19 ある転生者の回想②
テオバルト・ユーリ視点
本日2話投稿しております。こちらは2話目です。1話目からお読み下さい。
リーリアと結婚してからは、ずっと幸せだった。
一緒に子育てをし、子供の中に自分とリーリアに似ている所を見つけては、愛しさが溢れた。
エリーゼとの生活や子育てとの違いに罪悪感を感じ、エリーゼと上の子供達に謝ってみたが、一笑に付された。
「私達に誠実に接したのですから、良いのですよ。」
と言われ、少し安心した。
4人の子供に恵まれたが、そこまでにも色々あった。
条件を揃えたり、変えたり、試行錯誤を繰り返したが、妊娠に至らない事も多く、最初の実験が如何に分の悪い賭けであったか思い知った。
勿論、最初にうまくいかなくとも、数回で妊娠に至った例を出して丸め込…いや、説得する算段ではあったが。
一番下の子が基礎学校に上がった頃、リーリアが冒険者に復帰した。
それ自体は構わないが、子供が魔法学校の寮に入ったら、家を出て以前の部屋に戻ると言う。
当然俺は反対した。
だが彼女の意思は固く、仕方なく、子供達の帰省の時期には家に戻る事と、俺が彼女の家に行く事を了承させた。
この頃、料理が趣味になった。
それまで、趣味など持たず、食事は料理人が作った物を食べていたが、リーリアに用意した食事に感謝され、のめり込んだ。
料理と研究者は相性が良い。
レシピは実験手順書のようだ。次回の結果がより良く(美味しく)なるように、工程を切り分け条件を変える。
手際も必要だ。実験も料理も手際が結果を分ける事もある。
リーリアにこの見解を説明すると、苦笑しつつも、妙に感心された。
こうして、概ね幸せに生きてきたが、永遠ではない。テオバルトの死を迎える時が来た。
それまでには、沢山の者を見送ってきた。
エリーゼや、彼女との息子達。リーリアの両親。研究所の部下達。
俺ですらそうなのだから、残されたリーリアは…。しかも彼女はまだ若い。
寂しい思いをさせる事は辛かったが、その寂しさをいずれは忘れて、別の誰かと行ってしまうのかと思うと、もっと辛かった。
俺は、リーリアに「必ず戻ってくるから、待っていろ。」と伝えた。
死んだ後、生まれ変わって人間やそれに近い種族になるとは限らないし、ましてや前世の記憶が残るかも分からない。
だが、『異世界転生者』がこの世界でどの様に生きたか、どの様な影響を与えたかを神は必ず見ている筈だ。
リーリアが異世界からこの世界の神に勧誘されて転生した話は、本人から何度か聞いた。
昔からの異世界転生者の証言から、神の存在は事実として信じられている。
ならば、俺の希望が通る余地はある。
彼女の周囲の人間の動向も見ている筈だからだ。
そして、俺は前世の記憶を持って生まれた。
死後、神に直談判できたのかどうかは分からない。
会ったのに忘れ(させられ)たのか、会えなかったのか。
しかし、希望は叶ったのだから、そこはどうでもいい。
俺は、ある程度意識がはっきりした時点で、詳細鑑定を自分に掛けた。
名前、年齢、生年月日、両親の名前、出身地などの自分の状況や、最大魔力、その他の能力の最大値などの将来的なスペック。
それを見て、都合の良さに益々驚いた。
テオバルトの死亡から間を置かず転生。能力は知性がやや下がり、体力が増えていて、何より魔力がかなり高い。リーリアとテオバルトの子供達並みだ。
その子供達のうち、第2子の結婚が早くて、途中エルフと結婚した者など4世代を経て俺に繋がったようだ。後に両親に確認した。
これなら、今世はリーリアと共にいる事に何の苦労もない。
ベルナー家との繋がりはあるが、傍系であり、一族への影響力はないが、義務もない。
家はカルーザにあった。王都から多少離れているが国内で、周囲は魔物の比較的少ない土地の筈だ。
俺は、自分である程度動けるようになれば、すぐ王都に行こうと考えた。
だが、ふと見た鏡の中の自分に、考えを改めた。
濃い藍色の髪と瞳。はっきりした顔立ち。何世代も経ているため、テオバルトともリーリアとも似た所はない。そこは良い。
だが、子供らしい丸い頰に、プクプクとした小さな手。
どう見ても幼い子供だ。
