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結婚式も無事終わり、今日から正式にテオバルトの屋敷に住む事になっている。と言っても、すぐ隣にある離れ。いくら第一夫人公認とはいえ、同じ家はちょっとね。
ずっと住んでいる自分の部屋は、確保したまま。いずれ冒険者に復帰するつもりだから、ギルドが近くて便利なんだよね、あの部屋。賃貸の一室を維持するぐらいの蓄えもあるしね。
今日から住むそこは、離れとはいえ、庶民からすれば十分お屋敷という広さだった。どうせ暇になるし、自分で家事をすると申し出たら、即座に却下された。メイドさんに加え、侍女まで用意されそうになって、必死に断った。
屋敷の維持管理はメイドさんに任せるとしても、自分の世話をしてもらうのは遠慮したい。庶民には気が休まらないよ。
それと、コックさんを離れにも置いてもらった。私が作っても良いんだけど、プロが作った方が当然美味しい。栄養バランスも良いし。妊娠・授乳期は贅沢させて貰う事にした。
結婚式後、その離れに到着。メイドさんがお風呂も寝室も用意してくれていた。
一応、初夜である。初めての要素はあんまり無いけど。
そして、妊娠中でも交わる事は出来るって、テオバルトは知ってるのかな?
安定期に入ってからとか、お腹に体重かけないようにとか、注意する事はあるけど。
まあ、一緒に寝るだけでも良いかもね。
なーんて思ってたのは、寝室に入るまででした。
何なの、この緊張感。顰めっ面してベッドの端に座ってるテオバルトが、ぎこちない。
「今日から、よろしくね。それで、何でそんな怖い顔してんの?この状況、君、経験あるでしょう?それとも、今日、私何かした?怒ってる?」
「怒っている訳ではない。少し緊張しているが。」
だから、何で緊張するの?
疑問が顔に出てたのか、テオバルトが答えた。
「研究所でのお前との1週間は、手元にお前が居る事に有頂天になっていて、現実味が無かった。だが、式の準備や此処の準備、手続きをこなすうちに、実感が湧いてきてな。」
「あの時、君、有頂天だったの?全然見えなかったよ。ちゃんと世話してくれてたし。あ!ご飯用意するの大変だったでしょ?」
「あれは、秘書やら、食堂の料理人やら、お前と実験した事がある所員やらが、代わる代わる用意してくれた。激励もされた。」
………。それは、私が何の為に滞在してたか、知ってる人が沢山居るという事?
うわぁ。居たたまれない。話を戻そう。
「で、私がいるだけで緊張するの?今日から妻なのに、そう言われても困るなぁ。」
「お前が居るだけで、という訳ではない。これから話す事に対する、お前の答えが心配なだけだ。」
「うん?取り敢えず、話してみて。」
テオバルトは、しばらく言い淀んでいたけど、意を決して話し出した。
「お前は、妊娠したから俺と結婚した。それは、間違いないな。」
「そうだね。ずっと子供が欲しかったし、相手も子育てしたいなら、結婚しようと前から思ってたからね。」
あらら、元々顰めっ面だったのに、更に眉間のシワが深く…。何で?
