那朗高校特殊放送部~名探偵白金春人・湯けむり紅葉殺人事件編~
筆者:白金春人
僕は白金春人。
そして名探偵さ。
実際、高校とか中学の時には無くなった黒板消し事件とか、
部室裏の落書き事件とか解決したことありますからね!
…と、まあそんな僕だった訳ですけれど、
ある日、いつものように僕が所属している特殊放送部が借りているアパートに向かい、
「おはようございまーす」
と挨拶しながらアパートの中へと入っていきます。
「………………」
あれ?
反応がないなぁ。
靴は何個かくらいあったんだけど…?
と思った矢先、
「ひゃあああぁぁぁ!?」
と悲鳴が響き渡る。
これは事件!?
名探偵ともなると、事件方から近寄ってくるんですよねぇ。
急いで声のした方、部室のさらに奥、
更衣室のほうへと走っていくと、
「あ…紅葉…?」
更衣室の前で立ちすくんでいる倉井雪絵先輩の奥で、何かが見える。
「倉井先輩!!」
小さく震える先輩に駆け寄って、若干押しのけるように更衣室を覗くと、
「…なっ」
更衣室の隅で、
この特殊放送部の部長、紅葉黑音先輩が、下着姿のまま頭から血を流して倒れていた。
息をしている様子はない。
「紅葉…」
「し、死んでる…」
これは…大事件だ…
様子を伺おうと倒れている部長に駆け寄ろうとした途端、その首根っこを引っ張られた。
「うぐぇ」
「あなたねぇ、あんな格好の紅葉をそんなジロジロと見るんじゃないわよ!」
「…」
まぁ、確かに先輩の女子が下着姿で倒れてたらちょっとアレですけれど…
そうこうしている間に、
「どうした!」
「な、何かありましたか…?」
「何何!?」
後ろからどたどたと足音が聞こえ、この場に同じ部員である三条先輩と与那嶺さん、そして夏輝先輩が入ってくる。
三条先輩と与那嶺さんは私服、
夏輝先輩はなぜかメイド服を着ている。
まあこの人しょっちゅうコスプレしてるし…
「いや、それが…」
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「「部長が死んだぁ!?」」
3人は驚愕の表情で叫ぶ。
「嘘だと思うなら、見てきたらいいわよ」
倉井先輩は暗い面持ちで、でも気丈な態度で更衣室を指さし言いました。
「またー、へんなサプライズとか用意してないよね?」
冗談か何かだと思っている夏輝先輩が立ち上がり、更衣室へと向かい、
それに三条先輩と与那嶺さんが続く。
…あれ?
三条先輩、倉井先輩に止められてないんだけど?
まあ、いいか。
そして、その更衣室を覗き見た3人は、
「……」
戻ってくるなり真剣な顔で黙って椅子に座った。
現実を知ればそうもなるよね。
部室の机に5人、神妙な面持ちで囲む。
「なんにせよ、原因を突き止めないといけませんね」
ここは、名探偵白金春人、この事件の真相を探らねばならない!!
「…そうね」
さっきは思いっきり僕が近寄ろうとしたのを引っ張った倉井先輩も、冷静になったのか賛同してくれた。
~~
「さて、だいたい今パッと見た感じで集まった状況はこんな感じですね」
机にばっと紙を広げ、更衣室や先輩の状況をまとめる。
更衣室の状況は、
平日の昼頃、
暑くもなく涼しくもない春の気候。
更衣室は空調の電源は切れているが別に不快な温度ではなく、窓は施錠こそされていないものの、開いてはいない。
微妙に埃臭いのはいつものことだし、
更衣スペース内に血痕は無し、
更衣室横にある半ば倉庫と化した棚も荒らされた形跡はない。
…床にいくつか物が散乱してるのも割といつも通りだもんなぁ…
部長は、
更衣室の棚のそば、更衣スペースからやや離れた位置で、下着姿で後頭部から血を流して、
棚に向かうような方向で床に倒れている。
流れた血が乾ききってないところを見るに、死後そんなに時間は経ってなく、
引きずられたような跡もないから、現場は間違いなく今日のここ。
頭の外傷以外に体に傷はなく、揉めた形跡もない。
…いやまあ、下着姿なので着衣の乱れもクソもないんですけど。
この後は、得られた情報をつなぎ合わせて真実を紐解いていく作業です。
「まず、何故部長が下着姿だったのかってところなんですけれど、」
「そりゃああそこ更衣室だもの。着替えのためでしょ?」
「きっとそうだとは思いますけどね?」
倉井先輩の主張は尤もだけれど、そこにはちょっと違和感がある。
「でも、だったらなんで更衣スペースの外にいるのかって話なんですよ」
更衣室、とは言うものの、倉庫兼用かつ男女共用なので、普通はそこで着替えたりはしない。
更衣室の中には、服屋の試着室みたいなカーテンとパーティションで遮られた着替え専用の更衣スペースがあって、基本皆そこで着替える。特に女子は。
けど、部長はそこには居なかった。
「でも黑音ちゃんおっちょこちょいだしなー。着替え忘れて服脱いじゃったとかありそう」
「っていうかたまにやってるわよ。部室に行ったら上脱いだ状態の紅葉が衣装ケース漁ってるとこ遭遇したことあるし」
「そうだったんですか…」
それされると推理にならないんですけど…
誘い出されたとかそういう話もできそうだったのに?
