③ 契約
暗い闇の中を青年は漂っていた。本来であればそれは怖いものだが、なぜか心地よく安心に包まれる。
できれば誰にも邪魔されず、この時を過ごしたいと思う。なにもかもを忘れ、意識を闇に溶かしたい。
≪憎き人の側面を観させてもらった≫
脳を通り抜けるように、それは語りかけてきた。
≪彼の者に敬意を示し、お前が良ければ力を与えよう≫
口の動かし方を思い出せない。それでも記憶をたどり。
「だれだ」
相手は返答もせず、自分の言葉を続けた。
≪しかし我が身は、人に悪魔と蔑まれている≫
「悪魔じゃないのか?」
今度は返事をしてくれるようで。
≪名前というのは強い力を持っている。この世界でそうだとなれば、もはや我々は悪魔となる≫
「力を貸してくれるのか」
否定も肯定も、彼には解らず。
≪強大な力を授ける。だが大本が私と知られろば、お前に刃を向ける者は多いぞ≫
青年はしばし考えてから、言葉を選ぶ。
「俺はあんたと今さっき会ったばかりだよな。そういうのは危険だ、旧知の仲でも騙されることだってあんのに」
≪そう、教わったのか?≫
相手は見えないが、うなずいてみる。
「頼るなら、せめてちゃんと調べたり、納得してから決めろって」
≪なるほど≫
言って青年は苦笑い。
「つっても人間そんな都合良くはできてない。本当に困るとなんも考えず、喜んで頼っちまうんだよな」
≪では頼るか?≫
顎を左右に振る。
「やめとく」
今度は相手が考えているのか、しばらく黙り込む。
≪それなら私は精霊として、貴方に協力しましょう≫
「誰だよ」
笑った気がした。
≪ですが与える力は弱めでいきます。繋がりが強まれば、そのぶん少しずつ≫
「もしかして強大な力って、寿命とか削るつもりだったのか」
今度は間違いなく笑っている。
≪ご想像にお任せします≫
「おい、ふざけんな」
上手い話は中々ない。
≪共に歩みましょう≫
「勝手に進まないでください」
人の話を聞かない精霊だと思ったが。
「今から色々大変なのは事実だからな。それが微力だとしても、けっこう助かる」
しばし悩んで、まあ良いかと納得した。
≪この出会いは彼の意思。本来であれば、繋がりは薄く≫
意図せずとも、呼んだのはその行動。
≪この結果は互いの選択。ここに契約はなされました≫
暗かった世界に光が差し込む。
≪ありがとう。ずっと、大切なことを忘れていた≫
もうすぐ目覚めるのだろう。
≪私は闇の精霊≫
今後、直接の会話はないかも知れない。
≪貴方の行く先に、たとえ悔いが残ろうとも、満足いく最後がありますよう≫