リベンジマッチ
「進…道…!!」
声?誰だ…
「起きなさいっ!!」
誰かに叱咤激励をされ、ゆっくりと目を開いた。
………目の前に脂汗まみれのオカマッスルの顔があった。
「ひぃぃいぃぃぃぃっ!!」
俺は体の激痛を無視して本気で叫んだ。
「何よもうっ!失礼ね。ノブ子、傷ついちゃう。」
俺はノブ子の雄々しい腕に抱えられていたのだ。
「あっ、」
周りを見回すと、ここはオカマバー『ラブリー・エンジェル』のカウンターだとわかった。
なぜかロシアの殺し屋であるフォルニカが机をくっつけて作られたベッドの上で上裸包帯姿で寝かされていた。
うん、ほとんどが俺がつけた傷だな。
部屋のあちらこちらから匂う消毒用のエタノール液の匂いは店のカウンターを病院に連想させていた。
「おい、降ろしてくれ。」
ノブ子の腕から離れようと足を床につけ立つ。
思ったより、体に痛みが感じない。
穴ができた腹をさすると、縫合されていることがわかる。
「あのさ………俺はどれくらいの間、気を失っていた?」
「ざっと二時間ちょいよ。」
俺に気持ち悪いウィンクをするノブ子の服はボロボロだった。
「少し昔を思い出して、ロシアっ子に手を出したら噛まれちゃった♥」
「黙れマゾ。」
戦闘不能で撃たれる直前だった俺となぜかここにいるフォルニカを抱えて、怪物じみたイーゴリを相手に服だけですんで逃げきる。
さすが元最強の殺し屋、あの困難な状態で俺達を抱えながらほとんど無傷で逃げたものだ。
「うっ、ここは…どこだ?」
額を押さえながらサルタナが上半身を起こす。
俺とノブ子を見る瞳には戸惑いがあった。
「何でフォルニカも連れて来たんだよ。」
「顔がいい男にアタシは優しいのよぉ♥️」
「…………。」
ノブ子の笑顔に俺は軽く引いた。
だって、うなじがゾワゾワするほど気持ち悪いんだもの。
俺はノブ子を見ているのがイヤになり視線を上半身を起こしたフォルニカに向けた。
こう改めてみると俺と同い歳か少し歳上かと思っていたが、実際はかなり若いことに気が付いた。
黒バンダナに包まれた瑞々しい金髪に白人特有の彫りの深い鋭角的な顔立ち。
瞳は大空を連想させる澄みきった青色だった。
サルタナの身体はギリシャ神話にある大理石でできた石像のように白くて逞しい筋肉で覆われていた。
しかし、美しい体を持つサルタナの全身を包むこの物淋しい気配はいったい何だろうか。
先程のナイフ・コンバットでは全く感じなかった。
ん~……まぁ、いいか。
「んで、どうすんのコイツ?」
「アタシが面倒見るわよぉ。(ジュルリ)」
「……………。」
話題を変えよう。そう言えば誰かいないような…
「おい、ノブ子。」
「何よぉ?」
「うちのボス聡美の居場所を大至急、俺に教えてくれ。」
シイィィ―ンと一瞬でカウンターの空気が重くなった。
「……テメェ、知ってどおする気だぁ?」
ドスの効いたノブ子の声。
裏声の女モドキ声でなく、完全に男に戻った声だ。
「テメェを助ける少し前、テメェが俺ぇの娘と一度デートに行ったことを聞いた。」
「ゲッ……え、まっ、ちょっ!い、今はデートとかじゃなく」
「吐け、俺ぇの愛娘 聡美と付き合ってるのかぁあん!?」
うわぁ、ノブ子怖ぇよ、マジで怖ぇよ!!
「そ、それよりさぁ…俺はただ聡美が一人でイーゴリのやつを殺しに行ったのか…」
「行ったわよん。」
即行で答えられた。
俺はなんとかノブ子の怒りから逃げ切れたことに安堵した。
「進道ちゃんが目覚める一時間前に出てったわよぉ。」
ノブ子の声がオカマに戻る。
「俺、行かなきゃな。」
「あんっ、…まだ話が」
ノブ子の言葉から逃れ、客が忘れたと思われる店のウォールハンガーに掛かっていた皮のコートをまといオカマバーから出ようとする。
ガシッ!
