羨望
急いでなんとか母のお眼鏡にかなう服に着替え、メイドに見送られて車に乗り込む。
おくれて兄のアロルドが乗り込んできた。
「あれ?父さんは?」
「お父さん、商談が長引いたらしくて向こうで会うことになったのよ」
「あの、お見合い、うちでするんじゃないの?」
そう聞くと、母は心底うんざりした様子で言った。
「ニーナ、あなたは本当に何も聞いていないのね。お父さんが手掛けたレストランが完成したから、お披露目ついでにそこでしましょう、って話になったじゃない。いい?お父さんとお兄ちゃんの邪魔になるような行動は取らないで。黙ってニコニコと座っていればいいのよ。わかったわね?」
お兄ちゃんの、邪魔になるな。
もう何百何千回言われてきたか分からない。
「うん。邪魔しない、お兄ちゃんに恥をかかせるような行動はしないように気をつけるよ」
「うん、じゃなくて、はい、でしょ!まったく。」
「ごめんなさい」
また、母の機嫌を損ねてしまったのか。
「まぁ、お見合いといってもほとんど子会社のご子息とよ。断られることもないでしょうから安心しなさい。あなたが片付いてくれてよかったわ。お話を持ってきてくれたアロルドに感謝しなさい」
「はい、ありがとう。お兄ちゃん。」
「あぁ。学生時代の知り合いが教えてくれてさ。経営者連中は信用を得るためにも早く結婚するやつが多いのに、30近くで未婚でいる奴がいるって。多少変わり者かもしれないけど、我慢しろよ」
「そうなの?アロルド。でもこの子も変わり者だし、案外うまくいくんじゃない?」
それきり私の存在を無視したかのように、二人は会話を続け、私は窓の外を見つめ続けた。
自由に遊ぶ子供たち、照れ笑いを浮かべながら寄り添い歩く男女、すべてが羨ましく思えた。
しばらくして、車は大きな建物の前に停まった。
「まぁ~綺麗ね!素敵だわ。」
「1階はロビー、2・3階は事務所に。そこから上は宿泊施設にして、上2階をレストランにしたみたいだよ」
「あぁ、とても見渡しがいいぞ」
父が自慢げに私たちを出迎えた。
「あら、あなた!ごめんなさいね、お待たせしちゃったみたいで…この子が」
「あぁ、いいよ、ニーナと出掛けるときは時間がかかるのは分かってるさ」
グズで、地味で、取り柄のないニーナ。
それが私だ。
「じゃあ、行こうか」
エレベーターに乗り込む、最上階に向かって上がっていく。身体に重力がかかる。憂鬱な気分だ。
少し廊下を進み、レストランに入ると、その内装に一層気が引ける。
とても大きなホールの中央に陣取る20人は座れるであろう長いダイニングテーブル、その上に乗った豪華な花、高い天井にシャンデリア、豪華な空間。
私にはとても似つかわしくない華美なレストランだった。
「ご無沙汰しております。お待ちしておりましたよ!」
快活な声に顔を上げると、相手家族はもう中で待っていた。
スーツのジャケットを脱いで手に持った小太りの男、キツそうな顔立ちの女性に、背の高い険しい顔をした若い男性。
「遅れてしまって申し訳ない。下まで妻たちを迎えに行っていたもので」
と言いながら父が笑みを浮かべる。
小太りの男がハンカチで汗を拭きながら近づいてきた
「いえ、とんでもない。お会い出来てとても嬉しいです。あぁ、アロルド君、息子の学生時代の友人だったとは知らなかったよ。早くも名をあげているそうじゃないか、君のような優秀な友人がいたなんて私も鼻が高いよ。」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
「そしてお嬢さんも、聡明そうでお美しい。来てくれてありがとうね」
「…いえ、はい。ありがとうございます」
ボソボソとそう返すと、男は少し困ったようだった。
「さぁ、座りましょう。料理の準備ができたようですよ。」
父が声を掛けた。
「あぁ、そうですね、いや立ち話をしてしまって申し訳ない」
また汗を拭きながら、そう言ってテーブルに着席していく。
私の横を母が通り過ぎながら睨んでいった。
失敗してしまった。何と答えるのが正解か分からず、気の利いたことが言えなかった。あぁ憂鬱だな。なんで私はいつもこうなんだろう。
「いやまったく素晴らしい。内装はもちろんのこと、調度品のすみずみに至るまでこだわりが感じられますな。特に素晴らしいのが~…」
席に着いてからは、ほとんど相手側が喋っていた。何とか気に入られようとしているのだろうか。
