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18 ある転生者の回想①

テオバルト・ユーリ視点


本日2話投稿しております。こちらが1話目です。

 リーリアが逝った。

 離れる事は寂しいが、俺もそう遠くない未来に、逝くことができるだろう。


 永遠の眠りについた妻に、最期の口づけを贈った。




 俺とリーリアの出会いは、わずか9歳まで遡る。時間にすればもう600年余り昔の事だ。


 当時の俺は、まだテオバルトだった。

 魔力至上主義のベルナー家の中で、何代もの因子がうまく重なり、一族の2倍程の魔力を持って産まれた。


 誕生した瞬間から、一族の長になるべく定められた子供。

 一族全てから傅かれると共に、一族の理念を刷り込まれた。


 しかし、生まれつきの才能をただ誇示するだけでは、更に上がいた場合、無価値になる。それを早い段階で知った俺は幸運だったのだろう。

 魔力に加えて、知性も高い値を持っていたが、記憶力や思考能力が高くても、最初から知識を持っている訳ではない。

 必死になって、知識と経験を積み、何を持って生まれたかではなく、何を成したかに重きを置いた。


 その契機をくれたリーリアに今でこそ感謝しているが、始めは疎ましく思っていた。

 自分の価値観を覆した女。

 その膨大な魔力で同年代からは遠巻きにされ、教授陣からは可愛がられていた。


 そんな彼女に苛立つのに、無視する事も出来ずただ突っかかるうち、これは恋だと唐突に気付いた。

 いつも嫌味や皮肉しか言わない俺に、それでも律儀に返答する生真面目さと芯の強さ。

 魔力をひけらかす事もない控えめな性格。教授陣の実験を理解する頭脳。どれもが好ましい要素だった。

 と、同時に絶望した。

 魔力差が大き過ぎて、絶対に自分の物にならない。

 次代ができないような結婚が祝福される筈がないと。


 当時、一族の理念に芯まで浸かり、それを信じ切っていた俺は考えもしなかったが、全ての(しがらみ)を捨てて彼女を得る道もあったのだろう。勿論、同意してくれればの話だが、彼女は大変押しに弱いので、こちらが態度を改め、真摯に口説けば、同意してくれたに違いない。


 しかし、実際はただ絶望し、何もしなかった。


 それでも諦めきれず、故郷に帰った彼女の動向を調べた俺を衝撃が襲った。

 彼女が普通の人間と結婚した。子供は絶対にできないと断言できるほどの魔力差だ。

 それでも良かったのか?それほど相手の事が好きだったのか?


 自分の価値観が、またもや覆された。

 激しい嫉妬と共に、どうして自分では駄目だったのかを自問自答する。

 俺の側にいた時は、まだ誰のものでもなかったのに!


 魔法学校を卒業後、国立魔法研究所に所属していた俺は、葛藤を忘れる為にひたすら研究に没頭した。

 周囲の決めるまま、エリーゼと結婚したのもこの頃だ。


 エリーゼの事は、他の者に比べれば好ましいと思っていた。あくまでも一族を束ねる共同経営者として。

 実際、研究所に入り浸り全てを彼女に任せていたが、普段の取り纏めと要点の報告は申し分なかった。

 ベルナー家を筆頭に一族には、貴族、商人、学者など様々な家があるが、唯一エリーゼを辟易させたのは、第二、第三夫人を(めあわ)せようとする他家の横やりであったようだ。


 これには、俺が協力するしかなかった。

 エリーゼに跡取りを生んでもらう為、排卵日を確認する魔法を作製し、少々の興奮剤を服用する事で、何とか義務を果たした。

 生まれた子供は二人共男子で、魔力も俺を除けば、当時の一族の中では1、2位になる程だった為、横やりも鳴りを潜め、政略結婚の家庭としては円満であった方ではないかと思う。