その時、俺の腕をノブ子の分厚い手でなく白い包帯に巻かれた手が掴んだ。
「待て。」
手の持ち主、フォルニカが俺を引き止めた。
「私を連れて行ってくれ、イーゴリに用がある。」
「悪いが、お前邪魔だ。」
冷たく突き放す。
「俺はお前を信頼していない。」
「頼む、行かしてくれっ!!」
しかし、フォルニカは突き放そうとする俺の手に必死にしがみついて離れない。
男にしがみつかれても全く面白くもないな。
「姉さん……イーゴリに姉を人質にされたんだ。」
しがみつくフォルニカの手に力が入のを感じる。
「任務をしくじったからイーゴリは間違えなく今日の夜に私の姉を殺す。」
「……はぁ。」
俺は突き放すことをやめた。
「頼む、一緒に連れて行ってくれ。」
「……お前さ、死ぬかもしれないぞ。」
「それはお前にも言えることだ。」
全くだ。ボロボロの俺も聡美のために行くから死にに行くようなもんだよなぁ。
それにしても、なぜこうも俺を含めたの周りには変態とバカな死にたがりしかいないのだろうか。
全くもって謎だわ。
「勝手にしやがれ、このシスコン野郎。」
「シスk……か、感謝する。」
たくよぉ。クライマックスに近付くにつれ仲間ができるなんざぁ、どこの打ち切り漫画だぁ?
「俺は武器を揃えに隠れ家に行く。」
俺はフォルニカが服を着るのを待たないでドアの取っ手に手を伸ばす。
おい、服着ろよバカ野郎。
なにキリリッとキメ顔してんのこのロシア人?
「本当にいいのねぇ。」
後ろからノブ子の声。
「なんならぁ、アタシが行ってもいいのよ?」
「だが、断る………確かに、ノブ子に任せたら全てが終わるんだろうな。だが、」
俺はドアを開いた。
「これは俺とイーゴリの喧嘩だ。それに聡美はあんたに助けられるのを嫌がるだろ。」
「…んもぅ、よく殺し合いを喧嘩に例えられるわねぇ。これが若さの力なのかしらん?」
うん、本当に何を言い出すんだこのオカマは。
俺は外に足を一歩踏み出した。
「若さなんじゃねぇ、愛の力だ。」
「あぁん?」
俺が急いでドアを閉めると同時にドアを突き抜け俺の顔の横を弾丸が駆け抜けた。
「口に気を付けなクソガキ。娘に何かあったら殺す。」
ノブ子は銃なしで弾丸を飛ばしやがった。
これが俗に言う指弾か。
「まだ話してるのか。」
フォルニカがドアを開けて出てきた。
黒バンダナに銃弾チョッキ姿、殺し屋と言うより軍隊にいそうだ。
「さて、行くか。」
「待ちなさい。」
いつの間にか真横にノブ子が立っていた。
その手には一枚の紙を持っている。
え?全然気配感じなかったんだけどコワッ!
「ほらこれ持って行きなさい。」
差し出された紙を受け取る。
「何だよこれ?」
「はぁ、全くなってないわねぇアンタ達。」
ノブ子がため息をつき額にてを当てた。
「アンタ達は敵の居場所も知らずにどこに行くきなのよぉ?」
「あっ」
そう言えばそうだな。
全くもって考えてなかったぞ。
「私もそう思った。」
フォルニカが俺を攻めるように言う。
はい、まさかのここで裏切りぃ~!
