94.曰く、"生者の"行進
酷いよ、浮気だよ、裏切りだよ、云々。
エヴァンズの悲痛な訴えは、相も変わらず鼓膜を揺らす。
しかし、そんなことであっさりと神器を使っていては、昨日までの覚悟は無駄になるわけで。
せめてボスまでは待っててくれ、と思わないでもないのだが。シキミには今、ささやき声で交渉するだけの余裕はなかった。
身体強化は1から3まで。効果が切れれば4と5をかけ、クールタイムを稼ぐ。
平均してほぼ均一の能力上昇が見込める、素晴らしい自転車操業である。
武器強化も同じようにして、更に聖属性の強化を重ねがけ。
満を持して相対する、スケルトンの攻撃をギリギリで躱しながら、一つ、また一つと骨の山を作り出してゆく。
ジークが「多い」と言った通り、ひっきりなしに顔を出す骨、骨、骨。
カタカタと顎を鳴らす、イキモノの成れの果て。
粗末な武器を携えて、命無き魔物達は、命ある侵入者達を襲う。
まるで生を羨むように──その虚ろな眼窩に灯るのは、憧憬ではなく憎悪の炎なのだけれど。
シキミが両手に持つのは、聖属性武器『聖者の行進』。
硝子細工のような美しさを持ったこの武器の、どの辺りに『聖者の行進』要素があるのかは皆目検討がつかないのだが。まぁ、精々『聖者』と『生者』をかけているとか、その辺りが良いところだろうとも思う。
武器の名前なんてそんなものだ。
突き出された、粗末な鉄槍を剣の腹で受け流し、弾き上げる。
衝撃で腕が持ち上がり、がら空きになった胸元に飛び込むように、シキミは地を蹴った。
心臓の辺りにある、肋骨に守られた蒼い石を、的確に貫いて破壊してゆく。
核──もとい魔石であるらしいその石は、破壊せずとも、本体から一定距離離せば、破損のない綺麗な魔石として報酬にもできるらしいのだが、当然、それをするだけの余裕などない。
魔石は破壊して良しとの許可を与えられ、気負うことなく豪快に……とにかく破壊することだけに精一杯になっていた。
ジークとテオドールを先頭に、後衛はエレノアとシキミ。
後衛である二人は、前衛の討ち漏らしや、分岐路、背後からやってくる魔物を次から次へと屠ってゆく。
倒し、走り、何度か道を曲がり、分岐路を進み。……もうすでに、シキミの脳内マッピングは追いつかなくなっていた。
「マッピングとか……しなくていいんですか……?」
「迷ってもエレノアがなんとかしてくれるから大丈夫ですよ」
「えぇ、大丈夫よ。最悪、歩いてれば出口は見つかるから」
「アッめちゃくちゃ不安になってきました!」
「揶揄われすぎだろ」
そんな、平時と変わらぬ会話を交えながら、白銀の糸は、下の階層へ繋がる階段を幾つも幾つも降りてゆく。
道すがら現れる、骨の軍団を屑山に変えること暫し。
それまで骨ばかりだった軍勢の中に、ぽつり、ぽつりと肉付きのいい連中が混じりはじめた。
迷宮内の、空気が変わる。もう六階まで到達した──のだろうか、
「うげぇ……ゾンビですよねぇ、あれ。……えっ、屍者の慟哭ってゾンビの……?」
「はい。正確に言うと──ゾンビとグールの脳味噌に時々埋まっている石──です」
「ゾワゾワしてきました」
「武者震いですか? 殺る気に満ちてますね」
「絶対違うと思いますけど??? 恐怖心と嫌悪感でうわァァ来た!?」
なんだかよくあるB級なゾンビ映画のように、所々腐肉をぶら下げた、泥人形のようなものが見た目に合わぬ勢いで迫ってきていた。
ホコリ臭い空気の中に、わずかに腐臭が交じる。
