82.曰く、君も今日からCランク冒険者!
冒険者ギルドは相も変わらず、荒くれ者たちで賑わっている。
無骨、粗暴と言われるような立ち居振る舞いの人間が多い中。妙に洗練され、所作の美しい白銀の糸は、いっそ異質で良く目立つ。
突き刺さる視線を肌に感じながら、シキミは、脳裏に浮かぶ『カリスマ』や『一流冒険者』『格が違う』といった文字に静かに殺されていた。
そんな、周囲の空気や視線などものともせず。
「まずはシキミのランクを上げてしまいましょうか」と、ギルドに着くなりジーク達が向かったのは、依頼ボードではなく、受付カウンターの方。
言われるがまま、首に下げていた冒険者カード──銅色のドッグタグを取り外し、手のひらに握り込む。
既に何人かが並ぶカウンター前で、白銀の糸は静かに順番を待っていた。
シキミ自身、すっかり忘れていたのだが。シキミはまだDランク。……まだと言ったって、冒険者になってからそう日は経っていないのだが。
エイデンの一件は、実績の一つとしてシキミのランク上げを助けてくれるらしい。
あまり素直に喜べないような、複雑な思いが胸に湧き上がる。
草原や森の魔物ならともかく、人が死んだ結果としての昇格とは、またなんとも言えない後味の悪さがあるのだ。
要は、ある程度戦えるという事がわかれば、その示し方は何でもいいのだろう。DからCへの昇格など、その程度。
だが、それは大きな一歩でもある。──少なくとも、シキミにとっては。
「あっ! この間の新人さん……! ランク上げの申請ですかっ? お早いですねぇ」
そう声を上げたのは、見覚えのある金髪の受付嬢。
まるで、夏の日差しのような彼女は、今日も今日とて絶好調らしい。
咲き誇る向日葵の笑顔に、シキミは若干仰け反った。
「は、はい! よろしくお願いします」
促され、差し出したプレートは、受付嬢の手によって水晶の上へと落とされる。
一体何をと思った瞬間、水晶の表面に波紋を刻んだプレートは、そのまま水晶の中へと沈みこんでいた。
水の中であるかのように、チェーンがふわりと揺らめいて、ちらちらと照明を反射する。
それに見惚れていれば、水晶は一際強い光を発し、ほんの一瞬目が眩んだ。
やがて、どこからか「チンッ!」という懐かしい電子音を響かせて、光は収まった。相変わらず銅色のプレートは、水晶の中で浮いている。
せっかく神秘的なのに、音だけが勿体無い。
「はい! これでシキミ様はCランクになります。おめでとうございますっ!」
「ありがとうございます……!」
受付嬢の細い指に掬われて、プレートが顔を出した。
色は変わらないのだけれど、その色が一層輝かしく見えてしまうのは、あまりにも単純だろうか。
手渡された、ほんの少しの重量に、ちょっとした高揚感が顔を出す。なんであれ、昇格そのものは嬉しいのだ。
この世界の "冒険者" として、漸く居場所ができたような。自分の在るべき、所在のようなものを認めてもらえたような……。
何者でもないシキミは、冒険者のシキミに変わりつつあった。
「ドロシーさん、ありがとうございました。ついでにお伺いしたいのですけれど……」
「ハイッ! 何なりとっ!」
受付嬢──ドロシーは姿勢を正し、何故かキメにキメた敬礼をしてみせる。
巫山戯ているのか、素なのか。なかなか判断に迷うが、その瞳は真っ直ぐ真剣だ。
「屍者の慟哭を大量購入したい──という依頼、まだありますか?」
「ちょっとお調べしますねっ! 屍者の慟哭ならCランク依頼でしょうか? 憶えてますぅ?」
「流石ですね、恐らくCランクで間違いありません」
「ありがとうございますっ! じゃあ、ファイルはコレですね……えっと、ししゃのどうこく…………」
