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レベル1からやり直してこい!?  作者: 参星
呪われた宝石編
75/109

75.曰く、もみくちゃにされるなどした。

 

 その日、白銀の糸(アルゲントゥム)のメンバーは、朝食の後、ジークさんの部屋へと集められた。


 ジークさんは、窓際に置かれた椅子に腰掛け、私とエレノアさんはベットの上で肩を並べ、テオドールさんは壁に寄りかかって。ジークさんの口から語られる事の顛末(てんまつ)を──昨夜の私の決心を──()っと聞いていた。


「……その、戦争が始まるッてのが本当なら、良い判断だと俺は思う」


 姿勢を正すように、壁から離れたテオドールさんの鎧が、ガチャガチャと硬質な音を立てる。

 光を浴びて、所々が鈍色に輝くのが少し眩しい。


「逃げたって良いが……。逃げた先で状況が悪化して、都合よく利用されるより……お偉いさんと渡りをつけて保険かけた方がいくらかマシだしな」

「あの、冒険者ってやっぱり戦闘要員なんですか?」

「そうねぇ、戦えるしね」


 そう言いながら、隣に座るエレノアさんは、いつも被っているとんがり帽子のつばを、手持ち無沙汰に(もてあそ)ぶ。


「でも……私達は基本的には流れ者。この拠点だって、いつ引き払うかわからないし。国に居着くのはSランクだけよ──"国付き" になるのがランク上げの条件なの」


 なるほど、どうやら最高ランクには活動の──というよりも、立場の制限がつくらしい。アルバイトから国家公務員になるというのに近いのだろうか。……わからないけれど。


 安定は約束されるが、自由はない。

 このチームが、何故Aランク止まりだけなのか。その理由の一端がわかった気がする。

 "なれない" どころか "なりたくない" んだろう、多分。


 彼らに、手枷足枷は似合わない。

 従えられたら、大層な看板になるのだろうけれど。


「だから、私達みたいな()()が優先で動くのは、大体が魔物関連の時」


 戦争は門外漢なのよ、と言うエレノアの言葉に続けるように、「ですが」とジークの声が重なる。


「戦える人間を放っておいてくれるほど、戦争というものは甘くありませんから」

「つっても、俺達は信用するには身が軽すぎる」

「それは……国に、付かないから?」

「そういうこと〜良くできたわねぇ!」


 エレノアに髪の毛をめちゃくちゃにされながら、シキミが見上げた先。

 テオドールは「明日裏切るかもしれない奴に国は任せられないだろ?」と悪戯っぽく笑う。


「だから『保険』と……。え、エレノアさん! 首もげちゃいます!」

「もげても治してあげるわ」

「そういうこっちゃないんですよ!」



 要するに、冒険者は "裏切る事" を前提に運用する。

 使わないのは勿体無いが、しかし、使うには難がありすぎる。だから、ちょっと強い捨て駒程度の扱いなのだろう。


 冒険者は、そのことが良くわかっている。故に、戦が激化すれば、戦のない場所に逃げる。

 例外なく、ジーク達だってそうするだけの理由も、余裕もある。だが、こと今回に()いては、シキミの「戦争になるかもしれない案件へ関わる」という考えを汲み取る気でいるらしい。


「どっちみち、シャウラ達がコッチに付くってんなら否やはねェよ」

「えっ、シャウラさんが?」

「影から出てきたってヤツ。……シェダルつって、シャウラの相棒なんだよ」


 昨晩は気配もあったし、会って話もしたし、間違いねぇだろ、と彼はわざとらしく此方(こちら)に視線を寄越して、伸びをする。


 ……彼が言わんとしていることは、なんとなくわかる。


「け、気配」

「昨晩出かけた事、ちゃぁんとわかってるんだから」


 にゅっと横から伸ばされた手に、シキミの前髪が掻き上げられて。視線がしっかりと合わされた。

 突然外気に晒され、剥き出しになった視界に狼狽(うろた)える。


 真っ直ぐに見つめる、瑠璃色の瞳の中。小さく揺れる何かが見えたような気がして、シキミは息を()んだ。


「子供じゃないんだから、『あんまり危ないことはしちゃ駄目よ』……なんて言わないけれど。言ってくれればついて行ったわ」

「し、心配かけました……?」

「ちょっとだけ」

「ごめんなさい……」


 思わず項垂(うなだ)れれば、可愛いから許してあげると、優しい手のひらが頭を掻き撫でる。


 いつもより、ちょっと距離が近いのは、それだけ心配をかけてしまったということかもしれない。


 その "心配" には、やっぱりまだ、得体のしれない私への警戒も含まれているのかもしれないけれど。それでも、握られた手は優しく温かい。


「ま、何にせよ……だ。無事に戻ってきたみたいだし、新米ちゃんにしては及第点だな」

「怪我もないみたいだし…………。あっ、危ない目に()ってないでしょうね〜?」

「そういえば道中の話を聞いていませんでしたね。一体どんな経緯で衛兵の事なんて聞いたんです?」

「あっ……えっ、いや……! その……!」


 ジリジリと迫る、揶揄(からか)う気満々の三人の強者(つわもの)達を前に、シキミの笑顔は(こわ)ばり、ゆっくりと両手が上がってゆく。

 「怖いお兄さんたちに絡まれました。でも大丈夫でした」(など)と言った所で、果たしてどうなるものか。


 心配をかけてしまうのではないかという気持ちが二割、面倒な事になるぞという予感が八割。

 確かに、ガラの悪い男達に絡まれはしたが、置いてきた惨劇の太刀(ニシキ)が何とかしたのだろう。


 シキミが戻った少し後。部屋に戻ってきたニシキは、相変わらず優しく微笑んで、良い香の薫りをさせていたのだし。

 抱き寄せられて、安心して。あっという間に夢の世界に旅だってしまったものだから、任せた後の話は聞いていないのだけれど。


「ん〜? 怪し〜わねぇ〜」

「早めに白状したほうがいいぜ、お礼参りは早いほうがいい」

「待って、お礼参り!? しませんよ!?」

「ほう、されるような人物への心当たりがあるんですか……? 詳しく聞きましょう」

「待って、ほんとに待って。ジークさん目が笑ってないです。待って」


 じゃれつくようなやり取りに、どこからか堪えきれぬ笑いが漏れる。

 誰から笑いだしたのか、ふつふつと繫がる笑いの連鎖は、鳩ノ巣の一室で静かに猛威を(ふる)った。

 一度笑いだしたら、何故か止まらないのが笑いというものの恐ろしい所で。(しばら)くしたら、シキミはヒーヒー言いながら痛む腹を抱えることになるだろう。


 さっきまで、戦争だ戦争じゃないと真剣な顔をしていたのが嘘のよう。

 もしかしてと、涙の滲む視線を送ったその先では、本当に笑った目のジークさんがいて。

 どうやらまた、気を使われてしまったらしい。


 あまり気負うな、と言われているような気がして。シキミはその、与えられた一時(いっとき)の安寧に、今だけは身を委ねてしまうことにした。


白銀の糸(アルゲントゥム)がわちゃわちゃしてるのが永遠に好きなんだなって思いました。


ここから先、また新しいキャラは増え、戦闘シーンは増えてゆく……はず──なので、どうぞもう暫くのお付き合いを。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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