 事態が動いたのは、突然だった。

 リーリアが離婚し、王都に移住した。

 彼女が結婚してからは、殆ど動向を調べていなかったが、同じ王都にいるとなれば気にかかる。

 だが、調べたからといって会いに行ける状況ではなかった。

 王都ギルドには王都周辺だけでなく、地方で処理しきれなかった案件が多く持ち込まれるようだ。彼女はAランク冒険者として、依頼を最大限受けて、国中を飛び回っていた。


 冒険者という職に詳しくない俺でも、正気の沙汰ではないと分かった。

 真っ当な生活どころか、魔物討伐の為に生きているかのようだった。

 人は、何かに集中する事で気を逸らす事ができる。そして過ぎた時間は冷静さをくれる。

 それを待つ事にした。


 俺は、研究所内での地位も上がり、実験を主導する立場になっていた。

 リーリアの無茶な生活もやや落ち着き、それに比例して冒険者の名も上がってきた頃、実験の協力を依頼するようになった。


 冒険者としての評判、高い魔力、学生時代の顔見知り。

 リーリアにも周囲にも、自然な成り行きであるかのように必要性を淡々と説く。

 事実、この時期の大規模魔法の実験は大きな成果を上げた。

 真実は、個人的な繋がりを保つ為であったとしても。



 同時期、生殖に関する研究にも関与し始めた。元々、研究所で行われていた研究ではあった。

 跡取りを作る時期、少しでも効率を上げる為に人間の生殖について幅広く調べた。その際に得た着想を専門家達と議論し、理論を突き詰めた。実際の研究は専門家に任せたが、後に所長に就いた際には、魔力差による不妊の研究を発展させる元となった。

 勿論、この研究に人材と予算を振り分けるのは大いに私欲が入っていたが、元来研究者とはそういったものだ。

 自分の好奇心を(或いは欲を)満たし、かつ世間一般の役に立つテーマを選べば良い。



 ある時、リーリアの協力の下、行った実験中に事故が起きた。

 暴発、消失、破壊といったものではないが、魔法を行使した彼女の魔力を吸い出すような回路ができていた。

 魔力の枯渇は死と同義だ。

 あの時ほど恐怖を感じた事はない。

 むしろ、完成まで協力すると言い張る彼女の神経を疑った。


 その後の実験に、より慎重になったのは言うまでもないが、彼女を失う恐怖は常につきまとうようになった。


 生殖の研究は遅々として進まない。

 まだリーリアに対する行動は起こせない。


 俺は(かね)てから打診されていた所長に就き、研究を加速させる事にした。


 研究所全体を管理する立場になった為、自身の研究、実験からは離れた。それに伴い、彼女に依頼する事もなくなった。


 その頃、リーリアに親密な男がいるという噂が度々流れた。

 所員には実験を通じて彼女と親しくなった者が複数おり、噂の出所はその辺りのようだった。


 王都に移住した経緯として、離婚のいきさつも聞いていたから、噂が本当だったとしても、結婚する事はないだろう。子供でもできれば話は別だが、この国に彼女の魔力に見合う者はいないので、その確率は限りなく低い。

