97.曰く、目出度し日の出、胸には不安。
一夜明け、シキミは再び上空でジークに抱えられていた。
相変わらず、恥ずかしいような、照れるようなドキドキが無いといえば嘘になる。……が、しかし。不安やら心配やらがその胸を占めていれば、ドキドキのみにに勤しむ余裕などあるはずも無く。
ニ度目の空の旅。今回は少し急いだ帰路である。
呼び出されたミンタカは「……主人よ、やけに早かったな」と言ったきり、何も聞いては来なかった。
魔力を大量に消費して、ややぐったりしているのを悟られたのか、昨晩はグリフォン達に囲まれて眠った。
インベントリに戻ったエヴァンズは、酷く不満げな声を漏らしていたが、魔力残量的にも再び出ることは叶わず。ウィスタリアからの「拗ねた」という報告を最後に、神器達の声は途絶えた。
柔らかな羽毛と、少し高めの体温。まさに生きた羽毛布団とでも言うべきグリフォンに囲まれながら、シキミは穏やかに眠りについた。
おかげさまで良質な休息を得たシキミは、次の日の朝にはすっかり元気を取り戻し。いつも通り、美味しそうに朝食を頬張っていた。
そんな切り替えの速さは、彼女の美点でもある。
「しかし、こうも頻繁に人間の魔化に出会ってしまうとは。……無い無いと言われていたばかりに、驚きもひとしおといったところでしょうか」
ともすれば呑気にも聞こえるその声は、いつもよりも少しばかり硬い。
「本格的に、魔化が広まってるということでしょうか……」
「わかりません。偶々……と言うには、少し無理があるかもしれませんね」
行く先々で出会う魔物達を、数が多くなっているから故の偶然と取るか、狙われていると取るか。
どちらがマシかと言われたところで、どちらも嫌なことに変わりはないのだけれど。
「帰ったら、魔の牙の二人を呼び出して、できるだけ早く会ってもらえるように掛け合いましょう」
「呼び出し……は、何となくジークさんならできそうですけど。……会ってもらう、っていうのは……えっと、あの人たちのボス……さん……?」
「はい。証拠になるかもしれない、コレを手土産に」
ニコリと微笑んだ彼の、その手にあるのは、屍者の慟哭がぎっちり詰まった布袋。
はちきれんばかりのその体を、重たそうに垂らしている。
「証拠に、なりますかねぇ」
「場合によっては……いえ。上手く行けば、ですが。これを手がかりに、裏で糸を引いている人の一部ぐらいなら掴めるかもしれません」
できるかどうかわからない、なんて顔をしておきながら、上手く回してしまうのがこの人の凄い所だ。
だから、きっと今回も──。
「……主人、我らに心配ばかりかけてくれるなよ」
「うふふ、釘を刺されてしまいました」
ばさり、ばさり。
グリフォンの大きな翼が、朝焼けの空を切り裂いてゆく。
日の出前に出てきたものだから、シキミ達は日の出を空から拝むことになった。
血のような赤に照らされて、世界は静かに赤に染まる。
地平線から顔を出した、まだ幼い太陽は、彼らの胸で脈打っていた、あの魔石と少し似ていた。
短かったので放出します。
「拗ねた」報告が今回のハイライトです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。





