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レベル1からやり直してこい!?  作者: 参星
呪われた宝石編
94/109

94.曰く、"生者の"行進


 酷いよ、浮気だよ、裏切りだよ、云々(うんぬん)

 エヴァンズの悲痛な訴えは、相も変わらず鼓膜を揺らす。


 しかし、そんなことであっさりと神器を使っていては、昨日までの覚悟は無駄になるわけで。

 せめてボスまでは待っててくれ、と思わないでもないのだが。シキミには今、ささやき声で交渉するだけの余裕はなかった。


 身体強化は1から3まで。効果が切れれば4と5をかけ、クールタイムを稼ぐ。

 平均してほぼ均一の能力上昇が見込める、素晴らしい自転車操業である。


 武器強化も同じようにして、更に聖属性の強化を重ねがけ。

 満を持して相対する、スケルトンの攻撃をギリギリで(かわ)しながら、一つ、また一つと骨の山を作り出してゆく。


 ジークが「多い」と言った通り、ひっきりなしに顔を出す骨、骨、骨。


 カタカタと顎を鳴らす、イキモノの成れの果て。

 粗末な武器を携えて、命無き魔物達は、命ある侵入者達を襲う。

 まるで生を羨むように──その虚ろな眼窩(がんか)に灯るのは、憧憬ではなく憎悪の炎なのだけれど。


 シキミが両手に持つのは、聖属性武器『聖者の行進』。

 硝子細工のような美しさを持ったこの武器の、どの辺りに『聖者の行進』要素があるのかは皆目検討がつかないのだが。まぁ、精々『聖者』と『生者』をかけているとか、その辺りが良いところだろうとも思う。

 武器の名前なんてそんなものだ。


 突き出された、粗末な鉄槍を剣の腹で受け流し、弾き上げる。

 衝撃で腕が持ち上がり、がら空きになった胸元に飛び込むように、シキミは地を蹴った。


 心臓の辺りにある、肋骨に守られた蒼い石を、的確に貫いて破壊してゆく。

 (コア)──もとい魔石であるらしいその石は、破壊せずとも、本体から一定距離離せば、破損のない綺麗な魔石として報酬にもできるらしいのだが、当然、それをするだけの余裕などない。