おいおい、なんて奴だそんなお前もどうせ行き先がどこだか…
「ふん、私は一応イーゴリの下で働いていたから場所は知っていた。」
「それを早く言えよっ!!」
「……進道ちゃ~ん。帰ってきたら聡美とアナタについて話があるわ。逃げたらブチ込む♥️からねん。」
「………。」
ノブ子の顔は穏やかだが、声が男だった。
逃げたら殺されるイメージしかわかなかった。
そんなこんなで俺とフォルニカは、支度をしに隠れ家に行った。
リターンマッチはこれからだ。
※※※○※※※
「おう、でけぇなオイ……」
「イーゴリは派手なものを好む。」
横でフォルニカがつまらなそうに言った。
「派手って、これはなぁ。」
隠れ家で準備を終えた俺とフォルニカは、この街一番の高さを誇る建物の前に立っていた。
「高さ595メートルで百階建てで地下十階を合わせると東京スカイツリーを越すまではないが、かなり高いビル『クーチャポネムタワー』だ。」
ノブ子の紙を見ている俺の隣でフォルニカが続ける。
「この全ての階をイーゴリは貸し切ってアジトとして使っている。」
「……か、金持ちめ。」
「Mr.進道、どうするつもりだ?」
『クーチャポネムタワー』を憎らしげに見ている俺にフォルニカが聞いてきた。
「どうするも何も、正面から入れてもらうしかないだろ。」
「なっ!…Это идиот?」
フォルニカがなんか呟いて驚いているが、何を言ってるのわからんので無視だ。
タワーの入口に続く階段を上る。
「おい、ふざけているのか!?」
「別にふざけてねぇよ。てか、奴らは堂々と『マフィアです。』なんて言って借りてるわけないだろ?」
「それは当たり前だが…」
「だから変に見張りなんて置いてたら世間様に怪しまれるから堂々と正面から入っても大丈夫だろうよ。」
階段を上る俺とフォルニカ。
「うまき行くか分からないぞ。」
「まぁな。入った瞬間にイーゴリがいた、なんて笑えねえからな。」
俺は自動で開いた正面の入口に入った。
「やぁ、意外と遅かったな。ん?フォルニカ、貴様生きてたのか。」
イーゴリが椅子に座りながらコーヒーを片手に持ってくつろいでいた。
……いやいや、マジで笑えねぇな。
「あっ。そうそう進道だったな、愚民であるお前の同僚を上で預かってるぞ。。」
警戒する俺達を尻目にイーゴリはコーヒーをすすりながら話を続ける。
「階段で上がって来い。30階のフロアごとに私の幹部を置いておく。一人一人が持つIDがないと最上階の扉は開かないようにしてあるからな。」
イーゴリが楽しそうに喋ってる。
ちっ、ここで奴を仕留められないか……
「私は最上階のラスボスとしてお前達を待っていよう。」
「イーゴリ、貴様ゲームのつもりか?」
密かに腰の銃に手を伸ばす俺の意図に気付いたフォルニカが俺に目がいかないよう喋りだした。
「つもりではない。これはゲーム、デスゲームだ。一瞬で殺すことができるお前達と遊んでやると言っているんだ。」
「うぜぇ、死ねクソ野郎っ!!」
俺は高速で銃を抜いてイーゴリに向けて発砲した、が……
弾はイーゴリではなく、いつか俺を運んでいた聡美の部下であるあのムサ男の額を貫いていた。
「なっ!?」
「ダメではないか、仲間を射殺しては。」
イーゴリは後ろに隠していた気を失ったムサ男を取り出して盾にしたのだ。
「では、一旦お別れだ愚民な殺し屋よ。」
ムサ男を盾にしながらイーゴリが一つしかないエレベーターへと歩き始めた。
走って追いかけようかと思ったが止めた。
ムサ男が死んだのは残念だがイーゴリの遊び心とやらのおかげで聡美が無事だとわかり俺は内心ホッとしていた。
でも、いつイーゴリの気が変わるかわからない。
「イーゴリ。」
一言だけ言っておこう。
「何かな愚民?」
エレベーターの扉はあと少しで閉まりそうだった。
「例の白い兵器を着てろよ。お前の血で真っ赤に染めてやる。」
「……フハハハ。楽しみにしてるぞ。」
