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レベル1からやり直してこい!?  作者: 参星
呪われた宝石編
96/109

96.曰く、浄化の光は全てを滅す。


『マスターはもう、素直に口を動かしてくれるだけでいいから』


 そう言って、槍へと消えたエヴァンズを示すように、神器は一層その輝きを増した。


 それじゃあ行くよ、という声に合わせ、頭の中に言葉が溢れる。

 異国の、知らない言葉。聞いたこともない音の羅列(られつ)が渦を巻き、シキミの口から飛び出そうとしていた。


「…………『mea culpa(これが我が過ちなり)』」


 音が空気を揺らした途端、槍の先端に、眩い光が集まり始める。

 どこからか沢山の潰れた足音と、誰かの悲鳴が響くのは、魔物がもうすぐそこまで来ているということなのだろうか。


「『maea culpa(我が過ちなり)』」


 腕は自然と動かされ、空中に十字架を刻む。

 それは、全ての不浄なるものを(ゆる)さぬ、聖なる印だ。


 視界の端に、骨も(あらわ)な誰かの腕が、ぬっと伸ばされた。

 

「──『mea maxi(我がいと大い)ma culpa(なる過ちなり)』ッッ!!」


 悲鳴のような叫びに合わせ、発現したそれはまさしく、天の裁き。

 (くう)に刻まれた、十字架から解き放たれた閃光が、土埃と屍者(ししゃ)達を一掃した。


 文字通り、一撃必殺の光の奔流(ほんりゅう)


 聖なる光は、まるで悪魔を払うように、この世のものならざる者たちを跡形もなく消し去っていた。

 背後に迫っていた魔物は消え、取り残されたのは魔化した男二人だけ。


 一気に消費した魔力のせいか、身体の内に(ダル)さが残る。

 シキミはそんな倦怠感(けんたいかん)を抱えながら、倒れ付し、(ちり)にまみれた男へと近寄った。


「だ……大丈夫ですか?」


 シキミの差し出した手を取った男は、それに(すが)るように、呻きながら立ち上がる。

 どうやら大きな怪我もなく、無事らしいと分かれば、安心して力が抜けた──その瞬間。


 凄まじい力で腕が引かれ、身体のバランスを崩したシキミは、そのまま地面へと叩きつけられた。


 覆い被さるように、いつの間にか目の前に迫っていた真紅の瞳に、彼も魔化してしまったのだと一瞬で悟る。

 これで、魔()は三人だ。


「シキミ──っ!」


 名前を呼ぶ三人の声が、遠くの方で聞こえた気がした。


 男の両手は首へとかかり、万力のような力でシキミの首を締め上げ始める。

 狭まる気道のあまりの苦しさに、悲鳴になりかけた呼吸が喉を鳴らす。──胸の奥に留まって、悲鳴は外に出てこない。

 視界には火花が散って、明滅する意識が怖い。手を外そうと藻掻いても、男の両手はびくともしなかった。


 酷く静かなエヴァンズの声が、頭蓋を揺らす。

 遠くなりかけた意識の向こうで、それはさながら、救いの神の声だった。


Mala quae (悪しきもの)in malleo(に鉄槌を)……』


 十字の稲妻が、男を中心に発される。

 輝く雷の十字を背にした男の姿は、まるで丘に上るイエスを模したようにすら見えた。


 ぐるん、と、まるで神経がショートしてしまったかのように。男の真っ赤な目は、左右別々の方を向いて止まった。

 力が抜け、覆い被さるように落ちてきた身体を、手にした槍が貫く。


「……っあ……ゲホッ」

『怖がらないで、マスター。……敵はきちんと殺さなくちゃ』


 ようやく体内に入ってきた空気に()せながら、事切れた男を退かし、シキミはよろよろと立ち上がる。


 ふと見渡せば、エレノアの拘束魔法で動きを止められた冒険者達──の成れの果てが、それぞれ、ジークとテオドールの剣に胸を貫かれて息絶えていた。


『……お終い? なんだぁ……ちょっとで終わっちゃった。マスター、気分は?』

「……だ、だるい、かも」

『ゴメンね、魔力使いすぎちゃった。出しておく分には魔力を使わないから、しばらくは護身のために(そば)において?』


 思わずその場にへたりこめば、心配そうな顔をしたジーク達が駆け寄ってきた。


 なんだか座り込んでしまった自分が情けないような気がして。「大丈夫ですか」の言葉には、精一杯の虚勢で「大丈夫です!」と答えておいた。きっと、不格好な笑顔だっただろうけれど。


