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レベル1からやり直してこい!?  作者: 参星
呪われた宝石編
77/109

77.曰く、いと小さき王。

 

 ルイの父であり、『魔道具屋 ミネルヴァ』の店主だという男は、カウンターから身を乗り出すと「銀竜とはまた、派手な大捕物だったね」と言って笑う。


 杏色(あんずいろ)の癖っ毛と、優しい顔つきはルイによく似て、その血の繋がりを思わせた。


 左目部分には、ルーペなのだろう──不思議な機械が装着されている。黄土色の丸い機械の中央で、深藍のレンズがぎょろりと動く。

 (あらわ)な右目は、鮮やかな若葉色。店内を一周した視線は、シキミの上でピタリと止まった。


「おや、新しい子が入ったんだね。──店主のカイユだよ、『魔道具屋 ミネルヴァ』へようこそ」


 カイユと名乗った彼は、「それ、触ると蛙になっちゃうよ」と悪戯っぽく笑う。

 それを聞いたシキミは、慌てて伸ばした手を引っ込めて、今後は陳列棚の半径六〇cm以内に近寄らないことを誓った。


 そんなに危ない物を、気軽に触れられる所に置かないで欲しい。硝子(ガラス)ケースに入れて厳重に保管してほしい。注意書きもおいて欲しいし、そもそも棚に置かないでほしい……!


「……ウソだよ。いやぁ、可愛い子を見つけてきたねぇ」

「わっ……私の扱い……ッ!! いつも、いつもこう……!」

「あっはっは、ごめんね? ……じゃあ、ほら、テオくんの魔法剣(マジックソード)の修理、見ていく? お詫びになるかな?」

「喜んで拝見させていただきます。よろしくお願いします!」


 ほわほわと牧歌的なカイユさんの声に、嘘泣きじみた、私のゴミ以下の演技は即刻中断された。


「うーん。さすがジークくんのお仲間」

「その言われようはちょっと心外です」


 大して損ねていない機嫌は、あっという間に正常値以上を叩き出した。満面の笑みの対応(手のひら返し)。我ながらチョロい。チョロいが……気になる!


 だって魔法剣(マジックソード)だ。ニシキではない、この世界由来の正真正銘の魔法剣(マジックソード)! 持ち主はテオドールさん。ただの魔法剣なワケがない。しかもその修理ときた。


 きっと普通の鍛冶とは違うのだろう、なんせ魔法剣(マジックソード)。門外不出のホニャララがあってもおかしくはない。

 故に、気にならないわけがない。至って単純明快。

 ──好奇心猫をも殺す? 何だそれは。聞き覚えがありませんね。


「じゃあ、奥へどうぞ。これぐらいの傷なら、そんなに時間はかからないと思うよ」

「もしよかったら、皆さんでどうぞ。あっ、お茶でも用意しようか?」


 気を利かせたのだろうルイの言葉に、シキミは小さく(かぶり)を振る。


「お仕事をお茶菓子にしちゃうのは、ちょっと気が引けるというか。……その、もしいただけるのであれば、見学させてもらった後……でも良いですか?」

「もちろん! じゃあ、一等にいいのを出しますね。いい茶葉が入ったんだよ〜」

「楽しみにしてます!」



 そんなこんなで通された先、作業場らしいその場所は、思ったよりもこじんまりとしていた。

 中央には、棚に囲まれた小さな作業台の机がぽつんと一つ。


 壁に沿って、生えるように据え付けられた棚の上には、原石そのままのような、ゴツゴツとした鉱物や、丸底フラスコの中に入れられた、色とりどりの液体。何のものか検討もつかない、鱗や、羽や、乾燥させた草花に水晶玉。


 その光景は、道具屋というより、やっぱり魔女の家っぽい。

 てっきり、鍛冶場でもあるのかと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。

 熱気とは縁遠い、語らぬ物質の沈黙が室内に充満していた。


「……さて」


 カイユは、机に剣を置くと、棚の中から鉱物を(いく)つかと、雑多な素材らしきモノを(いく)つか下ろし、剣の周りに並べだした。

 その並びには、法則も意味も、あるのかないのかわからない。


「じゃあ、見ててね」


 すう、と息を吸い込む、小さく空気を鳴らす音。

 両手を(かざ)すと、芯のある力強い声が、鼓膜を震わせた。

 あの、砂糖菓子のように甘くて柔らかかった声が嘘のようだ。


汝が心臓は(コールトゥム)()燃える石炭(カリブンクルス)


 その声に応えるように、大剣の周りが──否、剣そのものが、次第に朦朧(ぼんやり)と、赤く発光し始めた。


いと小さき王よ(レグルス)()我が声を聞け(ヴォートゥム)


 詠唱は続き、風が巻き起こる。

 剣を中心に起こる竜巻のようなそれに、カイユの髪は巻き上げられ、逆立っていた。


我が声を聞け(ヴォートゥム)──聞き容れよ(アキュピオ)


 剣は一層光り輝き、さっきの(ぼや)けた光が嘘のように強い光となって部屋を埋め尽くす。


我が声を聞け(ヴォートゥム)──焔獄の大剣(サラマンダー)!」


 呼びかけに応えるような、一層眩い光。その、光の奔流(ほんりゅう)が視界を塞ぐ。


 真っ白になった世界の中で、バチン、と空気が弾ける音がした。


『んもぉ〜ッ! テオってばレディーの扱いがなってないのだわ!』


 閉じた(まぶた)の向こう、幼い少女の声が響く。

 不満げな、拗ねたようなそれは、鈴のように軽く愛らしい。


 ──少女?