気味の悪い笑みと共にエレベーターは閉じ上へ、最上階へて上がっていった。
「……おい、フォルニカ。」
俺はフォルニカの方に向く。
「お前には悪いが俺はただ一直線に上を目指すことにする。お前は姉貴を見つけたら来い。」
「……一人で大丈夫なn」
フォルニカが何か言おうとするが手で止めた。
「何だよ、俺が手と腹に穴が開いてたから一人じゃ心配か?」
「………。」
「………。」
数秒、俺達は向かい合った。
もちろん、目と目が合って恋に堕ちるというが俺達はそっちの気はないから何も起きない。
「……わかった、好きにしろ。たが、死ぬなよ。お前を殺すのはこの私だからな。」
「はいはいわかったわかった、お前も死ぬなよ。」
俺とフォルニカは拳をぶつけ合って別れた。
俺は階段の上へ、フォルニカはフロアの奥へと。
※※※○※※※
sideフォルニカ
イーゴリの言葉を考えてみると30階にいる幹部以外に部下が多くいるとは思えないが、用心に越したことはない。
私が向かうフロア1階にある研究室に例の人型兵器がいるかもしれないが構わない。
姉は研究室にいるはずだ。
そう、あの男がそれを望んでいるはずだからだ。
脳裏に白衣を着た若い博士が浮かび上がる。
「………ッ。」
行く先に人の気配を感じた。
俺はレバーを引いて、AK-308に弾倉を装填。いつでも引き金が引けるように指をそえておく。
Старшая сестра……姉さん、無事でいてくれ。私、弟のフォルニカが向かいに行くから待っててくれ。
私は研究室へと続く通路へ腰に下げていた手榴弾を外しピンを抜いて投げた。
しばらく転がった手榴弾は研究室の手前にある曲がり角
を曲がった瞬間炸裂した。
もし誰かが隠れていたら確実に死んだはずだ。
煙が通路を包む。
俺は研究室の扉に近付く。
そして、黒い玉を取り出し扉に投げつけた。
ベチャツ。
玉は潰れて扉に貼り付く。
前に進道に使った粘着型爆弾だ。
数秒経って粘着型爆弾が爆発、扉を吹き飛ばし煙を撒き
散らす。
すぐさま俺は身を低くして素早く疾走、 煙の中で見える
男と思われる人影全てに銃弾を撃ち込む。
撃つたんびに敵は流血と共に倒れていく。
「うわぁぁぁぁぁっ!?」
誰かがパニックに陥り銃を乱射するが俺には当たらない。
俺の中にいる獣が解き放たれるのを感じた。
……姉が見つかるまで全て喰い尽くす。
「たいした暴れようだな♪」
「!?」
すぐ横で聞き慣れた声。
俺はその場を跳びはね逃れる。
一瞬たりとも俺は気を緩めていなかったはずだ。
俺の先程までいた場所に煙の中、 青い人影が立ってい
た。
「人型兵器か!?」
「よく戻ったね、 裏切り犬。」
青い人影が消えたかと思うと腹に激痛。
気付いたら三メートル宙に吹き飛ばされていた。
※※※※※※※※※※※※
轟音。
俺が放ったロケットミサイルが派手に炸裂。
ミサイルの衝撃波と爆炎が扉を粉砕する。
粉塵を貫いて重装備姿の俺は一陣の風となって突入す
る。
『プレミアムタワー』 二十八階。
大昔の城砦を感じさせる廊下では、爆発の残響以外何も
聞こえなかった。
西窓から射し込む光が廊下を照らす。
上へと続く階段の手前にある扉の奥に潜む人影が見え
た。
「出てこいよ、 見えてるぜ。」
俺の挑発。
バンッ!
階段の手前にある全ての扉が開く。
武装した集団が溢れ出てきた。
「ここまで多いとかえってキモイな。」
そう言いながら両肩に担いだロケットランチャーと対戦車砲の引き金を躊躇なく引く。
無数の小型ミサイルと砲弾が前方へと放たれる。
「・・・・くっ。」
ミサイルや砲弾を撃つたんびに閉じた腹の傷が痛む。
カチカチ…..
弾が無くなった装備はその場で捨て新しいのを取りだ
す。
「ハァ、・・・ やりすぎたかな。」
しばらく経って武器を下ろし頭をかく俺の目の前は三十
階までの階段が消しとんで夕陽に染まった空が見えた。
「ええっと、」
俺は背負っている箱から小型のロケットランチャーを取
り出した。