 龍族が紛れている可能性も考えたが、彼等は自分のテリトリーにつがいを連れて帰りたがるので、彼女がこの国から離れる様子のないうちは、それもないだろう。


 リーリアが実験協力は要らないのかと聞いてきたが、頻繁に研究所を訪れれば、噂についても話題が出るだろう。

 彼女の口から好きな男の話など絶対に聞きたくない。

 俺が所長であるうちは、呼ばないと言っておいた。



 魔力差による不妊の研究と臨床実験に光明が見えた。


 差と言っても、この国で実験に協力的な夫婦の魔力差は数千であり、自分とリーリアの差には遠く及ばないが。

 だが、基礎消費魔力を一時的に無くせば、受精率が上がる結果が数件報告され、研究は一気に進展した。


 母体の月経周期に合わせて、女性の魔力が強ければ基礎消費魔力を切る期間を細かく設定したり、逆に弱ければ身体強化をかけたり。

 男性側が強ければ、禁欲期間の設定やその期間のどこで基礎消費魔力を切るか、弱ければどの時期に身体強化をかけるかを設定したり。


 条件を細かくすれば、どこに問題があるかが見える。

 成果が出れば、更に人材と予算を回せる。

 あと少しで、一般の技術として民間に公開できる所まで来た。まだ、数万の差が埋まるかは分からないが。


 そんな時、リーリアが訪ねてきた。

 魔法について聞きたい事があると言い出したが、詳しく話を聞けば、この国に見切りをつけて魔力の高い者が多い外国に移住したいと言う。


 俺は内心、愕然とした。

 少しでも妊娠確率を上げる条件を淡々と話しながらも、今を逃せばもう手が届かなくなる事に焦った。

 まだ細かい条件設定を詰めきれていないが、そんな場合ではない。


 俺を相手に、この研究所なら条件が揃うと言ってみたが、悪い冗談を聞いたような顔で、「今更その気にならないでしょ?」と返された。それは、質問でありながら、自分にその気がないという意味だろう。「好きな人と」という言葉が胸を刺した。


 確かに今更だろう。研究に費やした何十年もの時間も、更にその何倍もの時間手放せなかった想いも。


 一瞬の逡巡の後、俺は行動した。

 今でもこの時の行動力を我ながら賞賛する。


 俺はリーリアを抱きしめて、キスした。

 振り解かれないのをいいことに、深く貪る。

 その感触と、華奢なのに柔らかな抱き心地に頭が沸騰したように興奮した。


 我に帰った彼女が、身動ぎするのを強く抱きしめて留めると、下半身の興奮に気付かれたようで、ビクリと震えた。

 俺より余程経験があるだろうに、その初心な反応に興奮が更に増したが、「勝手をするな」という彼女の低い声に、素直に手を離した。


 話を聞いてくれたリーリアに自分の気持ちを伝えたが、全く予想外だったようで、ボンヤリとしたまま返答もない。碌に思考も進んでいない様子だ。冷静になる前に畳み掛けた。


 月経周期を聞き出し、仕事や魔力消費の指示を出し帰した。

 こちらも、身体強化をかけ、急ぎの仕事を片付け、休暇の手続きなどの準備をした。


 想いを遂げるのが職場である事が若干気がかりではあったが、彼女には実験協力の体裁がある方が良いかも知れない。それに、自分自身も自制しなければ条件を厳守できない。


 その日僅かに触れた彼女を思い出した。その肩は細く、とてもAランク冒険者とは思えないほど華奢で、だがとても柔らかく…。

 先刻の興奮が蘇ってきた。しかし、ああは言ったものの明日本当に来るだろうか。


 この晩、興奮と不安を繰り返し、眠る事などできなかった。


 翌日、こちらの不安など知らぬ顔でリーリアが現れた。

 指示通り魔力を消費してきたようだ。だが、隣の仮眠室へ連れて行くと、冷静になってしまったのか、断りの言葉が出そうになった。

 俺はそれを最後まで言わせず、懇願した。


 彼女はこのまま続ける事を了承し、目の前で基礎消費魔力を切っていく。

 普段、数千もの魔力で守られた身体が無防備になった。

 外見以上に弱い状態のリーリアに恐々触れた。本能のまま動いて傷つけたくない。


 こちらが必死に自制しているというのに、「それなりに経験がある」などと言って煽ってくる。睨んでやったが何処吹く風だ。


 それでも、やっと腕の中にやってきた愛しい彼女を抱きしめて、積年の想いを遂げた。



 翌日、午前中に各部署に指示を出し、一度自宅に戻った。エリーゼに今回の話を通しておく為だ。

 リーリアとの子供ができる可能性がある事に驚いていたが、激励された。

 この時のベルナー家の状況は分かっていたから、反対される事はないと思っていたが。

 うまくいけば、妊娠したリーリアをここに連れてくるので、予定しておくよう言い置き、研究所へ戻った。


 午後からはリーリアと色々な話をした。

 もう隠す必要もない。問われるまま答えると、驚いたり照れたりコロコロと表情が変わる。

 長い話が、ふと途切れた。

 触れたい気持ちを抑えて、席を立った。次のタイミングは夜だ。リーリアを本当に手に入れる為には、衝動より設定条件を優先させなければ。


 3〜7日目は基礎消費を切ったまま、回復した魔力を消費し、激しい運動さえしなければ、特に何もする事はない。裏を返せば、何をしていても良い。


 安全面から研究所内に留め置き、不自由を強いているが、不平も言わず機嫌良くすごすリーリア。彼女が自分の元にいる喜びに有頂天になるが、同時に不埒な欲が湧き、実験には必要のない行為を説明できずに悩んだ。