 ゆっくり(まぶた)を押し上げて、(ようや)く開けた視界の先。

 作業台に置かれたテオドールの大剣と、うっすら(にじ)んだ汗を拭うカイユの姿が目に入る。


 そして、その隣。

 燃える髪の少女が、作業机の端に腰掛けていた。


「な、なんか、出た……!?」

『あら、アンタ私が見えるのね? カイユ、お弟子さん?』

「僕と息子以外で見える人は初めてだよ、サラマンダー。……凄いねぇ、弟子になる?」

「……?? いやなりませんけど!?」


 燃え上がる炎の髪。形を変えユラユラ揺れる、(ほむら)の姿。

 幼い顔立ちは、しかし見事に整っていて、真紅の双眸(そうぼう)は真っ赤な瑪瑙(めのう)のようだ。

 炎に彩られた赤の中で、幼い体躯に一糸纏わぬ、抜けるように白い肌が際立つ。


 いやらしさは感じない、ただ、美しい夕陽を見たような感動だけが胸に押し迫る。

 これは、原始に対する畏敬の念。自然に対する畏れの気持ち。

 人の持つ本能が、静かに(こうべ)を垂れている。



 自信に満ち溢れ、(いささ)かプライドも高そうな彼女は、やや盛り上がりに欠ける胸を反らし、フンスと鼻を鳴らす。


『私は、炎の大精霊サラマンダー! この剣がただの剣でなく、素晴らしい魔法剣(マジックソード)である所以(ゆえん)は、この私にこそあるのだわ!』


 その堂々たる自己紹介に、シキミはややたじろぐ。

 だって、剣から精霊が飛び出すなど、まるで神器たちのようで。……ただ、そのシステムは、ちょっとばかり気になるところである。


 ──そう。神器たちのような……?


 ふと振り返ってみれば、パーティーメンバー三人は、何事かと首を傾げていた。


「女の子、見えません……?」

「? ……あぁ! 精霊(サラマンダー)が見えているんですね。残念ですが、俺達には見えません」

「えっ? テオさんにも? 持ち主ですよね?」

「持ち主だからって見えるわけじゃねぇだろ」

「エッ」


 それなら、やはりこの魔法剣(マジックソード)という存在……いや、まだ魔法剣(マジックソード)全般が精霊持ちと決まった訳ではないのだから、少なくともこの『焔獄の大剣(サラマンダー)』は、と言うべきか。


 ──『焔獄の大剣(サラマンダー)』は、神器とは違う。持ち主に干渉する存在ではない。


「──そう、皆が皆、精霊を見ることができるわけじゃないんだよ」


 君はちょっと特別みたいだ、とカイユは微笑む。


『その()のお陰なのだわ。曖昧な、外世界の()。境界の()。定義されないから、何でも見る。……アンタは、見たいものを見るのだわ』

「この……瞳が……?」


 アバターを設定し、カスタマイズしていたときに選んだこの瞳に、そんな……見たいものを見る能力なんて、そんなものがあっただろうか? 確かに、課金アイテムではあったような気がしたけれど。


 少女は机の上、剣の真上に()()()と立つと、腕を組み、シキミを覗き込むように屈む。


『お馬鹿さん。何を考えてるかはなんとなく察しがつくし、だからこそ、アンタが何を言いたいのかはさっっっぱりなのだけれど。──変質、しているのだわ。答えは、多分 "変質" で合っているはず』

「変質……」

『変えられた……? いいえ、変えてもらった……()()()のね、それ。大事にするのだわ』


 呆然とするシキミを他所(よそ)に、少女──炎の大精霊サラマンダーは、その場で大きく伸びをした。

 長い髪が蜷局(とぐろ)を巻いて、机の上で燃え盛っている。


『そんなことよりも、早く直してちょうだい。テオったら乱暴にするから、腰が痛くて仕方ないのだわ!』

「仰せのままに。ちょっとまっててね」


 テオドールの知らない場所で、聞く人が聞けば盛大な誤解が生まれそうな、意図せぬ爆弾発言が飛び出していた。

 もう一度振り返れば、何も知らない彼が暢気(のんき)に、物珍しそうな視線をあちこちに投げかけている。


「……うん」


 シキミはそっと、聞かなかったことにした。


ほわほわふわふわ職人さんのイケメンが好き。(by作者の性癖)

人外の幼女が好き。(by作者の性癖)

人外の幼女と、人外並みに強い、背の高いちょっとがっしりしたイケメンのタッグという絵面が最高に好き。(by作者の性癖)


そういうこと。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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