だった。
一つ、光輪会でアユムがよく世話を焼いている子供。
一つ、ダイイチ高校の生徒と関係のある子供。
その両方が合致したのはたった一組
ダイイチ高校一年の篠原 敬
光輪会の倉本 真
マコトの受け入れの際、面談記録では苦しい時いつも兄の姿が見え、助けてくれたと記録が残っていた。
拷問の苦痛からの現実逃避による幻覚症状、【魔法使い】となる条件は十分に揃っている。
マコトは、無垢故に兄の強さを信頼し、悪魔崇拝者達達の拷問を、いつか兄が助けてくれると耐え忍んだ少年だった。
だからこそ、兄の弱さとも取れる【魔法】を無邪気に否定した。
それを今晩は利用する。
「正直騙すようで気分悪りィが、快諾してくれた。今晩は間違いなく今までで最強だろうよ。」
アユムは首を振って、気持ちを切り替える。
利用するようで気分が悪い、だとしても、利用しなければ大勢が結果的に死ぬだろう、それは彼の兄も含めてだ。
「それより、ケンゴ兄さん、首尾は?」
「ん~、バッチだよお、ボクの部下達が彼にはついている、最悪身を挺してでも守るから安心してねえ」
「そりゃ、あんま安心したくねえ情報だな……」
今、最も警戒すべきは、寝ている現実への体へのブギーマンの攻撃による昏睡。
今までは無かった。だから今夜もないとは言えない、なぜならもう既にブギーマンは夢の世界だけのものではないからだ。
「ただ、やっぱ人員は最低限だねえ、あんまり大人数に認識されると、本当に成るからね」
アユムの不安げな顔に、ケンゴはニッコリと両手でマルを作った。
「大丈夫大丈夫、なんてったって本庁からボクか引っこ抜いてきたエリートだから、その手のは経験豊富だよ」
「そっすか……」
ケンゴの経歴に関してアユムはよく知らないが、なんだか凄い人が付いているというのは分かった。
「テメーは他人の心配ばっかしてねえで、自分のやることだけ考えてりゃいんだよタコ!」
リュウコがバシンとアユムの背を叩き、痛みからアユムの呼吸が一瞬止まる。
「あーた達の体はあーし達がいるから安心しなさい、なにか起きても、絶対守ってアゲルから」
ケンゴ、リュウコ、園長はもしもの時のアユム達の体の防衛に回り、その対象はミツキとリーベも含まれる。
「準備万端か、いつでも、来いって感じだけどよ……」
作戦開始後の準備ばかりが進んでいく、だが、最大の不安は作戦開始時だ。
「こいつばかりは一発勝負だからな」
アユムはチラリとリーベを見る。
人形のような美しい顔も、空の青のような瞳も、紫のメッシュの入った長い白髪も、そしてその無表情もいつもどおり。
一言も発さず、微動だにせず、ただ、アユムだけを見ている。
時計の針が十時四十五分を回った。
大人達三人の声が遠のいていく
視界が傾ぐ―――「アユム」
意識が急速に黒く塗りつぶされていく―――音にもならぬシャボン玉のような声が聞こえた気がした。
『忘れないで』
意識の最後の一欠片、【その声】だけがアユムに届いた。