 魔石は破壊して良しとの許可を与えられ、気負うことなく豪快に……とにかく破壊することだけに精一杯になっていた。


 ジークとテオドールを先頭に、後衛はエレノアとシキミ。

 後衛である二人は、前衛の討ち漏らしや、分岐路、背後からやってくる魔物を次から次へと(ほふ)ってゆく。


 倒し、走り、何度か道を曲がり、分岐路を進み。……もうすでに、シキミの脳内マッピングは追いつかなくなっていた。


「マッピングとか……しなくていいんですか……?」

「迷ってもエレノアがなんとかしてくれるから大丈夫ですよ」

「えぇ、大丈夫よ。最悪、歩いてれば出口は見つかるから」

「アッめちゃくちゃ不安になってきました!」

揶揄(からか)われすぎだろ」


 そんな、平時と変わらぬ会話を交えながら、白銀の糸(アルゲントゥム)は、下の階層へ繋がる階段を幾つも幾つも降りてゆく。

 道すがら現れる、骨の軍団を屑山に変えること(しば)し。


 それまで骨ばかりだった軍勢の中に、ぽつり、ぽつりと()()()()()()連中が混じりはじめた。


 迷宮(ダンジョン)内の、空気が変わる。もう六階まで到達した──のだろうか、


「うげぇ……ゾンビですよねぇ、あれ。……えっ、屍者(ししゃ)慟哭(どうこく)ってゾンビの……?」

「はい。正確に言うと──ゾンビとグールの脳味噌に時々埋まっている石──です」

「ゾワゾワしてきました」

「武者震いですか? 殺る気に満ちてますね」

「絶対違うと思いますけど??? 恐怖心と嫌悪感でうわァァ来た!?」


 なんだかよくあるB級(チープ)なゾンビ映画のように、所々腐肉をぶら下げた、泥人形のようなものが見た目に合わぬ勢いで迫ってきていた。


 ホコリ臭い空気の中に、わずかに腐臭が交じる。

 エレノアさんが、できるだけ腐臭を無くそうと、空気の流れをいじっているらしいことはわかるのだが。しかし、根源を絶たなければ臭いは一生湧き出す訳で。


「この先暫くゾンビだらけですね。グールはもう少し下の方で出るので」

「テオは火力調節しなさいよ? 下手すると石まで蒸発させるんだから」

「ハイハイ。気ィつけますよ」


 白熱する大剣が、真っ直ぐ走り来るゾンビを焦がす。

 肉の焦げる音すらさせず、動く死体は一瞬で蒸発した。


「言った(そば)から!! 温度下げなさいよ!」

「こいつらが弱っちいのが悪いんだろうが!?」

「強いと私が困るんで勘弁してください……! 待って早い、動きが早うわぁぁ!?」

「ほらほら、遊んでいると危ないですよ」


 死体に似合わぬ速度で繰り出される攻撃は、大振りだが見た目の気持ち悪さと相まってあまり触れたくはない。

 蛆の湧く腕の一振りを慌てて避ければ、肉の破片が髪に付いて泣きそうになる。


『僕の攻撃なら、多分一撃でこの階層から十階分は浄化できるよ?』

「……し、使用魔力は」

『いっぱい!』

「却下!!」


 噛み付こうと首を伸ばす、頭皮のズレた額を真っ二つに割る。溢れ出るのは、どろりと腐った脳味噌。

 吐き気を(こら)え、見てみれば、ぐずぐずの液に(まみ)れながら、無色透明の結晶がきらりと光る。


 まるでそこだけ「(けが)れとは無縁です」と言わんばかりの、小さいながらに美しい、手のひら大の柱状結晶だ。


 どしゃり、と崩折(くずお)れたゾンビの身体は、やがて原型を留めず(ちり)となる。

 残されたのは、砂のようになってしまったゾンビの残骸に(うず)もれる、結晶体。


 手に取って、そっとインベントリへと放り込む。

 『屍者(ししゃ)慟哭(どうこく)』と、しっかり表記されたのを横目で確認し、シキミは、再び襲い来る魔物たちに向けて武器を構えた。


「死人は死人らしく、在るべき場所に還ってもらおう!! お覚悟っ!」

「オッ、嬢ちゃんカッコイイ~!」

「う、ァァァァ……ちょっと恥ずかしいです……聞かなかったことにしてください……」

「鼓舞するのはいいことですよ。気圧されてしまうよりは」


 ふふ、と笑い声を漏らしながら、ジークはあちこちに斬撃を飛ばしていた。武器はあの日本刀ではなく、シキミと同じような短剣だ。

 使用武器は似ているというのに、その立ち回りの美しさは段違い。舞踊のようなそれに、シキミは(わず)かに見惚れた。



 斬っては崩し、時折現れる結晶体をインベントリへと放り込み。同じようなことを、何度か階層を越えて繰り返す。


 下りた回数を数えても、片手で足りなくなってきた頃。


 突然、ドドド……と地の揺れるような音と共に、人の叫び声らしきものが響き渡った。


「あらぁ……ちょっと想定外よ」

「えっ…………?」


 エレノアの戸惑ったような声に、シキミはビクリと肩を揺らす。

 常に泰然自若(たいぜんじじゃく)としている彼女の、それは、今までに聞いたことのないトーンであった。


 なんだか嫌な予感がひしひしとするのだが、だからといって何ができるわけでもない。


「トレイン……かも?」


 こてんと首を傾げたエレノアの、その一言にシキミは思わず天を仰いだ。

 視界いっぱいに飛び込んできたのは、古ぼけた汚らしい天井だけである。


 逃げ道(すくい)は──無い。


あちゃ~!!!! という感じの回でした。

私だったら骨とかゾンビとかと戦うの絶対嫌です。シキミちゃんごめん。


追伸

諸事情ありまして、しばらくの間は隔日(一日おき)投稿になる可能性が高いです。

…が、そのぶんしっかり書いていこうと思いますので、何卒よろしくお願いいたします。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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