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前回に合うよう、一部加筆しております。大筋は変わっていません。
ふっと目を開けると、窓から入る光が弱い。
どうも、眠っていたようだ。
隣を見ると、テオバルトが薄く微笑んでこちらを見ていた。
「ごめん。寝ちゃったみたいだね。どのぐらい寝てた?」
「2時間程だな。」
あらら、いつもの表情に戻っちゃった。からかってやろうと思ったのに。
「君、仕事大丈夫なの?私と違って、いきなり1週間も休む訳にいかないでしょ?」
「いや、1週間休暇を取った。溜まった休暇を消化するよう言われていたから問題ない。」
「それなら良いけど、昨日の今日でよく調整できたね。」
「まあ、完全な休暇は今日の午後だけで、明日からは、あちこちの部署に指示だけはするつもりだ。」
それって休暇って言うのかな?根っからの仕事人間、と言うか研究バカ?
「うーん。まあ、君らしいね。で、私の今後の予定は?」
「まず、今から、回復した分の魔力を減らす為に魔石に注いでもらう。その後、夕食、就寝。明日は、睡眠で回復した魔力を使う為に、朝から貯蔵用の魔石に補充だ。あっちの魔石は単体ではなく並列に繋いであるから、かなりの量が消費できる筈だ。」
確かに、此処の貯蔵用魔石は、大規模魔法の実験にも使うから、かなりの容量だった。私1人分の魔力ぐらいは入るだろう。明日だけなら。
「分かった。でも、明日は良いけど、すぐ一杯になっちゃうんじゃない?」
「ああ、その為に今日からは、魔力の大量に必要な実験を重点的に行うよう指示してある。普段は魔力の補充に時間がかかって、順番待ちになってる実験が山ほどあるから、皆喜んでいた。」
なんか、所員の皆さんと私の利害が一致したようだ。
ちゃんと考えてあるみたいで良かった。
「その後は?」
「夜までは特に予定はない。自由時間だ。ただし、この施設から出ないように。激しい動作も不可だ。何か必要な物があれば、できる限り用意する。」
「君は明日どうするの?」
「各部署に指示を出したら、なるべくこの部屋にいるつもりだ。」
という事は、この部屋で2人で過ごす時間が、それなりにあるって事だよね。
聞きたい事は、明日まとめて聞けば良いか。
「夜までは自由って事は、夜には予定があるの?」
「受精の確率を上げる為と、排卵日が遅れた場合に対応する為に、明日の夜もう一度する。」
するって子作りだよね。今日だけじゃなかったのか。
事務的に伝えられると、恥ずかしさは無いけど、それはそれでどうなんだろう。雰囲気とか何処行った?
取り敢えず、今寝てたせいで回復した魔力を減らさないと。
私は、ベッドから起き出して身支度を整えた。
事後にシャワーも浴びずに寝てしまったけど、諸々の汚れは残ってない。テオバルトが魔法で綺麗にしてくれたのかな。
研究所所有のからの魔石を数個用意され、魔力を補充した。
その後の夕食も、テオバルトが用意してくれた。此処にいる間の食事は、全部用意してくれるつもりらしい。
1日3食7日間?大変じゃない?と思ったのだけど、この施設内に居て欲しいらしいので、任せる事にした。
夜も間が持たないので、早めに休む。と言うか、何故、テオバルトが同じベッドで寝ようとしてるんだ?確かにベッドは広いし、奴の部屋ではあるけど。私を此処に居させて、自分は家に帰れば良いでしょ。
でも、頑として、この実験期間中は此処に居ると言い張るので、諦めた。
実験に関しては、絶対に譲らない奴だから。
夕方に寝ちゃったし、この状況で、寝られないかもと思ったが、朝から忙しかったせいか、すぐに寝てしまった。
朝、目が覚めると、身動きがとれない。
テオバルトに、スッポリ抱き込まれていた。
私は抱き枕じゃない、と文句を言いながらそこから這い出すと、奴を起こしてしまったようだ。
一見いつもの無表情だけど、何となく機嫌が良さそうだ。
そのまま起き出して、朝食の用意をしてくれた。
相手に照れられたりすると、コッチもどう対応したら良いか迷うところだけど、通常通りの態度なのがありがたい。
私も、いつも通りを心がける。そう意識してる時点で、いつも通りはできてなさそうだけど。
その後は、貯蔵用魔石の補充。研究所の施設だから、奴と一緒に行くのは当然としても、その距離感はおかしかった。肩や腰を抱こうとし、ひとしきり揉めた後、双方の妥協点として腕に掴まっている。
何をそんなに心配する必要があるのか分からないし、意中の相手にはここまでするのかと、意外を通り越して呆れるしかない。
補充を終えて、『所長の仮眠室』まで私を送ると、テオバルトは仕事の指示の為、所長室に戻った。
私は、所長室の書棚から何冊かの本を借り、部屋でノンビリ読む。並んでるのは学術書が多かったが、最新研究を一般に紹介する様な本もあって、中々面白かった。
そうして数時間後、昼食を持って、テオバルトが戻ってきた。
仕事は午前中で済んだらしく、午後からは休みと言うから、色々聞きたい事があったのに、「仮眠させてくれ」と寝てしまった。
仕方なく、部屋を暗くして光球の魔法で本の続きを読んだ。
2時間程で起きたテオバルトに「なんでいきなり仮眠?」と聞くと、
「一昨日は仕事の調整で殆ど寝ていないし、昨夜は生殺しだったから、あまり寝られなかった。」
「昼にしたのに?」
「絶対叶わないと思っていた初恋が何十年の末に成就して、簡単に落ち着く訳がない。」
何十年越しの初恋?
