二学期《ネクストゲーム》
「ハァ……」
昼休みを告げるチャイムの音と共に、アユムは席替え直後の窓際の席から空を見上げただため息を付いた。
夏の気配を残す初秋の空は高く、人並みに表現するのであれば絶好の行楽日和と言えるだろう。
だがその想いは時既に遅く、アユムには中学一年の二学期という現実が訪れていた。
(夏休みが待ち遠しいぜ)
水曜日の時間割は少し短い、それだけが救いだと考えているアユムが終わったばかりのそれを待ち望む理由は、ただ自由への渇望だけではない。
「アユム」
シャボン玉の割れるような声と共に、アユムのブカブカの学ランの袖が引かれる。
「んだよ……」
アユムは悪態をつきながら、窓から目を外らし声の元を眺める。
紫のメッシュ混じりの白い髪
妖精と形容される神秘すら感じる程に整った顔立ち
折れてしまいそうな華奢な体を白いセーラ服がヴェールのように包む
空の青を閉じ込めたかのような2つの瞳
無表情、だが、その青の奥に確かに意志を感じる視線
そして何より目を引く窓からの風に揺れる右袖
「アユム」
少女は、もう一度、ただひとつ残された左手でアユムの袖を引っ張った。
そう、リーベ。
夏のはじめ、シマハラと名乗る悪魔崇拝者の子として牧場で生まれ育ち、右腕と引き換えに【魔法】を手に入れた少女。そしてアユムとミツキと大勢の大人達が文字通り命懸けで救い出した少女であり、様々な理由により今はクラスメイトだ。
彼女はアユムの住む児童養護施設に保護され、妹分のようにアユムは扱っている。
そう、同じ屋根の下に住んでいる。
家の外では常にアユムの後ろについて回り、口数は少ないが何かあればアユムの名を呼ぶ。
そしてそれらの事情を隠そうとしない。
付け加えるならば、このテレビのアイドルすら比較にならないほどの美少女が、だ。
それは女性免疫ゼロの赤面症と名高いアユムに対し、クラスメイトからの質問攻めと強烈なからかいを産んだ。
アユムにとって長い休みを待ち望む、最も大きな理由はこれだ。
「だからなんだ……って」
もう一度聞き返し、その背後で困った顔で小さく手をふるもうひとりの少女が目に入り、どもる。
平良 海凪、肩までの気をつけなければわからない程度の黒っぽい茶髪に中学生よりも小学生のような丸っこい童顔で小動物的な可愛らしい印象を持つクラスメイトの少女だ。
彼女もリーベとは別の事件で助けることになり、リーベの編入と共にアユムの夜の姿を知ることになった。
「あのー、アユムくんに話があったんだけど、邪魔だったかな?」
ミナは拝むように手を合わせアユムに外で話そうと目配せをした。
「お、おう、だ、だいぞうぶだぞ」
アユムの女性耐性は家族と言える程の親しい女性のみに適応される。
そしてリーベは比較にならないほどの美少女であり、比較にならない程に無口だ、比較にならなさすぎて四六時中付きまとわれているはずのアユムの対外的な女性への経験値は全く貯まる気配がない。
アユムはガタガタと立ち上がりガチガチとミナの後ろについていくように教室の出口を目指す。
クラスメイトの男子から有る種のジェラシー、女子からは好奇の、そして総じて笑いの籠もった視線を受けながらだ。
アユムは歯を食いしばる。
(い、イジメだろこれ!)
少なくとも、アユムに対して本気で悪意を抱くクラスメイトは居ない、小柄で童顔であけすけでこんなに分かりやすい女性免疫の無さを見せる姿に対する印象は、あくまでクラスのマスコットキャラなのだから。
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学校の中庭
周囲を校舎に囲まれ、授業の一環で様々な植物や鶏小屋等が置かれ、日の当たらない土の地面にはドクダミが群生し、鬱蒼とまではいかないが雑然とした空だけが開けた小さな空間だ。
様々な植物、雑草、動物のミックスされた独特の匂いから好んで近づく生徒は少なく、人が少ないからといって男女の恋愛話には向かない場所だ。
ミナは一緒に向かったはずが一向に横に並ばず背後を歩く、アユム、と袖を掴んで離さないリーベを振り返り様子を眺める。
「お、おう!は、はなしってなんにゃ?」
アユムは振り返ったミナにギクシャクとガチガチと少し大きな声を出す。
ミナはアユムを気遣い(勘違いをさせると余計に固まるので)この場所を選んだつもりだったが、あまり効果はないようだ。
(普段はどう見ても、そうは見えないんだけど……)
ミナは重要な相談の為、余計な前置きよりもアユムに切り替えて貰う事を優先することにした。
「アユムくん……ブギーマンって知ってる?」
そう、それはただの相談だった。この時はまだ。