エレノアさんが、できるだけ腐臭を無くそうと、空気の流れをいじっているらしいことはわかるのだが。しかし、根源を絶たなければ臭いは一生湧き出す訳で。
「この先暫くゾンビだらけですね。グールはもう少し下の方で出るので」
「テオは火力調節しなさいよ? 下手すると石まで蒸発させるんだから」
「ハイハイ。気ィつけますよ」
白熱する大剣が、真っ直ぐ走り来るゾンビを焦がす。
肉の焦げる音すらさせず、動く死体は一瞬で蒸発した。
「言った側から!! 温度下げなさいよ!」
「こいつらが弱っちいのが悪いんだろうが!?」
「強いと私が困るんで勘弁してください……! 待って早い、動きが早うわぁぁ!?」
「ほらほら、遊んでいると危ないですよ」
死体に似合わぬ速度で繰り出される攻撃は、大振りだが見た目の気持ち悪さと相まってあまり触れたくはない。
蛆の湧く腕の一振りを慌てて避ければ、肉の破片が髪に付いて泣きそうになる。
『僕の攻撃なら、多分一撃でこの階層から十階分は浄化できるよ?』
「……し、使用魔力は」
『いっぱい!』
「却下!!」
噛み付こうと首を伸ばす、頭皮のズレた額を真っ二つに割る。溢れ出るのは、どろりと腐った脳味噌。
吐き気を堪え、見てみれば、ぐずぐずの液に塗れながら、無色透明の結晶がきらりと光る。
まるでそこだけ「穢れとは無縁です」と言わんばかりの、小さいながらに美しい、手のひら大の柱状結晶だ。
どしゃり、と崩折れたゾンビの身体は、やがて原型を留めず塵となる。
残されたのは、砂のようになってしまったゾンビの残骸に埋もれる、結晶体。
手に取って、そっとインベントリへと放り込む。
『屍者の慟哭』と、しっかり表記されたのを横目で確認し、シキミは、再び襲い来る魔物たちに向けて武器を構えた。
「死人は死人らしく、在るべき場所に還ってもらおう!! お覚悟っ!」
「オッ、嬢ちゃんカッコイイ~!」
「う、ァァァァ……ちょっと恥ずかしいです……聞かなかったことにしてください……」
「鼓舞するのはいいことですよ。気圧されてしまうよりは」
ふふ、と笑い声を漏らしながら、ジークはあちこちに斬撃を飛ばしていた。武器はあの日本刀ではなく、シキミと同じような短剣だ。
使用武器は似ているというのに、その立ち回りの美しさは段違い。舞踊のようなそれに、シキミは僅かに見惚れた。
斬っては崩し、時折現れる結晶体をインベントリへと放り込み。同じようなことを、何度か階層を越えて繰り返す。
下りた回数を数えても、片手で足りなくなってきた頃。
突然、ドドド……と地の揺れるような音と共に、人の叫び声らしきものが響き渡った。
「あらぁ……ちょっと想定外よ」
「えっ…………?」
エレノアの戸惑ったような声に、シキミはビクリと肩を揺らす。
常に泰然自若としている彼女の、それは、今までに聞いたことのないトーンであった。
なんだか嫌な予感がひしひしとするのだが、だからといって何ができるわけでもない。
「トレイン……かも?」
こてんと首を傾げたエレノアの、その一言にシキミは思わず天を仰いだ。
視界いっぱいに飛び込んできたのは、古ぼけた汚らしい天井だけである。
逃げ道は──無い。
あちゃ~!!!! という感じの回でした。
私だったら骨とかゾンビとかと戦うの絶対嫌です。シキミちゃんごめん。
追伸
諸事情ありまして、しばらくの間は隔日(一日おき)投稿になる可能性が高いです。
…が、そのぶんしっかり書いていこうと思いますので、何卒よろしくお願いいたします。
ここまで読んでいただきありがとうございました。