「あのさ、その辺も含めて色々聞きたい事があるんだけど。」
「特に隠すつもりは無い。何でも聞けば良い。」
私は、テオバルトに断って、お茶を淹れた。何でも答えると言うなら、腰を据えて話を聞こう。
「で、いつから私の事そんな風に思ってたの?知り合ってから一昨日迄全く気付かなかったけど。」
「学生時代からだ。初めは、自分以上の魔力持ちの存在にショックを受けたが、気になって気になって仕方がなかった。気に入らない奴だと思っていたが、思春期がくれば自然と自覚したな。」
「いつも、嫌味言われてた気がするんだけど?」
「自分の魔力が足りなくて、何かを諦めた経験など無かったからな。ひねくれた態度を取っていても、自分から話しかけていたのはお前だけだ。」
それ、突っ掛かられてると思ってた。
「いつも一緒にいた後輩の女の子が奥さんだったよね?もし、上手くいって子供ができたら、彼女本当に怒らない?」
「むしろ喜ぶ。勝手に悪いが、この実験の事は、エリーゼだけには伝えてある。」
エリーゼとは、彼の奥さんの事。昨日会ったばかりの彼女の学生時代を思い出す。
気の強そうな、如何にもお嬢様という彼女は何も言ってこなかったが、よく私を見ていた。
好きな男性と接点の多い私が気になるのだろう、と思っていた。
「こっちも勝手にごめん。実は昨日エリーゼちゃんに会ってきた。」
「そうか、何か言っていたか?」
「頑張れ。成功を祈るって。でも、本当かなぁと思って。何か無理矢理許可取って浮気してるような気がする。」
「浮気とは何だ?私はこの実験に真剣に取り組んでいるが?ああ。お前は『異世界転生者』だったな。日本人というのが一番多いらしいな。」
何でその話が出てくるのか分からずに、曖昧に返事をした。
「そう。私も元日本人だけど?」
「『異世界転生者』は結婚観が極端で、一夫多妻又は一妻多夫になるか、一夫一婦かになるそうだな。」
「日本は重婚が違法な一夫一婦制だから、その感覚が残ってる人と、反動で好みの相手全員と一緒に居たいと思う人がいるみたいだね。」
異世界に来て、ハーレムとか逆ハーとか作っちゃう人もいる。
「お前は前者という訳だな。」
「うーん。そう言われるとそうかもね。元旦那と他所の女性が親しくなった時、私と結婚したまま、その人とも結婚すれば良いなんて、思いもしなかったから。」
あれ?何か睨まれた?そう言えば、昨日もそんな表情してたような?
「この世界では、既婚者が伴侶以外の者と付き合っても、結婚前提であれば浮気にはならんな。遊びで付き合って捨てる、を繰り返したり、伴侶を捨てて他へ乗り換えるような者は、そう言われるのだろうが。」
何か、浮気の概念がちょっと違うみたいかな。中々この世界の常識が馴染まない。
「だから、この状況は浮気ではないと。」
「もちろん、当人同士の同意が必要だ。エリーゼは一族の出身で、実質的な運営者だ。つまり、より魔力の多い次世代を増やす義務がある。私との関係も、妻と言うより共同経営者という意味合いが強い。」
そうかなぁ。少なくとも、彼女の方はテオバルトに強い好意を、持っていた。
奴の方は、義務感で結婚したみたいだけど。
「私と君との子供なら、かなりの魔力が望めるから、喜ぶって事?」
「そうだ。お前が、うちの一族を掌握したいと言い出さない限り、歓迎されるだろう。」
「君の一族って、学者だけじゃなく貴族も官僚もいるんじゃなかったっけ。そんな所の運営頼まれたって出来ないよ。もし子供ができても、少し大きくなったら冒険者に戻るよ。」
テオバルトは、「だろうな」と呟いてから言った。
「妊娠が確定したら、もう一度エリーゼに会うと良い。色々説明してくれるだろう。」
「うん。分かった。」
私は頷いた。喜ぶとか歓迎って言葉には半信半疑だけど、彼女にはキチンと説明しないといけないと思う。この前は、あんまり話せなかったし。
テオバルトの勢いに流された感はあるが、この実験に同意したのは私なんだから。
その後も、テオバルトと色々な話をした。
付き合いだけは長いし、奴は記憶力も抜群だから、その時々にどう思ってたのか聞いてみたのだ。
そしたら、出るわ出るわ。私を好きだったって話が。
聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるのに、何で当人はこんなに淡々と話せるの?
話の内容と本人の様子があまりにも違うので、素直に聞いてみたら、盛大な溜め息を吐かれた。
「絶対に子供が望めない魔力差で、諦めるしかないのに諦めきれない。お前は、故郷に帰って魔力差を気にせず普通の人間と結婚したと耳に入る。その時の俺の葛藤が分かるか?」
「うーん。全然」
「まあ、それは今更どうでも良いが。無様な姿を晒すのが嫌で、それ以来、何でもない振りだけは上手くなったようだ。そもそも、お前さえ誤魔化せられれば良かったんだ。他に俺が心を乱される事柄も特に無いしな。」
実際、ずっと誤魔化されたので、ツッコめないな。
だいたい、一昨日からやたら目が合うんだ。しかも熱がこもってる。
つまり、今までずっと、こっちを見ないようにしてたって事?
それに、口調が学生時代に戻ってる。私から俺になって、懐かしいのと、こんなカワイイとこもあったんだなって…コレヤバイ。
昔から押しに弱いんだよね、私。そこへきてギャップ萌えってヤツか。
私が黙った事で、微妙な雰囲気が流れる。
テオバルトが不意に立ち上がって、私の肩がピクリと震えた。
そんな私の様子を見て、苦笑を洩らしながら、「仕事の連絡が来ていないか確認してくる」と部屋を出ていった。
お読みいただきありがとうございます。
リーリアさんは絆されました。