カウンターの引き出しから、分厚いファイルが引っ張り出され、カウンターの上に開かれる。
依頼書の写しなのだろう。枠の中に記載された、様々な素材や魔物の名前が現れては消えてゆく。
ドロシー嬢は、それを慣れた手つきで捲ってゆき、やがて一つの頁で手を止めた。
「…………今の所、屍者の慟哭を求める依頼はこれのみですねっ!」
「シキミ、どうです? ……と言っても、一件しか無いのであれば、ほぼ間違いはないのでしょうけど」
指し示された依頼書は、タイプされているのだろう、筆跡の読めない画一的な文字達が、枠の中を整然と並んでいる。
「『古代王の霊廟で、屍者の慟哭を採集してきてほしい。──数の制限は無し。できるだけ一度で大量に欲しいので、"一〇〇個/袋" を一単位とし、一袋から購入する。一袋銀貨二〇枚。──追加報酬要相談』……多分これです、合ってます」
「成る程……なかなかの好条件ですね」
覗き込むジークの眉が、僅かに顰められる。
他の二人の表情も、幾ばくか硬く。いよいよ以て、事態は悪い方へと進み始めているようだ。
「そうねぇ、ちょっと破格のお値段だわ。屍者の慟哭なんて、普通に買われても銅貨十五枚ってところでしょ? そうなると、一〇〇個集めて売ったら銀貨十五枚。……銀貨五枚の上乗せね」
「沢山欲しいならわざわざ冒険者ギルドを通って割高な金払わなくったって、普通に注文すりゃいいのに……って、そうできねぇ理由もあんのか」
「敵もそれなりに警戒してるって事でしょ」
小声で交わされる言葉達は、一層 "依頼者" への疑惑を深めてゆく。
破格とすら言われるその報酬。金ならいくらでも出せる、と暗に示しているようなカネの使い方。
──少なくとも、チンピラがやら破落戸やらといった、下層の連中が主導できるものではない。
裏には金を持った、権力者がいる。
……そう考えるのが妥当だろう。
その “裏” に辿り着ける可能性は限りなく低いが、見逃す理由にはならない。
受けてみて、それから考えたっていいだろう──そんな会話をして、白銀の糸の意向は決まった。
「依頼、お受けします。手続きをお願いしても?」
「はいっ! 独占と公開、どちらになさいますか?」
「公開で構いません。……よろしくお願いします」
手続きの書類はジークに任せ、シキミ達はギルドの外で彼の帰りを待つ。
今日も青々と美しい空に、人々の喧騒が響く。
この裏で。
この奥で。
知らぬうちに暗躍する、恐ろしい影があるかも知れないのだと思えば、日常とは、なんとも呆気なく崩れ去るものであるらしい。
これから向かうは「古代王の霊廟」とやら。
名前からして嫌な予感しかしないのだが、今更逃げられる訳もない。
「つかぬ事をお伺いしますが、古代王の霊廟って、どんな魔物が出るんですか?」
「アンデット系だな」
「中々しぶとい奴が多いから頑張るのよ! ひたすら殴るのがオススメね」
「見た目は」
「ちょいグロ」
「つ、詰んだー!?」
悲痛な叫び声が響き渡る。何事だとこちらを見つめる往来の視線に、しかし彼女の意識は向かわない。
アンデットなんて言ったら、ゾンビとかゾンビとかゾンビとか、つまりは死体だ。
腐りかけた肉を叩くような感触がするんだろうか。思わず想像してしまって、頭身の毛も太る思いがする。
依頼の事なんか思い出さなきゃよかったな、とシキミはちょっとだけ後悔した。
独占と公開は次回あたりで説明するんで……!!ッス!さぁせん!(なんのノリ?)
80話オーバーでようやく名前出てきた受付嬢ちゃん。名前でかなり迷ったんだよ。ホントだよ。
ここまで読んでいただきありがとうございました。