思ったようにいかない僕の推理をよそに、今度は三条先輩が意見を出す。
「うーん、部長がそこの棚から何か取ろうとして、バランス崩して頭打ったとか、そんな感じじゃないのか?」
「部長が衣装を忘れて更衣室に入って、それに気が付いて棚から衣装を取り出そうとして、荷物が落ちて頭に当たった…たしかに理には適っていますね…」
「そうなると完全に紅葉のウッカリエピソードになっちゃうんだけど…」
議論がそういう方向性に向かっていきそうなところで、
僕はすかさず立ち上がります。
ここが名探偵の腕の見せ所!
「と、思われるかもしれませんが、これは明らかに他殺です!」
「なんで?」
推理モノでよくあるような聞き返し方をしてくる夏輝先輩に、ちょっと気を良くしながら僕は続けます。
「部長は棚に向かうような方向で倒れていて、傷は後頭部にあった。その状況を鑑みるに、この致命打は、部長の後ろから与えられたと言っていいでしょう。そしてそれは、棚から何か落下した状況では起こりにくい」
「部長が屈んでたら?」
「どっちにしろ、そのパターンでは倒れるっていうより棚にもたれかかる感じになるでしょうから、ああやってしっかりと床に倒れて寝ている状態。多分その瞬間、部長は棚から少し離れた位置にある、と僕は推測してます」
「なるほどなぁ」
腕を組んで小さく頷いている三条先輩と、
「素晴らしい推理ですよホームズ氏!」
なんてことを言う夏輝先輩。
「ふふ、初歩的なことだよ、ワトソン君…って、僕ホームズじゃないですから!」
名探偵だけど!
「あの部屋から出入りできるのは部室だけだということ、そして死亡時刻を考えると、犯人はこの中にいるといってもいいでしょう」
「え、ええぇぇ!?」
「窓から出た線はないのかしら?」
「ここアパートの2階ですからね。それは難しいでしょう」
「2階ならワンチャンあると思うぞ」
……
「…………今更新キャラはちょっと…」
「それもそうね」
これで納得させたのすっごい気に食わない。
「こほん、とにかく、犯人と思わしき人はこの中にいるわけです」
「ってなると、怪しいのは第一発見者の倉井だな」
「はぁ!?なんで私が紅葉を殺す理由があるのよ!」
疑いをかけられた倉井先輩は、普段ではありえないほど声を荒げて反論する。
「私紅葉の幼馴染よ?愛す理由はあっても殺す理由はないわよ」
「た、たまにありますよね…?愛しているからこそ…ってやつ」
「あなたを殺して私も死ぬっ!ってヤツだね」
「あれは、片方が生きていられないとか、やってはいけないことをして、離れ離れになるくらいなら、ってやつでしょ?どちらも普通に生きていられる状況でやることじゃないわよ」
「倉井先輩も、結構乙女な思考するんですね」
「い、いいじゃないそれくらい」
「今女子トークしてる状況じゃないので!!」
ことごとく僕の名探偵ぶりが発揮できねぇ!