「お前、俺が『俺を相手に研究所なら、条件が揃う。』と提案した時の事を覚えているか?」
「勿論、覚えてるよ。」
「お前が何と答えたかも、か?」
うーん。確か…。
「あの時は、君が私の事を好きだとは知らなかったから、『長い付き合いで、今更そんな気にならないでしょ。』って答えたんじゃなかったっけ?」
「それもあるが、お前は、『好きな人の子供を生んで、幸せになりたい』と言った。」
私は、「あぁ。確かに。」と言って頷いた。
「俺は、お前の好きな人になれる可能性は、あるのか?どうすれば、そうなれる?それとも、子供が育ったら、好きな人を探しに出ていくつもりか?」
その時、キュンと胸が疼いた気がした。
ナニソレ。
「君、私に好きになって欲しいの?私と幸せになりたいの?私とずっと一緒に居たいの?」
「お前が好きだと言っただろう。好きな相手にそう思うのは、当然だ。」
そうだね。魔力が多くても、知能が高くても、普通の人間だから、幸せになりたいと思うのは、当然なんだよね。
「テオバルト。私、君の、自分の気持ちを素直に言う所好きだよ。ちょっと心配性だけど、私の事を考えてくれる所も好きだよ。研究所で、甲斐甲斐しく世話してくれたのが嬉しかったし、自覚してるか分かんないけど、優しい顔で笑いかけてくれる所も好きだよ。」
私が、思いつくテオバルトの好きな所を、挙げてみると、泣きそうな顔で抱きついてきた。…と言うか泣いてる。
「意外と涙もろい所もね。」
と付け加えると、抱きつく腕に更に力が込められた。
さーて、テオバルトの心配事も片付いたし、宥めて寝るかな。
と思っていたら、私のお腹に手を当てて、テオバルトが、聞いてきた。
「安定期に入ったらしいな。」
「うん。まだ2日ぐらいだと思うけど。身体強化掛けてるから、普通よりも更に安心!」
あれ?身体を撫でる手つきが、なんかあやしく…。
研究所のアレコレ以来、シテないから緊張してきた。
「お前も、俺を好きだという認識で、良いんだな?ゆっくりするから、このまま抱いて良いか?」
私は、少し笑いながら、「うん。」と答えた。
月経周期がすぐ計算できたんだから、妊娠中の生活も当然調べてるよね。
下手したら、私より、「妊娠中のやって良い事、悪い事」を知ってそう。
そうして私達は、仲良く初夜を過ごしたのだった。
魔力が多い方が、安定するというのは本当らしく、つつがなく妊娠・出産を終えた。
くすんだ金髪と碧眼の女の子。大きくなったら髪は薄茶色になっちゃうかもなぁ。
顔立ちは、テオバルトに似てるので、将来は美人になりそう。
そして、魔力は6万強。順当に両親の平均ぐらい。また突然変異で私より多い、なんて事が無くて良かった。本当に。
テオバルトは、メロメロだ。ニコニコしながら、よく抱っこしている。それを見た、私以外の全ての人間が、驚愕の表情を浮かべる。
エリーゼちゃんは、流石に慣れてきたけど、呆れ顔は隠せないみたい。
娘が、この一族でどんな立場になるのか、どんな風に生きていくのか、心配事は尽きない。でも、ステータスは高いから、ちゃんと生きていける筈。
自力で生きていける力さえあれば、それで良いと思う。
ある時、ふと気付いた。
テオバルトは以前、子供ができない相手は口説かないと言ってたけど、よく考えたら、子作り以外でも、よく押し倒されてない?
研究所でも、妊娠中も。出産後も身体が回復したら、時々求められている。
好きな相手とするのは、幸せだから良いんだけど、加減が欲しい。
奴もけっこう魔法が使えるので、元々基礎消費で上がってる体力に、身体強化上掛けしてるみたい。体力がハンパないのだ。
これをネタに、手加減を要求しよう、と思いつき、テオバルトに話してみた。
照れるのか、拗ねるのか、それとも開き直るのか?という予想に反して、次の子作りを提案された。
色々条件を変えてみたいと、熱っぽく語るテオバルトに、もう少し期間をあけてもらうよう頼むのが、精一杯だった。
結果的に、普段の交わりに、条件を設定した分が増えた。ヤブヘビだ。
その上、定期的に子作りをする事になって、冒険者復帰が遠のいた。
結局、テオバルトとの間に4人の子供をもうけた私は、15年程の休業を経て、冒険者に復帰した。
一番下の子が学校に行きだしたので、少しずつ働く事にした。
