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言い回しを変更しました。ストーリーは変わっていません。
応接室でエリーゼちゃんと2人になると彼女が話し始めた。
「改めまして、御懐妊おめでとうございます。」
「ありがとうございます。でも、妻子がいるのを知ってて、割り込んでごめんなさい。」
私が頭を下げると、彼女はキョトンとした顔をしてから、本当に可笑しそうに笑った。
「テオバルト様から、多少聞いておりましたが、何処にも謝るところは無いのですけれどねぇ。」
「重婚が合法なのは知ってるけど、個人的な感情は別なんでしょう?学生時代の貴女はテオバルトが好きみたいだったから、嫌なんじゃないかと思って。」
それを聞いた彼女は、今までの上品な笑い方じゃなく、無邪気な感じでニッコリ笑った。
「そうですねぇ。これが20代だったら、私も受け入れつつも嫌だったかも知れませんねぇ。」
「今なら、大丈夫なの?」
「先日お約束しましたものね。年月や、うちの一族の事情などに絡みますので、ゆっくりお話しましょうか。」
そうして、話してくれたのは、まず年月的な事。
「やはり、長年夫婦でおりますと、恋愛感情も親愛の情になるのでしょうね。家族愛とでも申しますか。その上で今のテオバルト様を見ますと、長年の想いが叶って良かったですわねと、一緒に喜んで差し上げたいのです。」
「エリーゼさんも、テオバルトの気持ち知ってたんだ。」
「子供の頃からの付き合いですもの。」
「じゃあ、どうして学生時代に何も言って来なかったの?」
「勿論、言うべき事が無かったからです。貴女はテオバルト様を苦手に思っていらっしゃるようでしたし、テオバルト様も一族を捨てる様な行動をなさらなかったから。」
でも、好きなら文句を言いたくなるんじゃ?
「納得できないというお顔ですねぇ。これは、一族の中で育った事も大きいと思いますから、そういうものだと思ってもらうしかないですね。ただ、下手な事を言って決裂するより、一族を運営する協力者として、共にある事を重視した訳です。」
つまり、実らない恋にとやかく言って、嫌われるよりも、良好な関係で結婚して妻になる方が良いと。自分達が一番魔力の多い組み合わせだから、当然子供も作るだろうし。
「でも、結局、私を連れて来る事になった訳だけど?」
「研究者の執念ですわね。それ程の想いに余計な事を言わなくて良かったと思っていますわ。」
「本当に嫌じゃないの?」
「寧ろ、大歓迎です。」
「それは、魔力量の多い子供が期待できるから?」
「勿論それもありますけれど…。」
と言って、話してくれたのは、一族の事。
「そもそも、テオバルト様は、生まれた時から一族の長になる事が決まっていました。そして、誰もが一番大切に扱います。幸い、下の立場の者を虐げる様な冷酷さは無かったのですけれど、何者にも優先されるべきという傲慢な子供になってしまうのは、自然な流れでしょう。」
私は頷いた。まあ、同年代から大人まで、皆に傅かれたらねぇ。
「貴女には昔から感謝していましたのよ。学生時代のテオバルト様は、生まれつきの魔力量ではなく、高い知性を生かした研究という分野に、自分の存在価値を求めるようになられましたから。そして、魔力量ではなく、何を成すかで人を判断するようになられました。」
「それは、確かに良かったかもね。自分以外全ての人を見下した人間になってたかもしれない、と思えば。」
あのエリート然とした外見で、中身がそんな奴、絶対近寄りたくない。
「一族を率いる者として、一族の者の価値を認めないのでは、困りますから。魔力量が劣っても、政治家、官僚、商家などに才覚のある者はおりますしね。」
「ちゃんと、個人の向き不向きを見てるって事?」
「『魔力至上主義』の一族だからこそ分かるのです。結局、魔力量の多寡はあっても、同じ人間であって、能力のどの部分が優れているかの違いでしかないと。」
『魔力が多くても、同じ人間。』それは、もしかしたら、わたしが一番聞きたかった言葉かもしれない。
私は、自分に詳細鑑定を掛けて、結果を複写した紙をエリーゼちゃんにも渡した。
「お腹の子が生まれたら、どう育てたら良いか、相談に乗ってくれる?」
彼女は、鑑定結果を凝視していたが、頷いてくれた。
「でも、もしかして、貴女の子供が次の長になるのを、この子が邪魔しちゃうの?」
私は気になって聞いてみたが、彼女は苦笑して、首を横に振った。
「私とテオバルト様の子は2人。どちらもテオバルト様より魔力量が低いのです。そこから換算される寿命だと、彼の次の長にはなれないでしょう。ただ、実質的な運営は既に子供達がやっています。貴女の子供が大きくなるまでは、そのままでしょうから、問題ありません。」
実質的な運営。多分成人してすぐ結婚しただろうから、子供は…40代から50代?
ああ、うん。今から更に2〜30年後なら、そうかもしれない。
「じゃあ、育て方は、ここの一族に合わせるので良いとして、私自身はどういう立場になるんだろう?運営なんて手伝えないけど。」
「その辺りも、歓迎する一因ですわね。」
「手伝わなくて良いんだね。」
「ええ。それに貴女にしがらみが無い事も。」
「しがらみ?」
と問うと、そこの説明もしてくれた。
「半月ほど前、リーリア様との子供ができるかもしれないと、テオバルト様から聞きまして、失礼ながら、貴女の事を調べさせて頂きました。リーリア様が訪問されたのと同じ時期ですね。」
「隠すような事は無いと思うけど、何か問題あった?」
「いいえ。全く。」
「それは良かったけど、どんな事があったらダメなの?」
私は何か恐くなって聞いてみた。
エリーゼちゃんは、静かに言った。
「一族のバランスを崩すような関係者ですね。」
敵対してる勢力と、付き合いがあるとか?