生まれ変わってから、1日でも早くリーリアに会いたかった。
鏡の中の小さな子供になるまででも、一日千秋の思いで待っていた。
しかし、子供の言う『大きくなったらけっこんしようね』を本気で受け止める大人などいない。
急に怖くなった。
今会いに行けば、リーリアは喜んでくれるだろう。優しくもしてくれるだろう。
だが、それは子供に対してのものであって、伴侶に対してのものではない。
今世では、彼女に及ばずともかなりの魔力量を持って生まれた。
テオバルトの時よりかなり長く生きられるだろう。その長い生も彼女と共に歩めなくては何の意味もない。
リーリアに再会するのは、成人迄待った方が良い。
俺は、胸を掻き毟るような思いで、そう決心した。
王都での学校生活は、退屈なものだった。テオバルトの時の事は全部覚えている。
暇があるとリーリアを思い出してしまうので、必死に鍛練した。能力の最大値に少しでも現在値を近付ける為だ。
特に、冒険者学校の頃が一番辛かった。
魔法学校は、王都の中でも治安の良く、王城、貴族街にも近い中心部にあるので、まだ我慢が効いた。
だが、冒険者学校は王都ギルドに近い場所にあった。
彼女がすぐそこに住んでいると思うと、焦燥感が募った。
『待っていて欲しい』とは伝えたが、会わない期間が長くなるにつれ、もうテオバルトを忘れてしまったのでは?という不安が抑えきれず、何度彼女に会いに行こうとしたか知れない。
リーリアには今の俺は分からないのだから、一目見るだけでもと思ったが、一度見てしまえば絶対に抑えが利かなくなる。
今世の身体は、魔力が多い故の弊害か成長が遅い。これは、リーリアの子供達にも見られた現象だ。
初めは発育に問題があるのかと心配したが、単に成長速度の問題であった。
だが、今の俺には大問題だ。
身長も筋肉も、とてももうすぐ成人には見えない。
まだ会えない。
俺は、冒険者学校を卒業し、カルーザに戻った。
「今世は体力も高いから、冒険者になるのが良いだろう。」と思っていた。
実際は、リーリアに会えないのが辛過ぎて、再会したらずっと一緒にいられる職業に就こうと思ったのが本音だ。
彼女と同じAランク冒険者になれば、外見が多少若くても大人と認めてもらえるだろうか?
そう思って実績を積んだが、Aランクに昇級する直前に成長期が来た。
これで漸くリーリアに会える!
意気揚々と王都ギルドにAランク登録に行った。
リーリアは俺を受け入れてくれるだろうか。
不安が過る。
だが、王都ギルドでリーリアがいるのに気付いた瞬間、プロポーズしていた。
俺がテオバルトだと確認する為の質問には、苦い思い出が蘇ってきた。
リーリアは、学生時代、教授陣の実験を手伝っていた。
授業で使う様な魔法では起こらないが、大規模な魔法や、連発など、魔力を大量に放出する際、彼女にはある現象が起こった。
元は薄い茶色の髪や瞳は金色になり、更に彼女を取り巻く魔力が瞬き、彼女自身が光り輝く。
派手ではないが整った容姿の彼女の、その姿は神秘的で、何度も見惚れた。
だが、それを素直に言う事はできず、自分だけが彼女に惹きつけられるのが悔しくて、『鬱陶しい』と詰った。
その時のリーリアの顔は今でも覚えている。
羞恥、不安、怒り、悲しみ、そして諦め。
そんなものが、混ざった顔をした後、『ごめんね』と小さく答えた。
怒るかもしれないとは思ったが、まさかあんな顔をされるとは思わず、ずっと後悔していた。
今なら、その理由も分かる。
昔、彼女が初めて妊娠した頃、ふと言い出した事があった。
「この世界での私は異分子で、いつ化け物だってはじき出されるか怖かった。でも、子供ができて初めて、この世界に受け入れられたような気がした。」
それを聞いた瞬間、学生時代の控えめな態度は、怖がっていたからだと分かった。
そして、怯える彼女に俺が追い打ちをかけた事も。
その時は、学生時代の話には及ばなかったが、生まれ変わってから聞かれるとは思わなかった。
回答に満足したのか、リーリアは大声を上げて泣き出した。
こんな風に泣く彼女は見た事がなかった。
為す術もなく立ち尽くす俺と、俺にしがみ付くリーリアを、見兼ねたギルド職員が別室に連れて行ってくれた。