「とりあえず、あの時皆どこで何してたか共有しましょうよ」
「私は特に何もしてないわよ。ここにきて、まずは着替えようと思って更衣室に行っただけね」
「じゃあ僕の少し前に来たってことですね?」
「そうじゃないかしら?」
なるほど、倉井先輩は少し前に到着して、そのまま更衣室に向かって、そこで紅葉部長を発見したと。
「そう。だから私は犯人じゃないわよ」
「ま、まあまあ」
「私だったらもっと上手くやるわ」
「怖っ」
そういうこと言わなくていいですから!!
気を取り直して次は三条先輩。
「おれはあれだな。1時間くらい前に来て、暇だったから昼飯作って食ってた」
「昼飯ですか?」
「ああ。スパゲッティ」
「中身じゃなくてですね…」
「いやさ、集合時間昼過ぎじゃん?飯食ってから家出る時間でもないし、こっちで作っちゃおうかなって
」
「…まあ、わからなくはないですけど…」
「衣装なんてギリギリで着ればいいと思ってたし、更衣室は覗かなかったなぁ」
「ううむ…」
三条先輩の証言は1時間前だけれど、そこが嘘なら犯行は可能か。
殺人した直後に昼飯はサイコすぎるけど。
次は与那嶺さんかな。
「わ、わたしが来た時には三条先輩がキッチンで多分食器を洗っていました…わたしは玄関が汚れてるのを見つけて、ちょっと掃除をしていました。それで、洗面台でぞうきんを洗っているときに白金君の声が聞こえて…」
「なるほど、三条先輩の次で、僕の少し前、か」
「ああ、与那嶺はずっと玄関リビングまわりに居たな」
犯行の可能性はなくはないな。
けど、三条先輩がアリバイを話してる。
共犯じゃない限り線は薄そうか…
あとは夏輝先輩次第か。
「私はさっきまで緑部屋でコス撮影してたよ?」
「だからメイド服だったんですね。どれくらいですか?」
「えー?30分くらい?」
「あー、じゃあ三条先輩より後なんですね」
緑部屋というのは、部室にあるグリーンバックを設置した撮影専用の部屋のこと。
合成写真とか作るときに使う部屋だ。
コスプレの撮影をするなら、別に違和感はないですね。
「…でもコスプレするなら更衣室使わないといけませんよね?」
「あーそれ?私家から着てきちゃった!」
「えええ!?」
「これなら露出もないし、犯罪じゃないと思うんだよねぇ」
「あぁ、飯作ってる最中いきなりモップ持った本格メイドが我が物顔で入ってきてビビったよ。この家メイドでも雇ったのかってな」
「あ、あははは…」
夏輝先輩はクルリとひと回転。
本格的なメイド服のスカートが遠心力で軽く持ち上がる。
「ダメだ一般的な感性が通用しない」
三条先輩もそういってるし、それ自体は事実なんだろうね。
未だに信じられないけど。
っていうかアパートの玄関辺りに立てかけてあったモップはそれか。
この流れだと、怪しいのは三条先輩と夏輝先輩だ。
ただ、どちらもやったという証拠はない。
これだけで話の決着は付けられませんねぇ
まだまだ情報が足りない。
「ところでさ、」
次の調査をしようとしていたら、三条先輩が口をはさんだ。
「なんです?」
「今回のタイトルさ、"湯けむり紅葉殺人事件"じゃん?だからてっきり温泉でも出てくるのかと思ったんだけど、湯けむり要素無くないか?」
「確かに…」
「今のところ、湯けむりなんて欠片も出てきてませんね…」
「温泉シーンなんてあなたに見せる気ないもの」
って言っても、このご時世温泉とかあんまいけないし、
ましてや殺人事件なんて無理じゃないですか?
でもタイトルはそれっぽくしたいし…
そう思っていたら、更衣室のほうから与那嶺さんが何かを持ってきた。
「じゃあ、一応、雰囲気だけでも湯けむり要素とか、入れましょう…?」
そうして部室のテーブルに、アロマオイル入り加湿スチーマーが追加された。
「湯けむり…?」
「湯気って意味なら本質は一緒じゃない?」
「うーん……」
それでいいのかと思いつつ、実際に温泉もってきたり、お風呂沸かすわけにもいかないですし、
これが最善なんじゃないかなぁ、とも思います。
確かアレ、冬は乾燥するからって部長が買ってきたやつでしたよね…
三条先輩は、
「温泉…」
なんて嘆いてますけど別にそういうイベントは起きないと思いますよ?