子供が小学校(正式には基礎学校だったかな)の内は離れに居るけど、国立魔法学校にあがったら、ギルド近くの自分の部屋に住むつもりだ。
これには、テオバルトが大反対した。
まあ15年も住めば、あの離れも『テオバルトの家』じゃなくて、『自分の家』だと思っているけど、あの家では、何もする事が無いんだよね。
子育て中は良かったけど、冒険者するならあの部屋の方が便利だし。
子供達の休暇に合わせて戻る事と、テオバルトの私の部屋への出入り自由を約束して、渋々テオバルトも納得した。
この15年の間には、出産以外にも色々あった。
私の両親が亡くなった。
両親には、孫を見せる事が出来たので、良かったと思う。
子供達は、皆元気に育っている。
2番目の男の子の魔力がやや多かったが、どの子も人間の平均を大きく上回っている。
でも、私という規格外が目の前に居る為、傲ることはなかった。
小さい時から、魔力量より、その魔力で何ができるかだと、繰り返し教えてきたつもり。
この一族で必要な、知識や教養は、エリーゼちゃんに丸投げしたので、そこも大丈夫の筈。
この世界の子供は、親離れが早いから寂しいな。特にどれかのステータスが高いと、王都の学校に入るから、親の手元には10年足らずしか居てくれない。
代わりに『空の巣症候群』なんてものも無いけど。
本格的に冒険者に復帰してからは、テオバルトが私の部屋に入り浸るようになった。
研究所の所長は他へ譲って、嘱託研究員になったらしい。勤務時間や、休日の融通が利くし、設備は使えるしで、嬉しそうだ。
で、部屋に戻ると、テオバルトが夕食を用意して待っている。
始めはテイクアウトだったけど、次第に手料理が出てくるようになった。
そして、驚きの事実は、研究者は料理に向いているって事。
まずレシピに忠実に作って、次は条件を変えて作ると、より好みの味になるって所は、実験と似てるし、結果の為に労を惜しまない所も。
メキメキと腕を上げるテオバルトに、「この部屋に入り浸らずに、自分の家に帰れ」とも言えず、遠征に出ても、その日の内に空間転移で帰ってくる羽目になってる。
相変わらず甲斐甲斐しい。結婚してからもずっとこんな感じだけど、元々こういう性格だったんだろうか?
テオバルトの料理を食べながら、聞いてみた。
「今日も、ご飯作ってくれてありがとね。君、本当に料理の腕上がったよね。でも、仕事は大丈夫?」
「ああ。時間の融通は利くからな。」
「私の食事用意したり、子供達が小さかった頃は、よく相手したり、テオバルトって結構世話好きだよね?」
「まあ、そうだな。」
「エリーゼちゃんは、『テオバルト様は家庭にあまり興味が無いようでした。』って言ってたけどね。」
あ、なんか「ゴフッ」とかいって咳き込んでる。
「別にエリーゼを嫌っていた訳ではないが、義務感は拭えなくてな。子供が生まれてからも、どう手を出して良いか分からなくて、見ているだけだったな。」
「極端だよねぇ。まあ、私は自分や子供達に、優しくしてくれるのは嬉しいんだけど、ちょっとだけ、エリーゼちゃんに悪いなと思ってね。」
テオバルトは、片眉を上げて答えた。
「お前からすれば、そうかもしれんが、エリーゼや上の子供達は今更構って欲しいなどとは言わんだろう。」
まあ、エリーゼちゃんはともかく、既に60代の義理の息子達は、父親に構われたいとは思ってないだろうね。
結局、私との子供達も手を離れたので、今後は更に私に構うという事らしい。
それからも、魔物討伐をしつつ、偶にベルナー家に帰ってテオバルトを構ってという生活を続けた。
その内、子供達は成人して独立していった。
どうやら、テオバルトの次のベルナー家の長は、私の二番目の子になるそうだ。
一番魔力が多いし、『自分が長男だ』という自覚の強い子だったから。(本当はベルナー家では三男なんだけどね。)
この一族の事には、私は口を出さずに見守るだけだ。当人達が決めれば良いと思う。
私は、子供を産む事ができたし、後は、この世界の為に魔物討伐を頑張れば良い。テオバルトとも仲が良いし、末永く幸せに暮らしましたとさ、を実現するのだ。
もし、私とテオバルトの寿命が同じぐらいなら、それで終わったのだろうね。
202才という、前世(の地球の人間)からは有り得ない年齢で、テオバルトがこの世を去った。
お読みいただきありがとうございます。