ずっと待っていてくれた彼女をそっと抱きしめた。
落ち着いたリーリアを連れて、彼女の部屋に行った。二十数年ここは変わらなかったようだ。
長い間会いに来なかった事を責められたが、俺も気が狂いそうになるほど会いたかった。
子供の内は会えなかった理由を述べると、渋々納得してくれた。
今世の外見は、かなりリーリアの好みのようで、安心した。彼女の呼ぶ『ユーリ君』はまだぎこちないが、すぐ慣れるだろう。
一通り話し終わり、寝室に連れて行こうとしたら抵抗された。プロポーズは保留されたが気持ちは伝えたし、付き合ってみると言質も取った。
だが、リーリアの中では、テオバルトとユーリは同一人物ではないらしい。確かに違う人間ではあるが、“俺”という自我と一貫した記憶があり、外見が違うだけの同一人物と言って差し支えないのだが。
それに、もう待つつもりはなかった。
こうして、リーリアの元へ戻る事ができた。
再会してから、結婚を承諾させるのに数ヶ月かかったが、それもまた、良い思い出になった。
その後、リーリアとの間に3人の子供に恵まれたが、結婚してからの期間を考えれば少ない方だろう。
今世の俺の魔力が高く、自然に任せた結果だ。
それから、せっかく冒険者になったのに、リーリアは俺と一緒に、殆ど仕事をしてくれなかった。
護衛などはまだしも、魔物討伐はギルド招集のみ。
若い内は、一緒に行きたいと頼んでみた事もあったが、「ずっとソロでやってきたから」と聞いてくれなかった。
だが、遠くの現場からも毎日転移で帰って来るので、諦めた。
毎日会えるなら、十分だ。
長い、長い月日が経った。
リーリアが、殆ど動けなくなった。
「やっとこの時が近付いたんだから、無理に治癒や回復はかけないで。」
と固く約束させられた。
そして、眠るように逝った。
子供や孫達は、俺が後を追うのではと心配していたが、自殺などしない。
以前リーリアが話す前世の話の中に、自殺した人間は生まれ変われないという話があった。
勿論確かめようがないが、この世界もその可能性はある。
転生については、彼女はこんな事も言っていた。
「前世持ちの人が、『前世からずっと君が好きだ』なんていう話も、相手からしてみれば、評価は正反対だよね。早くに死んだ恋人や夫婦なら感動モノだけど、知らない人やなんとも思ってない人から言われたら、恐怖だよね。生まれ変わってもストーカーとか怖っ」
その話を聞いて、俺も内心「怖すぎる」と思った。
当然、言い寄られたらではない。そんなものは何とでも対処できる。
言い寄った相手に「怖い」「気持ち悪い」と思われたら、だ。
だから、次の時は気を付けよう。
そう、自殺はしない。ただ、彼女の事を思い出してしまうだけだ。
すると、眠くもならないし、胸が一杯で食べる気もわかない。
俺も彼女程ではないが、長く生きた。彼女の葬いも済んだ。今世に未練はない。
次も記憶を持っていられるだろうか。いや、彼女への想いはきっと消えない。他人はこれを執着と呼ぶのかもしれないが。
「テオバルトとユーリのおかげで幸せだった」と言ってくれたけれど、どこか長い生を辛く感じていたようだった。
来世のリーリア、いや、彼女はきっと全てを忘れているだろう。
今度は、彼女を見つける所から始めなければ。
大丈夫。ちゃんと初めて出会ったフリをするし、いきなり過度な愛情を示したりしないで、少しずつ優しくする。
永遠に愛している。
必ず彼女の元へ行く。
そう決心して、やっと眠くなった目を閉じた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
これにて完結となります。
テオバルトが、永遠の愛(という名のストーカー)を宣言してしまいました。
二人が幸せなら良いのかな?
もし、少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマーク、評価ボタンを押して下さると嬉しいです。
どんなご意見でも次作への糧として受け止めたいと思いますので、感想もいただけたらとても嬉しいです。
活動報告に、もう少しだけ内容に関するあとがきを書く予定です。良かったお越しください。