「ところで、このスチーマー、どこにあったんですか?」
「え?更衣室に転がってましたけど…」
「あろうことかそこにあったものを」
あそこ何でもあるなぁ。
前に一回整理したはずなんですけど…
「っていうかこれヒビ割れてるじゃない」
「動いてるからセーフ!!」
…いいの?
電子機器って、そんなアバウトなものじゃないと思うんだけど…
水漏れとか…してませんよね?
なんかテープで補修されてるし、セーフ…かな?
じゃなくて!
「もうちょっと現場を調べましょう?もっと情報が欲しいです」
「まあ、そうだな。このまま疑われ続けるのも気分が悪い」
「ええ。紅葉の死の真相。私も知る義務があるわ」
ハッキリとした証拠が見つかってない以上、もっともっと何かを見つけるために更衣室へと再度足を踏み入れる。
気持ちの良いものではないけれど仕方ない。
でも、凶器すらわからない状況ではどうしようもない。
倒れる部長の遺体へと視線を移す。
着衣…というか下着の乱れは一切なく、というか髪の毛の乱れも全然ない。
間違いなく一撃。
結構な出血量もあるし…
「にしてもセクシーな下着だな…」
「男子ってやつは…」
三条先輩…
倉井先輩も呆れてますよ。
…
でも確かに、ガーターベルトなんて、部長らしくないセクシーさですね。
いや、この言い方めっちゃ失礼かも…
でも、これも一応、何かの違和感には感じる…
「倉井先輩、部長ってこんな下着付けるんですか?」
「私が知るわけないじゃない。幼馴染の下着事情なんて別に興味ないわよ…」
「で、ですよねー」
とはいえこれ以上の深堀りはセンシティブすぎる。
何か他のことを探そう。
他に気になるところといえば、
部屋が散らかっているのはまぁいつも通りだし、
やっぱり後頭部以外に外傷は見受けられないし、
…うん?
横たわっている部長の髪の毛の中から小さい紙切れを見つけた。
さっきはあまり動かさないように部長に触るのを最低限にしていたために見つけられなかったけど、入念に調べればわかるものだ。
これは…楽譜?
本当に紙切れで断片レベルだけれど、五線譜と音符が見える。
部長の髪から楽譜…!?
部長は音楽やらないし、何かの拍子に付いたに違いない!
これは犯人につながる貴重な情報だ!
証拠を袋に大切に入れて懐にしまい、次なる証拠を見つけようとしたとき、
「あれ、掃除用具入れの鍵しまってるじゃない」
なんて倉井先輩の声が聞こえる。
「掃除用具入れ?」
「流石にずっとこのままだと下の階に迷惑かかるかもしれないし、血痕だけでも掃除しておこうかと」
「それはもうちょっと待ってくれないですかね??」
証拠消えちゃうので…
「どっちにしろ鍵空いて無かったからやらないわ」
空いててもやらないでください。
「あ、そういえば夏輝が持ってきたとかいうモップが玄関にあったじゃない」
「だからちょっと待ってくださいって!!」
とはいえ、部長の周りはもう見て回ったので、床に寝させておくのもかわいそうなので、倉庫にあったエアーベッドに寝かせておきました。
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「というわけで、新しく見つけたものはこんな感じです」
また部室に戻ってきた5人は、更衣室で見つけた新しい物品や情報をまとめていきます。
といっても、そんなに多くはないですけれどね。
「楽譜といえば三条ね。バンドやってるし」
先に第一発見者として疑われていた倉井先輩と、疑っていた三条先輩の立場が逆転しています。
「私を真っ先に疑ったのも、罪を擦り付けるためじゃないの?」
「待て待て待て、それは早計過ぎるだろ?…あぁ、これじゃなんの楽譜かはわからねぇな…」
「で、でも…ほかに楽器使うひとは、いませんよ…?」
「っ………でも、凶器見つかってないぞ?」
「あれでしょ?犯行に使った鍋で昼食を作ったってところでしょ?」
「そんなサイコパスなことするかよ…」
「調理道具として使うなら、それを洗う口実ができるじゃない?実際触ったなら指紋が付いていることへの説明もできるし」
「っ……!」
最早倉井先輩に言いくるめられて反論が出来なくなっている三条先輩。
しかし、そこに僕が颯爽と躍り出る!