「武器が使えたようで何よりです」

「は、い……なんとか」


 膨大な魔力を使った武器も、魔法も、彼らは大して不思議にも思っていないようだった。

 手間が省けたな、と笑って済ませてみせる辺り、ズレているというか、飛び抜けているというか。──いずれにせよ、特に何を言われるでもなく。シキミは大人しく、エレノアの魔法で汚れを落としてもらっていた。



 魔化した男達の胸腔(きょうくう)には、真っ赤な魔石が実っていた。

 体内に魔石が宿るのは、魔物の証。本当に、魔化だったのだ。


 複雑な思いと恐怖を胸に、彼らから冒険者カードと形見になりそうな武具を剥ぎ取って、シキミたちは再び移転陣へと向かっていた。

 ボスの討伐は諦め、シャウラ達に報告を入れるつもりらしい。


 冒険者カードであるこのドッグタグは、軍人が持つそれと同じように、死体の身元判別に使われる。

 カードと形見の何かをギルドに届け出れば、家族や仲間に知らせが行くのだそうだ。


「この人達にも、家族がいたかもしれませんもんね……」

「えぇ、今回は状況が状況ですから、仕方ないと言えるかもしれませんが。……やはり、身勝手に命を奪う事はどうしたって罪深い」

「ま、俺や(ねえ)さんみたいに、死んだって悲しむ身内がいないやつのほうが多いけどな」

「テオドールさんやめてくださいよう。私は悲しみますからね!」

「何言ってるのよ。私達が死んだら高確率で白銀の糸(アルゲントゥム)全滅なんだからノーカンよ」

「……なら良しです!」

「良いのか……ま、良いよな」


 さっきまでの戦闘はどこへやら、白銀の糸(アルゲントゥム)は迷宮内に漂う辛気臭さを振り払わんばかりの賑やかさで道を進んでいた。

 贖罪の逆十字(エヴァンズ)の一撃で、少なくともこの階層に魔物の気配はなくなっている。故に、そうした面では気楽な行軍だ。


「ここね、安全地帯。……今更って感じがするけれど」


 ダンジョンには、キリの良い階層に"移転陣の置かれた部屋"が設置されているらしい。

 ここは二十階、丁度良い階層であった。


 ダンジョンから出るためには、この陣に乗るか、スクロールを使って出るしかないらしい。

 階段を上っても、一階から出口への道は無い。

 魔法陣に乗って入ったのだから、出るときも魔法陣を使う。要するにそれだけの事で、それも道理といえば道理である。


 陣に乗れば、やはりエレベーターに乗るような心地がして、(まばゆ)い光が収まれば、今朝見た最上階の階層に立っていた。

 四つの入り口からは、橙色の光が差し込んでいる。


 久しぶりの外の空気を吸い込めば、僅かに香る緑と、土の湿った匂い。シキミはうんと背伸びをして、生きてるっ! と言葉を漏らした。


 ジーク達は、グリフォン達を呼ぶ笛を鳴らし、やがて空には三連星(みつらぼし)が現れる。

 笛に合わせて、応えるような声が響いた。

 

「とにかく、会う予定を早めてもらわないといけないかもしれませんね」


 そう呟いたジークの言葉に応えるように、空が色を変え始める。

 迷宮に入ってから、随分と時間が経っていたらしい。夜が、もうすぐそこまで来ていた。


ずっっっっと詠唱したくてたまらなかったんだけど出せずにいた!!詠唱です!

(ツイッターでは表記の仕方へ投票してくださった方も多いかと思います。ありがとうございました)

エヴァくん聖職者なのにな…………(諦めの笑顔)(性癖)


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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