土曜・昼《ミスマッチ》
土曜日、秋晴れの昼下がり、年少組達は大いに騒ぎリュウコが台所に立つ。
いつもの光輪会の休日、ではない。
相棒の姿は見えず、園長はミツキの入院に関して手続きをしていて不在。
ケンゴは、早朝には既に姿を消した―――事後策の準備に忙しいのだろう。
アユムは庭の草むしりをしている。
今晩に備えておいてくれとケンゴには言われたが、何もせずに休んでいるのは性に合わない。
だが、一人ではない。
「んっ」
隣から小さな力む声が聞こえ、尻餅をつく音がする。
「ちゃんと踏ん張らないと危ねえぞ」
見下ろした先のリーベは尻もちをついたままで、アユムの声に空色の目が少しだけ揺れた。
アユムが手を貸そうかと思えば、鼻の頭に土を乗せたまま再び「んっ」と声を上げ同じようにかがみ込む。
(手は借りねえってか)
手持ち無沙汰なアユムが草むしりを始めようとすると、トコトコとリーベはついてきた。
来るのはいいが日陰で休んでいるように言ったが、何も言わずアユムの隣で素手で草を掴み始めたので、渋々左手に軍手を嵌めてやり、今に至る。
正直役に立っているかというとそうでもない、なにせ初めての草むしり、なにせ左手一本、そもそもが無理なのだ。
(無理と言えば、園長、かなり前からミツキの【魔法】気づいてたよな)
定期的に二人に任された草むしり、二人共これ幸いと作戦会議に使っていたが、そもそもミツキは盲目と認識されているはずなのに当然のように任命され、できるからと黙々とそれに従っていたのは今思えばなんともまぁお粗末な話だ。
ミツキは光輪会に来てからしばらく【魔法】の事は明かさなかったが、目が見えない事を気遣おうと思ってたアユムの前で、勝手に食べ終わった食器を下げ、登校の準備をし、部屋にパソコンをいつの間にか備え、そもそもアレで何も見えてないと考えるのは、無理があった。
(いや、ムキになってたんだろな、他人にできて自分にできないってのが我慢できなかったんだろ)
今でこそ慎重で思慮深い男を気取っているミツキだが、光輪会に来た当初はまだ小学生低学年、無口でツンと何でも自分で出来ると周りを見下す、つまるところませたガキだった。
ミツキもアユムも、色々なことを隠してるつもりで抜けている、長い事二人を見ていた園長達に気づかれるなという方が無理な話だ、それを自分たちで言い出すまで待っていてくれてたのだろう、全く心配ばかりかけているとアユムは少しばかり恥ずかしさを感じた。
手だけ動かし、ぼんやりと過去の自分達の至らなさに思いを馳せていたアユムだったが、リーベが手を止めじっとこっちを見ている事に気づいた。
瞳が揺れ、身じろぎもせず、無表情、何かを伝えようとしているのか、ただぼーっとしているのかアユムでも判断に迷う。
だが、ふと前に言った自分の言葉を思い出す。
『リーベ、月曜日ミナさんが来たらついていてくれねえか、きっと心細いだろうからよ』
アユムは眉間にシワを寄せリーベに聞いた。
「もしかして俺が心細そうに見えたから付いてきたのか?」
リーベは何も言わなかったが、ただ目を逸らさず身じろぎをした。
それで十分だった。
「ハァ~~~~~~~」
アユムは今日一番の最も巨大なため息を態とらしくついた。
リーベに心配されるのは、これで昨日に引き続き二度目だ、どうも随分と頼りなく見えるらしい。
ミナの姿は昨夜の悪夢では見ていない、だが、
(多分、あの夜にミナさんは居た)
直感にも等しい感覚と共に胸に小さな痛みを感じる。
救えた数はたったの4人、それが誰かは分からない。
だが、その4人にミナが居る可能性は奇跡に等しい、ならばきっとあの影の海に喰われただろう。
(これは受け入れるべき痛みだ、そうしなきゃ、ケイには届かない)
だが、その前に、
「リーベ、俺は良いからリュウコ姐さんの昼メシの手伝いしてこいよ、そろそろ皿とか並べる頃だろ?」
アユムはリーベになんてこと無いと強がる義務がある。
リーベは、アユムから少しだけ目を外らし、立ち上がり踵を返した。
「ああそうだ、リーベ」
アユムは、リーベの背に声を掛けた。
「月曜日のミナさんの事、よろしく頼むな」
リーベは一瞬立ち止まった後、振り返りもせず再びとたとたと歩き出す。
その行動にアユムは苦笑いし、先程のリーベの行動を反芻した。
彼女が誰かに言われるまでもなく、自分で判断して行動した。
それは今までに無かった事で、目の離せない妹分から独り立ちに一歩前進と言えるだろう。
(だけどそれが、俺の心配ってのは兄貴分としては立つ瀬ねえなぁ)
土で汚れた軍手で頬を掻き、アユムも立ち上がる。
今から集めた草を捨てに行かなければ腹ペコの子供達に自分の分まで昼メシを平らげられてしまうだろう。
「ぶっ潰す、そして、全員助ける」
晴れ渡る空の青に、そうひとりごちる。
作戦はミツキが残してくれた、ならそれを実行するのはアユムの役目だ。
何が起ころうと、何が相手だろうと、それはいつも変わらない。
そう、アユムは自分に強く言い聞かせた。