「ちょっと待ってください!真犯人は別にいますよ!」
「「「っっっ!!」」」
皆の動きが一斉に止まる。
この瞬間が名探偵の最高の瞬間ですよね。
「この事件の犯人は三条先輩ではありません。…本当の犯人は…」
たっぷりと溜めて、右腕を天高く掲げて、それを勢いよく振り下ろすように指をさす!!
「…夏輝先輩!!あなたです!」
ビシィ!
と指を夏輝先輩に突きつける。
「え、ええーー?私ーー??」
当の夏輝先輩は、驚きの表情を動作をしている。
でも僕にはお見通しですよ!
「でも、夏輝先輩って三条先輩の後にやってきたんですよね…?」
「たしか三条自身もそう言ってたわね」
「ああ」
「そう、そここそがトリックだったんです!」
僕はウロウロと部室を往復しながら推理を語る。
ありますよねこういうシーン!
「証言では、夏輝先輩は三条先輩の後に来た、という話でしたが、おそらくそれよりも前に一回、部室に来ているのではないですか?」
「え?」
「確かに、ぶっちゃけ夏輝先輩はコスプレのまま町を出歩くとかは余裕だろうなー、とは思います」
そもそも目立つこと大好きな人ですしね…
「でもそれでは成り立たない事象が一つあるんです」
「それは?」
「それは……部長の下着姿です!!」
…これ言うの地味に恥ずかしいな…
「は?」
あきれ顔で冷めた目をする倉井先輩の視線に負けずに、僕は主張を続けます。
「部長が下着姿だったのはまぁ、着替え途中だったからという事で間違ってないとは思うのですけど、問題は何に着替えようとしていたのか、ということです!」
「…」
倉井先輩の目はまだ冷めたままだ。
「僕は部長の下着事情なんて知りませんけど、少なくとも、いつも使ってる部長の衣装であればガーターベルトなんて使ってないハズです。では何だったのか…」
そして再度夏輝先輩を勢いよく指さします。
「それは、メイド服だったんです!!」
「「「メイド服??」」」
「待って待って!この衣装は私の自前だよ??」
「そう。おそらく部長は、何かしらの企画か何かで、夏輝先輩と衣装合わせでもしていたのでしょう。証拠に、部長が付けていたガーターベルト、今、夏輝先輩も付けているはずです!!」
「ほう…」
「ふーん…」
少し興味がでてきたのか、三条先輩と倉井先輩の声は幾分か柔らかい。
「三条先輩が来るより先に部長とこの更衣室に入り、犯行を実行。そして、メイド服のまま更衣室をから脱出し、時間がたった後やってきた。そういうことでしょう」
僕の推理はこんな感じです。
「前に夏輝先輩が衣装を見せびらかしていた時に、ソックスが上に引っ張られている皺が見えましたからね!」
「その着眼点はキモいわ…」
「そこはいいですから!与那嶺さんか倉井先輩が確認してください!」
一応、僕は目をそらしておきます。
「うー、見えてる衣装ならともかく、そうじゃないのを見られるのはなんか恥ずかしいなぁー」
視界の外で、一応確認は行われているようで、
「…たしかに、紅葉のと同じかはともかく、ガーターは付けてたわ」
倉井先輩の冷静な報告が僕の推理が当たっていることを裏付ける。
でも当然、そこで夏輝先輩が折れたりはしない。
「でも、凶器とかは特にないでしょ!私が黑音ちゃん殺しちゃう理由もないし!!」
怒った顔で反論してくる夏輝先輩。
「そこはこれから説明しましょう。まずは凶器。それは、モップです」
「あぁ、玄関にあったアレのことかしら?」
「いえ、それとは違います。もともとこの部にあったモップです」
「へぇ」
僕は玄関に立てかけられているモップではなく、机の上に広げられている音符の紙切れを手に取ります。
「証拠はこの紙切れ。これは楽譜の破片だってことはわかってたはずです」
「ああ、だから俺が疑われたんだからな」
「でもそこには罠があって、部長からこれが見つかったのは、三条先輩が楽譜を使っていたから、ではなくて、モップでこれを掃除して、モップに楽譜の破片が付着していたから、なんです!」
ここで渾身のドヤ顔。
「あの紙切れ、シュレッダーで裁断された跡がありました。つまり、以前廃棄するつもりのものだったってことです。そして先週、城嶋がシュレッダーのごみを捨てる時に間違えて床にぶちまけて掃除するって出来事がありましたよね?」