 それも一日と保たず、彼女が押しに弱いのをいいことに、昼夜を問わず行為に及んだ。


 リーリアが所内にいる事は、多くの職員が知っていた。周知した訳ではないが、毎日魔石が魔力が大量に補充されるのだ。あのような芸当は彼女にしかできない。


 体調管理に睡眠と食事は必須だ。

 彼女の眠っている間に、食事の手配と仕事の指示を行う為に部屋を出る。その度に共に実験を行った職員、魔力差不妊の研究者、果ては食堂の料理人までが、協力を申し出てきた。

 なるべく部屋にいたい俺に代わり、交代で食事を用意してくれた。



 結果の出る日、早朝から研究所の入り口に探知魔法をかけリーリアを待つが、何も手につかなかった。

 探知魔法の反応が返った途端、部屋から飛び出した。走る俺を不審な顔で職員が見ていたが、知ったことではない。


 所長室にリーリアを迎えると、鑑定結果を手渡された。

 状態の項目に【妊娠】の文字があり、彼女と結果を何度も何度も見た。

 彼女が頷いた後、ギョッとしてこちらから目を逸らすのを見て、自分が泣いている事に気付いた。

 歓喜、幸福感、安堵など様々な感情が涙となって溢れた。

 物心ついてから泣いた事などなかった。絶望や嫉妬を感じた時ですら涙など出なかったのに。


 落ち着いてから、ベルナー家へ向かった。

 リーリアが、エリーゼと二人で話がしたいと言うので、仕方なく席を外した。

 リーリアは心配していたが、エリーゼの歓迎は嘘ではない。


 ここ数年、そこそこ魔力のある若い女を充てがおうとする動きが増えた。息子達より俺の方が魔力の多い子供ができる可能性が高いし、エリーゼの権力も弱まる。

 それを退けるには、リーリアとその子供を自分の庇護下に置く方が良い筈だ。

 実際は、俺がそんな者を受け入れる訳がないのは、エリーゼも分かっているが、魔力の高い者を多く輩出したいという一族の至上命題を盾にされれば、無視もできない。


 二人の話が終わり、結婚式をやるとエリーゼが盛り上がっていた。リーリアが渋った為、極々小規模なものになったが、当日のリーリアは美しかった。


 やっと、彼女の伴侶となれた。そう思いながらも、拭い去れない不安があった。

 こちらが、もう離さないと思っていても、彼女にその気がなければ、何処へでも飛び立っていってしまうだろう。

 それを聞ける機会は今しかないと思い、新居となった離れの寝室で彼女を待った。


 余程緊張していたのだろう。彼女に怒っているのかと聞かれたが、俺は不安の全てを彼女に問うた。

 研究所での実験を持ちかけた時、彼女は『好きな人と幸せになりたい』と言った。

 子供を産み育てるのも1つの幸せだろうが、子の成人後まだ若い彼女は、自身の幸せを求めて、今度こそ旅立ってしまうのだろうか。

 人に好かれようなど考えた事もなかったが、この幸せを手放さない為なら何でもできると思った。

 だが、彼女は意外にも、俺を好きだと言ってくれた。


 思わず抱きしめたら、『意外に涙もろい』と言われたが、そこも好きな所だと続いたので文句は言えなかった。

 リーリアに関する事以外に涙を流した覚えは無いが、それは言わずにただ抱きしめた。


 それからは、ずっと幸せだった。




お読みいただきありがとうございます。


あと1話あります。

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