98.曰く、黒く輝く招待状。
飛び立ったときと同じ。平野の、比較的街に近い場所。
そこまで運んでくれたグリフォン達に別れを告げ、白銀の糸一行は、鳩ノ巣へと向かっていた。
なんだか少し、懐かしくも思える宿屋の扉を潜れば、変わらぬ笑顔の女将さんが、「人が来てるよ」と手招く。
その声に合わせ、ぬ、と部屋の影から現れた男に驚きもせず。お茶は部屋に運ぼうか? と言える豪胆さは、なかなか真似できるものではないだろう。
「こればかりは運だと思っていたが、ツイている」
少しばかり喜色を滲ませたシェダルが、黒い手紙を示すように振る。
少しばかり光沢のある封筒が、ちらちらと弱い光を反射した。
「我らが雇い主サマからお言伝だ。……"会いたい" と」
「喜んで。手土産を持ってお伺いしますと、伝えてください」
訝しむように小首を傾げ、探るような視線が投げられる。
やがてその視線は、ジークの手にした袋へと移り。彼は、察したように頷いた。
「何処に遊びに行くつもりだと思ったが、なるほどそういうことか」
「お気に召していたさだけるかどうかは……また別ですが」
「ボスのことだ、何某かの収穫にはするだろう」
差し出された黒い手紙には、真っ赤な封蝋が捺されていた。
八首の蛇を模した、恐ろしくも不思議な紋である。
手紙の中。長々と形式的な言葉で綴られていたのは、要するに『迎えをよこすから宿で待て』という一言であった。
その日の夜。
言葉通り、宿で待機していたシキミたちの前に、シェダルが再び現れた。
手にしていたのは、小さな巻物。羊皮紙で作られたようなそれは、きっとスクロールだろう。
「転移ですか? 厳重ですねぇ」
「当たり前だ」
「……そうですか。まぁ、それもそうですね」
「…………下手な詮索はやめろ」
こんな夜更けに歩いていって、果たして夜のうちに着くのだろうか──などと、無用な心配だったらしい。
スルスルと紐は解かれ、複雑な文様が顔を出す。
いくつも重ねられた円と、奇妙な文字。幾何学模様の集合体は、何度見ても幻想的で美しい。
開かれたその紙に、全員が手を置けば、ジワリ、と滲み出す魔力を感じる。
全員から魔力を吸って、その役目を果たさんとする魔法陣が、眩い光を放ち始めた。
この強い光と、吸い込まれるような感覚は、迷宮にあった移転陣のそれと似ている。
浮遊感を感じた、次の瞬間。
シキミが立っていたのは、豪奢だが落ち着いた、広い部屋の中であった。
第一印象で言えば、貴族の別荘のような──生活感も人気もない。豪華なだけの部屋。
応接間だろうか、あるいは、謁見の間だろうか。
貴族関連の事など全く知識がないものだから、この広い部屋をなんと称すべきなのか、よくわからないのだが。
壁にかけられた燭台に灯る小さな火が、ゆらゆらと揺れている。影が、淋しい空間の中を伸びたり縮んだりしていた。
月光差し込む大きな窓を背に、椅子が一脚。それはまるで、王座であるかのように堂々と据えられている。
──そこに、悠々と腰掛ける影があった。
逆光のせいか、その表情や仔細は全く窺えない。
座る影の周囲には、七つの人影が。それはまるで、王に侍る従者のごとく──あるいは、騎士のごとく。
ずらりと並んで立っていた。
「──手間を取らせてすまなかった。諸事情あって、こうも回りくどくなってしまった」
王座の影が、口を開いた。
暗闇に慣れた視界の中。幽かな光を背にした彼は、どうやら目元を隠す仮面をつけているらしい。顔の上半分を覆う、羽のようなシルエットが特徴的だ。
響く声は、まだ年若い青年のもの。
幼いような柔らかさを残しながら、芯の通った "上に立つもの" の声だ。
「仕方ありませんよ。御身分が御身分ですから」
月の明かりに真正面から照らされて、ジークの人外じみた美しさは、一層凄みを増していた。
黒檀の髪は、白々と輝きを反射して。まるで硝子細工みたいだ──と、シキミはそんなことを考えている。
この奇妙な空間に、心までのまれてしまうような……そんな心地がしていた。
不思議な輝きを宿した瞳を、緩りと撓ませたジークの、懐かしそうな声が。やがて、ぽつりと落とされた。
「お久しぶりです……王太子殿下」
いつ出るんだ、とリア友からせっつかれていた王太子殿下です。
出たよ!!!(大声)
ようやくお話がここまで進みました。まだ続きます(ですよね)
お付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします。
ここまで読んでいただきありがとうございました。