「たしかに…、そんなこともあったような…」
「おそらくその時に付いた紙切れがモップに付いて、犯行の際に付いた、という仕組みです」
「それで、その凶器はどこにあるのよ」
「残念ながらもうここにはないでしょう。一度どこかで廃棄して、新しいモップを買ってきた。そうでないですか?夏輝先輩?」
「え、えぇ?どうだろう…」
「玄関にあったモップは毛先が明らかに整っていた。あのモップはほぼ新品だということ。そして、今施錠されているロッカーの中には今まで使っているモップは無いのでは?」
「あ、あれ、わたしつかっちゃいましたけど…」
「だとしても、全体的に綺麗すぎる。元々のモップは元学校の備品。あんなに綺麗なはずがない」
「……」
図星だったのか、夏輝先輩は黙ってしまう。
「とりあえず、掃除用具の中を確認しましょう。鍵は玄関にあったはずです」
…僕の推理のとおり、掃除用具入れの中に、モップは無かった。
「どうです。僕の推理通りでしょう?」
「ええ、そうね。あとはまぁ、動機かしら」
ちらりと夏輝先輩のほうを見る倉井先輩の視線を、
夏輝先輩がさっと躱す。
この人ウソあんま上手くないな?
「まあ、動機に関しては正直憶測でしかないんですけど、実のところ、"ウッカリ"だったんじゃないかな?って思います」
「「ウッカリ??」」
「ほらこの加湿スチーマー。ヒビが補修されてるじゃないですか。このヒビ、一昨日は無かったやつですよね」
「そうだったかしら」
「ほらこれ、僕のスマホに入ってた一昨日の部室の写真なんですけど、写ってるスチーマーにヒビはありません」
そう言いながら僕は自分のスマホのアルバムに入っている写真を見せつけます。
「あーほんとだ。よくそんな写真撮ってたな」
「まぁ、これ自体は先週霜月先輩のフォームチェックのために撮らされたやつなんですけどね」
正拳突きの姿勢がどうのこうのって…
「ということは、これは一昨日から今までの間に付けられたヒビということ。そして、この補修後のテープ。これ、夏輝先輩が衣装作りに使ってるマスキングテープですよね?」
「そ、…そうだね…?」
黙っている訳にもいかない夏輝先輩が声を絞り出すように答える。
「推測では、例の衣装合わせのタイミングで、モップを振り回したか何かして、スチーマーをぶつけて落としたとかじゃないですか?それと同じ流れで、モップが部長の頭に当たり、当たり所が悪く死亡。そんな流れだと思います」
「…」
「どうなんですか!夏輝先輩!!」
もはやクライマックス。
ここが崖ならカンペキな瞬間。
僕は最大の表情と体のキレで夏輝先輩を指さします。
「…そっ…その通りだよ!」
ついに罪を認めた夏輝先輩。
その眼には涙が浮かんでいます。
「本当にウッカリで、メイドっぽいポージングしようとしたら偶然…」
「だとしても、救急や警察に連絡しなかったのはどうしてよ」
「こ、怖くなっちゃってさ…」
夏輝先輩はその場に崩れ落ち、深くうつむいています。
「…夏輝先輩」
僕は、落ち着いた口調で、諭すように先輩に語り掛けました。
「確かに、気が動転することもあるかもしれません。もし違う行動をしていたら現在は違う結末だったかもしれません。当然、これは取り返しのつかないことですが、今この瞬間から未来を変えることはできます。だから先輩…」
僕は先輩の前に跪き、視線の高さを合わせて、こう告げました。
「まだ、間に合います。夏輝先輩、自首しめ………じぇ、自首しましょう…」
「そんなところで噛んでんじゃないわよっっっっ!!!」
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かくして夏輝先輩は自首して、事件は解決した。
この名探偵、白金春人の手によって!!
失ったものは多いけれど、それでも、やらなければいけない事というのは存在するのだ。
しかしこの世の事件がすべて解決したわけではない。
さあ、次なる謎に向けて、進め!名探偵、白金春人!!
倉井「…なにこれ?」
白金「いやぁ…、エイプリルフールなもんで」
倉井「はぁ…」