父も母も兄も、ニコニコと相槌を打っている。
私は話に参加することもなく、かといって食事をするような気分でもなれず、中身が減らないようにチビチビとワインに唇をつけていた。
「いやはやこんな素敵なお嬢さんとお話しが出来るだなんてうちの息子にはもったいないですな!」
なんの前触れもなく自分の話題が出て、驚き顔を上げた。
「あ、いえ、とんでもないです…」
そう答えるのが精一杯だったが。
チラと正面に座るお見合い相手を見ると、相変わらず不機嫌そうな顔をして私と同じようにワインを舐めていた。
「すみませんね、うちの息子は少しシャイな面がありまして」
「あら、うちの娘もですのよ」
「おぉ!気が合うかもしれませんな!」
ガハハ、と笑う。
勝手なことばかり言う、この男を私は好きになれそうもなかった。
「そうだ、ここにはテラスがあるんですよ。夜景が綺麗に見えるはずだから、二人で見てなさい」
父はそういうが、一言もしゃべらないこの陰気な人と夜景なんて見る気にはなれない。
「あ、いえ、私は、」
とっさに断ろうとしたが
「そりゃいい!ご好意に甘えさせてもらおう。ジャン、ぜひ行ってきなさい。」
遮られてしまった。
「…では、行ってきます。ありがとうございます」
ジャンと呼ばれたこの人の声を初めて聞いた。嗄れた声だった。
二人でテラスに出たが、街を一望できる夜景をみても感動は出来ず、風が頬を撫でていくだけ。
特に喋ることもなかったが、気まずい沈黙に耐えかね、ジャンの背中に声を掛けた。
「あの…ジャン、さん。私あまり喋るのが得意ではなくて…しかもこんな地味で冴えない女性、嫌ですよね。お時間取らせてしまって申し訳ないです。あ、でもテラスまで連れてきてもらってありがとうございます。夜景が綺麗ですね。」
ジャンはしばらく黙っていたが、おもむろに口を開いた
「…優秀なお兄さんを持つと大変ですね。アラが余計目立って見える」
「え?」
突然投げかけられた暴言ともいえる言葉と不機嫌な声に、私は思わず固まる
「地味で冴えないと思うなら何で努力して改善しようとしないんです?そんなことはないです。貴女は素敵な人ですよ。とでも言ってもらえると期待しているのが透けて見える。僕はね、死ぬほど努力したんですよ。大学に入ってもいい成績はなかなか取れなかった、それでも諦めず努力し、卒業してからは結婚もせず父の会社にふさわしい人間になろうと。それも30歳も目前にし、周りに追い抜かされていく中でやっと諦めがついた。そんな中で紹介されたのが貴女のような…なんの努力もせず、自分の境遇を嘆くだけの人間だなんて。お前の今までの努力の結果はこんなものだと、神に見放された気分です。」
そう捲し立てるジャンは俯いて涙ぐみ、こぶしを握りしめていた。
ひどい言い草だ。ジャンの努力が実らなかったのは私には関係ないじゃないか。そう言いたかったが、ハッキリ否定できない。確かに私は兄に追いつこうと努力した。母に愛されたいと。でも、今も?今も私は努力しているのだろうか?父や母や兄の邪魔をしないようにと息を殺して生活する、今も?
「私は………」
「すみません、言い過ぎました。お互いこの見合いが無くなれば困ることもあるでしょう。今の話はなかったことにして下さい。」
「困りますか?結婚を望んでいないのであれば無理をしなくても…」
「あなたには分からないかも知れないが、いずれ経営者として働くのであれば妻という存在はなにかと必要になってくるのですよ。社会的信用という意味でも、パーティーなんかに参加するお飾りとしてもね。貴女も自覚があるようだが、地味で陰気な女性をぜひ妻にと乞う人も少ないでしょう。特に取り柄のない女性が生きていけるほど、世間は甘くはないですしね。これ以上ご両親に心配をかけるのも心苦しいでしょう。」
鼻声で話すジャンに、私は何も言い返すことは出来なかった。
それきり二人は口を開かず、まるで誰かが死んでしまったかのような気持ちになりながらレストランへと帰って行った。
そういえば、ジャンは一度もこちらを振り向かなかった。自分の努力の結果を、目の当たりにしたくなかったのだろう。
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初投稿ゆえ、なにかルール違反があったら申し訳ないです汗
完成目標に頑張ります!