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ゼラニウム  作者: あべかわ
3/3

色彩

席にもどってからはただ抜け殻のようにすごした。


私は努力をやめてしまった。勉強も、外見を磨くことも、母に愛されることも…。

ただ、これ以上嫌われないように、息を殺していただけだったのではないか。


そんな考えがずっと頭の中を巡っていた。


時々誰かが私に話しかけていたが、うまく反応することが出来ず、生返事ばかりしていたような気がする。









「…-ナ、ニーナ!」

大きな母の声に耳がキーンとなった。いつのまにかお開きとなり、いつのまにか車に乗り込んでいた。


「は、はい」

「ようやく返事をしたわね。まったく、あなたは何度私たちに恥をかかせば気が済むのかしら?!」


大声を出すほど怒った母は久しぶりに見た。しかし母が怒るのも無理はない。ここまで私は何をしていたのか覚えていない。きっと相手方にもたくさん失礼を働いたのだろう。兄はうんざりしたように窓の外を眺めていた。


「ジョンは君の正式な婚約者となった。もうすぐ家に着くぞ」


低く、不機嫌な声。父だ。ハッとして父を見ると、こちらをジトリと睨んでいた。

世間体をとても気にする人だ、怒って当然だった。








私の周りには、いつも不機嫌な声が渦巻いている。私のせいで。







「あの、ごめんなさい、私、」

「体調が悪かったんだ。そうだな。家についたら早く寝るといい」


これ以上話すことはない。と断言されている。


「…はい」






家に着くと、すぐにシャワーを浴び、ろくに髪も乾かさずにベッドに入った。


「……グス、う…グ…」


いつもこうしていた、声を殺し、息を潜めて泣く。枕が涙を拭ってくれる。

親に愛されず、兄に見下され、婚約者となった人にもあんなことを言われてしまった。

私の、努力不足のせいで。


結局その日はあまり眠れず、空が青白むまで泣き続けた。

窓の外に見える、お互いピョンピョンと寄り添う小鳥の姿が、ただ羨ましく思えた。






翌日の昼頃に目が覚め、リビングに降りてみると誰もいなかった。


「あれ?」

「奥様ならお出かけですよ。旦那様とアロルドさまはお仕事に。」

メイドに声を掛けられ、少し驚いた


「あ、そうなの、帰りはいつごろか分かる?」

「さぁ、旦那様のおかえりまでにはご帰宅されると思いますが、詳しくは伺っておりません」

「そうなの、ありがとう」

「いえ」


そういうと、メイドは自分の仕事に戻ってしまった。

そうか、今この家には母はいないのか。




用意された軽食を食べ、部屋に戻りいつものように本を読んでいると、窓辺の木に鳥が3羽見えた。

何かを話しているのか、チュンチュンと鳴いている。その姿をなんとなく見つめていたが、急に3羽とも飛び立って行ってしまった。それが少し惜しく思え、窓辺に近づいてみると、屋敷の外に歩く人が目に入った。


なにか急いでいるのか、せかせかと歩いている。


私が部屋で本を読んでいる間にも、ああして何かを急いでいる人もいる。

なぜかそんな当然の事実が急に私の頭に浮かんだ。

少し遠くに目線を移すと、街が見える。あそこには大勢人がいる。老若男女、多くの人が。私と同じ気持ちの人も?

人が苦手で、いつもなら絶対寄り付きたくない場所だったが、なぜか今日は興味が湧いた。街に、行きたい。


一人で外出したことなんて無いに等しい。危険だから、というのもあったが、こんなグズな私を両親が外に出したがらなかったこともある。外の世界に興味もなかったので、特に支障はなかったが。


さきほどのメイドの言葉が頭に浮かぶ。母が帰ってくるのはおそらく夕方頃だろう。今はまだ昼を少し回ったところだ、時間はまだまだある。私はいつも部屋にこもって本ばかり読んでいるせいか、今までメイドが部屋を訪ねてくることもほとんど無かった。



足音を立てないようにゆっくりと1階に降り、そーっとドアを開ける。

メイドに見つかっても、出掛けると言えばいいだけのような気もするが、万が一にも引き止められるのが嫌だった。


こっそりと家を抜け出すことに成功した私は、街に向かって歩き始めた。


「…はぁ、はぁ」


大した距離ではないが、ほとんど家の中だけで生活していた私にとっては長い道のりだった。

10分ほど歩き、ようやく到着した、が


「わ、人、多、」


活気のある声、働く人々、綺麗に着飾った女性たち、色鮮やかな街並み。


その光景に私は思わず後ずさる。石畳に足を取られ、転びそうになる。


勢いここまで来てしまったのはいいが、私は何をしに来たんだっけ…?

茫然と道に立っていると、邪魔そうに何人かの人が私を避けて通って行った。


あわてて道の端に移動する。みんな忙しそうで、楽しそうだ。

「………はぁ」

思わずため息をつく。

街に出れば、人がたくさん居る、なにか淡い期待をもって街に出てきたような気もするが、今となってはそれも朧だ。


わざわざ落ち込みに来たわけではないのに、疲労と落胆で動くのが億劫になってしまった私はしばらくの間、壁の花となっていた。

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