と考えていると、エリーゼちゃんが続けた。
「先日少しお話しましたね。私はもう子供を生める年齢ではありません。ですが、テオバルト様は、まだまだ子供を作る事ができるでしょう。そうなると、一族中から若い娘を次の妻にと推薦されるのです。」
「ああ。それで、魔力の多い子が生まれたら、新しい妻とその実家が権力を持つって事?」
「ご理解が早くて助かります。」
日本にも、摂関政治っていうのが平安時代ぐらいにあったからね。
ここの一族、貴族とか、官僚とかけっこう権力ありそうだから。
「で、私なら親戚に、政界・財界の関係者が居ないから、口を出されたり権力に擦り寄って来たりしないと。」
「その上、貴女とテオバルト様のお子様より魔力量が多い子供を見込める娘など、そうそう見つかりません。」
龍の娘さんぐらいかな?なかなか居ないね、きっと。
「実は、子供だけ置いて出ていってとか言われるんじゃないかと、心配してたんだけど。」
「Aランクの冒険者相手にですか?そのような無謀な。寧ろ、テオバルト様とのお子様を、次々生んで下さったら良いですわね。本音を言えば、一族の他の男性とも子供を作って頂ければ、私の孫と娶せる事も出来るのですが。」
「ええっ。それは…。」
「分かっています。テオバルト様がお可哀想ですし、反対されるでしょうから、その様な事をお勧めしたりしません。」
ちょっとホッとした。子供だけ盗られるのも嫌だけど、子供生む道具みたいに使われるのも嫌だ。
研究所での7日間を、私の同意なしでは再現できないし、子供をたてに脅されたりしたら、子供だけに防護結界を張って皆殺しとかやれそう。やりたくはないけど。
「エリーゼさん。鑑定結果はそのまま渡しておくね。できれば、ギルドには、魔力の総量がバレない様にお願いしたいんだけど。Sランクにさせられると面倒だから。」
「分かりました。Sランク冒険者になってしまうと、国とのしがらみができてしまうので、こちらとしても困りますから。」
ギルドの方は、大丈夫そうだね。
「それで、子供が生まれる迄と、生まれてから、どうやって過ごせば良いかな?」
「子供が生まれる迄は、できれば此処で安全に暮らしてもらいたいですね。出産もこの屋敷で対応できますし。子育ては、自分で育てたいですか?それとも、乳母に任せますか?」
人任せは、有り得ない。なるべく自分で育てたい。その旨を伝えた。
「では、子育て経験のあるメイドを付けますから、適度に協力を受けつつ、ご自分で子育てするという事で。子供の手が離れたら、此処で暮らしながら、冒険者に復帰等、好きにお過ごしになって下さい。」
相談すれば、大体希望通り過ごせそう。
これで、大体聞きたい事は聞けたかな。
と思っていると、エリーゼちゃんが満面の笑みで立ち上がった。
「じゃあ、テオバルト様を呼んで、結婚式の打ち合わせをしましょうか!」
「は?」
「うちの子供は息子ばかりで。実は、娘を着飾らせるのが、夢だったんです。」
「いや、私貴女の娘じゃないし、そもそも貴女より年上…。」
「細かい事を仰らずに。盛大なお式にしますわ!」
「書類を提出するだけで良いです。」
「一族にお披露目するので、そんな訳にはまいりません。」
結局、テオバルトを交えて話し合い、こぢんまりと結婚式をする事になったのだった。
この人達の「こぢんまり」、なんて、庶民の「盛大な」になるに違いない。
それからのエリーゼちゃんの動きは、それはそれは早かった。
お腹が大きくなる前にと、ドンドン話を進めていく。
エリーゼちゃんに会いに行った日からピッタリ3カ月後、結婚式が行われた。ギリギリ安定期に入る頃。
母体の魔力が多い方が、安定期に入る前から安定しやすいらしい。なら、私は大丈夫だろうと思って、準備に参加しようとしたんだけど、テオバルトとエリーゼちゃんが取り仕切って、何にもさせてもらえなかった。
2人共、超過保護。当然、冒険者もお休み。
これは、私も同意した。今まで仕事中に危ない目に会った事は殆ど無いんだけど、万が一という事もある。
私の外見は、まだ20代。まだまだ先は長そうだ。冒険者にも、そのうち復帰できるだろう。
結婚式は、テオバルトの親戚(主だった人だけ)と、うちの両親と、王都ギルドのギルマスという、最少人数で行われた。
テオバルトは2人目、私は2度目で、わざわざやらなくてもと主張したけど、やっぱり無しにはならなかった。
しかも、その理由は、ベルナー家の為だけではなかった。人間の中で最多魔力を持つ者が何処の所属になるのか、国とギルドが裏で争っているらしい。(エリーゼちゃん情報)そんな事、知りたくなかった。
で、双方を招いて「どちらとも付き合いますよ」と表明するという。ベルナー家の一族の中には貴族や官僚もいるので、王国側という事か。
はい、もうお任せします。
まだお腹は全然出てないので、ドレスは問題無く着られたけど、流石にコルセットは無しになった。
実は、1度目の結婚式は、フリルとレース多めのワンピースだった。地元の街の庶民は皆そんなものだったし、家や家具、日用品等色々入用で、衣装にお金をかけなかった。
だから、今回ウェディングドレスが着られたのは、単純に嬉しい。
控え室に迎えに来たテオバルトは、またちょっと涙ぐんでいた。
初恋を半世紀ほど拗らせた男に、下手なツッコミは止めておいた。むしろ、ちょっとカワイイと思ってしまった自分自身にツッコむべきかも。あぁ、すっかり絆されてるな。
お読みいただきありがとうございます。