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ナイトメアロストチャイルド  作者: おのこ
君に大丈夫だって言えるように
20/53

善意《プロミス》

 病室に眠る少年、そしてその傍らに立つ禿頭の巨漢。


「あーたらは、本当にいつも無茶ばかりするわよね」


 男はため息と共に、ベッドのそばのパイプ椅子に座る。


 男が見つめる少年の顔には包帯が巻かれ、その目は見えない。

 それは今失われたものではなく、ずっと昔に彼が何者かに傷つけられた結果生じたものだ。

 悪夢に囚われたと言うが、その顔は嘘みたいに安らかだ。


「今回ばかりは、あーたらが首を突っ込みたくて突っ込んだ訳じゃないって、理解ってはいるんだけどね、愚痴も言いたくなるわ」


 愚痴、そう、彼らには問題が絶えない、でもそれは大抵誰かの為に行われた行為の代償であることが殆どだ。


 子供達を寝かしつける間、リュウコとケンゴの言い争いが聞こえた。

 声を聞けば分かる、彼らは二人共怒っていた。

 一人は暴れるように、一人は戯けるように、他人の為に怒っていた。


「あの子達の方が、あーしなんかより、ずっとしっかりしてるのかもね」


 男が園長と呼ばれるようになり、最初に育て上げた子供達。

 確固たる自己を持ち、真っ直ぐに怒れるようになってくれた。

 それは男には無い資質だ。

 打算と、演技と、憎悪、怒れるタイミングを図り、怒れる理由をいつも探す。

 そんな大人にはならないでくれた。


 子供は男の予想を越えていく、何年経とうが新たな驚きを男にくれる。

 それこそ生きるためのよすがを失った男が、再び歩き出そうと思える程に。


 だから、


「なんで、あーたらなのよ」


 そう思わずにはいられない、最初はただ戦う為に、次は稼ぐ為に、そして今は守る為に男は鍛え上げた。

 戦えるなら、自分が戦う、戦ってやる、だというのに。


 俯く顔から、サングラスを外し祈るように掌で包む。


 自らの手で守る、全ては無理だと理解っていたからこそ彼らを鍛えた。

 男から見た子供達は余りにも繊細で脆すぎたから、彼の手から離れた時の事を考えると、恐ろしくて震えが止まらなかったから。


 そして彼らは自ら戦いを望む、それは仕方のない事だ。

 自ら戦い勝ち取らなければ癒えぬ傷がある事を、男は知りすぎていたから。

 それでも、思わざる得ない。


「なあカミサマ、こいつらがどうして戦う必要がある?」


 あるものは脚を、あるものは目を、あるものは腕を、家族を、絆を、友を、見えるもの見えぬもの、本来なら失う必要のないあらゆるものを失ってきた子供達。

 それでもなお、世界は彼らから生きる為の対価を奪い取ろうとしてくる。

 それだけの対価を差し出したならば、全てを忘れ、ただ幸福に生きる未来を得る権利があるはずなのに。


「オレは、どうすればいい」


 男には見守る事しかできない。

 間違いだらけの人生を送ってきた男は、たったひとつの冴えた答えを探す為、ただ自問する。


――――――――――――――――――――――――――――――


「ミツキが…!?」


 吐き気を伴うような最悪の目覚めと共に告げられたもう一つの最悪にアユムはただ狼狽えた。


「ミツキくんも予想はしてたみたいだったけど、三日と言わず今日とはねえ」


 まいったまいったと他人事のように頭を掻くケンゴに対し、アユムはなんで止めなかったと叫ぶ事はなかった。

 この兄貴分はここぞという時に他人をおちょくる言動を取る、アユムはそれを知ってたし、だからこそ頭が冷えた。


「ケンゴ兄さん、俺の事を気遣う必要なんてねえよ、ミツキはなんて?」


 アユムの言葉にケンゴは目を細め、ため息とともに肩をすくめた。

 憂さ晴らしの相手にされる為の挑発、それを気遣いなどと弟分に言われたのでは立つ瀬がない。


「ほぼ分かった、策はある、あとはアユムくん次第だ」


 ケンゴは語った。

 ミツキの手繰り寄せた真実の糸と、それを裏付ける事実で紡ぎ、導き出した自らの推測、そして結論を。



 語られた現状と作戦にアユムは眉を顰める。

 事態は想像以上に悪く、そして分が悪い。


集団幻覚(サバト)の完成か、なあ、ケンゴ兄さん、安全策は……?」


 ケンゴはその質問に大きく笑みを作った。

 屈託のない笑み、つまりあるにはあるが最悪の手段という訳だ。


「まず悪夢の主である【魔法使い】の殺害、集団幻覚(サバト)は止められなくても元栓だからね、あとは、今の昏睡者に薬物を大量に投与して脳の活動を弱めるとか、間に合わなかったり効果がなければ実質【魔法使い】扱いして、間引くとか、あとは……」


「わかった、ケンゴ兄さん、もういいよ」


 楽しそうに語るケンゴにアユムはストップをかける、その手段を選ぶつもりはなかったが知る必要があった。

 狩りの協力者としてのケンゴを知ったのは夏からだが、それでも少しは分かる事がある。

 ケンゴはアユム達に思うようにやらせてくれる、それは、ケンゴが二人がしくじった時に取る尻拭いをするという覚悟から来ている。

 ならば、アユムが倒れ、ミツキが諦めた時、自分たちの為にケンゴはその手を汚す。

 それを知らずに居るのは、悪夢を経験したアユムにとって不義理な事に思えたのだ。


 失われる者が失われた訳を、その責任の所在をあやふやにしたままではきっと悪夢の中でアユムは負けるだろう、そんな直感があった。


 ケンゴはアユムの様子を見てニマニマと笑いながら問う。


「んで?アユム君、やる?あやふやで不確かな予測と、ハイリスクでリターンもあるか分からない、針の穴を通すような、いや、あるかもわからない針穴を探す作戦を」


 アユムは即座に頷いた。


「ああ、やる」


 拳を握る、食い込んだ爪の痛みを決意を込めて。


「俺はケイを、相棒を救いたい」


 アユムは悪夢の主を、確かに救うと言いきった。

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