75.曰く、もみくちゃにされるなどした。
その日、白銀の糸のメンバーは、朝食の後、ジークさんの部屋へと集められた。
ジークさんは、窓際に置かれた椅子に腰掛け、私とエレノアさんはベットの上で肩を並べ、テオドールさんは壁に寄りかかって。ジークさんの口から語られる事の顛末を──昨夜の私の決心を──凝っと聞いていた。
「……その、戦争が始まるッてのが本当なら、良い判断だと俺は思う」
姿勢を正すように、壁から離れたテオドールさんの鎧が、ガチャガチャと硬質な音を立てる。
光を浴びて、所々が鈍色に輝くのが少し眩しい。
「逃げたって良いが……。逃げた先で状況が悪化して、都合よく利用されるより……お偉いさんと渡りをつけて保険かけた方がいくらかマシだしな」
「あの、冒険者ってやっぱり戦闘要員なんですか?」
「そうねぇ、戦えるしね」
そう言いながら、隣に座るエレノアさんは、いつも被っているとんがり帽子のつばを、手持ち無沙汰に弄ぶ。
「でも……私達は基本的には流れ者。この拠点だって、いつ引き払うかわからないし。国に居着くのはSランクだけよ──"国付き" になるのがランク上げの条件なの」
なるほど、どうやら最高ランクには活動の──というよりも、立場の制限がつくらしい。アルバイトから国家公務員になるというのに近いのだろうか。……わからないけれど。
安定は約束されるが、自由はない。
このチームが、何故Aランク止まりだけなのか。その理由の一端がわかった気がする。
"なれない" どころか "なりたくない" んだろう、多分。
彼らに、手枷足枷は似合わない。
従えられたら、大層な看板になるのだろうけれど。
「だから、私達みたいな浮草が優先で動くのは、大体が魔物関連の時」
戦争は門外漢なのよ、と言うエレノアの言葉に続けるように、「ですが」とジークの声が重なる。
「戦える人間を放っておいてくれるほど、戦争というものは甘くありませんから」
「つっても、俺達は信用するには身が軽すぎる」
「それは……国に、付かないから?」
「そういうこと〜良くできたわねぇ!」
エレノアに髪の毛をめちゃくちゃにされながら、シキミが見上げた先。
テオドールは「明日裏切るかもしれない奴に国は任せられないだろ?」と悪戯っぽく笑う。
「だから『保険』と……。え、エレノアさん! 首もげちゃいます!」
「もげても治してあげるわ」
「そういうこっちゃないんですよ!」
要するに、冒険者は "裏切る事" を前提に運用する。
使わないのは勿体無いが、しかし、使うには難がありすぎる。だから、ちょっと強い捨て駒程度の扱いなのだろう。
冒険者は、そのことが良くわかっている。故に、戦が激化すれば、戦のない場所に逃げる。
例外なく、ジーク達だってそうするだけの理由も、余裕もある。だが、こと今回に於いては、シキミの「戦争になるかもしれない案件へ関わる」という考えを汲み取る気でいるらしい。
「どっちみち、シャウラ達がコッチに付くってんなら否やはねェよ」
「えっ、シャウラさんが?」
「影から出てきたってヤツ。……シェダルつって、シャウラの相棒なんだよ」
昨晩は気配もあったし、会って話もしたし、間違いねぇだろ、と彼はわざとらしく此方に視線を寄越して、伸びをする。
……彼が言わんとしていることは、なんとなくわかる。
「け、気配」
「昨晩出かけた事、ちゃぁんとわかってるんだから」
にゅっと横から伸ばされた手に、シキミの前髪が掻き上げられて。視線がしっかりと合わされた。
突然外気に晒され、剥き出しになった視界に狼狽える。
真っ直ぐに見つめる、瑠璃色の瞳の中。小さく揺れる何かが見えたような気がして、シキミは息を呑んだ。
「子供じゃないんだから、『あんまり危ないことはしちゃ駄目よ』……なんて言わないけれど。言ってくれればついて行ったわ」
「し、心配かけました……?」
「ちょっとだけ」
「ごめんなさい……」
思わず項垂れれば、可愛いから許してあげると、優しい手のひらが頭を掻き撫でる。
いつもより、ちょっと距離が近いのは、それだけ心配をかけてしまったということかもしれない。
その "心配" には、やっぱりまだ、得体のしれない私への警戒も含まれているのかもしれないけれど。それでも、握られた手は優しく温かい。
「ま、何にせよ……だ。無事に戻ってきたみたいだし、新米ちゃんにしては及第点だな」
「怪我もないみたいだし…………。あっ、危ない目に遭ってないでしょうね〜?」
「そういえば道中の話を聞いていませんでしたね。一体どんな経緯で衛兵の事なんて聞いたんです?」
「あっ……えっ、いや……! その……!」
ジリジリと迫る、揶揄う気満々の三人の強者達を前に、シキミの笑顔は強ばり、ゆっくりと両手が上がってゆく。
「怖いお兄さんたちに絡まれました。でも大丈夫でした」等と言った所で、果たしてどうなるものか。
心配をかけてしまうのではないかという気持ちが二割、面倒な事になるぞという予感が八割。
確かに、ガラの悪い男達に絡まれはしたが、置いてきた惨劇の太刀が何とかしたのだろう。
シキミが戻った少し後。部屋に戻ってきたニシキは、相変わらず優しく微笑んで、良い香の薫りをさせていたのだし。
抱き寄せられて、安心して。あっという間に夢の世界に旅だってしまったものだから、任せた後の話は聞いていないのだけれど。
「ん〜? 怪し〜わねぇ〜」
「早めに白状したほうがいいぜ、お礼参りは早いほうがいい」
「待って、お礼参り!? しませんよ!?」
「ほう、されるような人物への心当たりがあるんですか……? 詳しく聞きましょう」
「待って、ほんとに待って。ジークさん目が笑ってないです。待って」
じゃれつくようなやり取りに、どこからか堪えきれぬ笑いが漏れる。
誰から笑いだしたのか、ふつふつと繫がる笑いの連鎖は、鳩ノ巣の一室で静かに猛威を揮った。
一度笑いだしたら、何故か止まらないのが笑いというものの恐ろしい所で。暫くしたら、シキミはヒーヒー言いながら痛む腹を抱えることになるだろう。
さっきまで、戦争だ戦争じゃないと真剣な顔をしていたのが嘘のよう。
もしかしてと、涙の滲む視線を送ったその先では、本当に笑った目のジークさんがいて。
どうやらまた、気を使われてしまったらしい。
あまり気負うな、と言われているような気がして。シキミはその、与えられた一時の安寧に、今だけは身を委ねてしまうことにした。
白銀の糸がわちゃわちゃしてるのが永遠に好きなんだなって思いました。
ここから先、また新しいキャラは増え、戦闘シーンは増えてゆく……はず──なので、どうぞもう暫くのお付き合いを。
ここまで読んでいただきありがとうございました。





