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レベル1からやり直してこい!?  作者: 参星
呪われた宝石編
71/109

71.曰く、軋む歯車、廻る運命。

 

 魔法のランプの炎は揺れない。

 ジークを含めた数メートルを、その光が柔らかく照らす以外は、夜の闇が押し迫っていた。


 息せき切って現れたシキミは、そんな夜の中に立っている。

 「人は本当に魔化しないんですか」という彼女の声には、諦めに似た確信がこもっていた。


「どちらとも言えません……としか俺には言えません」

「全く無いとは言えない……ということですよね?」

「そうなりますね」


 人は魔化しない。

 その人間至上的な考え方の根拠となるものは、その実「今まで前例が確認されていないから」という曖昧な認識であって、それは決して "真実" ではない。


 人は本当に魔化しないのか? という疑問に対して、曖昧な答えを返さざるを得ないのも、当然といえば当然の話なのだ。


「私、屋敷の記憶を見ました」

「……屋敷の記憶を……? 面白い事をしましたね。……それで?」

「マッティアさんの事も、エイデンさんの事も。人為的な──いえ、()()が人ならですから……作為的な。裏で意図を引いている何者かがいます」

「糸を手繰る(モノ)が見えた──?」


 はい、と応える声は小さく震えて零れ落ちた。

 あの幽鬼じみた少女を、果たして何と言ったものか。


「それに、道中、衛兵の動きが鈍いと聞きました。……人が突然()()する事件が多くて、瑣事(さじ)には手が回らないと」

「マッティアやエイデンのように?」

「はい。暴走して…………死ぬと」

「……それはまた、明らかに怪しいですね」

「王都近辺でこんな事件が多発するなんて……私でもわかるぐらい、嫌な予感しかしません」


 人を魔化させる事で、誰かがこの国の──あるいは世界の混乱を狙っているのではないか。

 それが、シキミの見出した結論だった。


 勿論 "可能性が高い" というだけである。とんでもない妄想だと言われてもおかしくはない。でも、あの少女を見てしまった以上。シキミには、そんな大それた思惑を、思い違いだと切り捨てることはできなかった。


「──話は聞いた。それが本当なら、俺達のボスが懸念していた事が起きているということだ」

「ヒェ!?」


 それは突然かけられた耳慣れない声。

 光の届かぬ暗闇の中から、男が一人。まるで影から生えるように現れた。


 腕を組み、柳眉(りゅうび)(ひそ)めたその姿は悩ましく。(ほとばし)る謎の色気に、シキミは状況を忘れて硬直する。

 なんだってまた、こうも次から次へと顔のいい人間が湧き出すのか。それともこれが異世界の標準装備なのか?


 横道へと()れかけた思考は、至って真面目な……深刻さを滲ませた男の声で引き戻された。


「下手をすれば国家転覆……いや、国どころか世界がひっくり返る。白銀の糸(アルゲントゥム)には、本格的に助力を頼みたい」


 その言葉に、ジークはいつも通りの笑みで返す。

 向かい合う男二人の間で、空気が(わず)かに張り詰めた。


「俺は仲間の命を、国のためと言って捨てるつもりはありません。……貴方達と違って、俺達は冒険者。正直な話、義理もなければ義務もない──その気になればどこへなりとも」

「それは重々承知しているつもりだ」


 酷く冷たく思えるようなジークの声は、見定めてやるとでも言わんばかりの真剣さを帯びていた。

 一つ頷いた男は、でも、と言葉を濁す。

 狡猾な、猫のような瞳孔が、真っ直ぐジークを射抜いていた。


「脅すようで気分は乗らないが、国が潰れればこの店も潰れる。経営者は無傷で居られるとも思わない」

「……鳩ノ巣が人質ですか……? 困りましたね」

「悪いな。でも事実だ。それに……そこのお嬢さんが言う事が確かなら、()()は何も国内で済む話じゃない」

「……と、いうと?」

(とぼ)けるな。わかっている癖に」


 暗がりから完全に姿を現した彼は、足音も立てず、ジークの眼前に立つ。

 仮面でも貼り付けたかのように、その美しい顔に笑みが浮かべられる。


「──戦争だよ」


 歪む口元から発された、たった一つの言葉。

 その重さは、重力を伴ってシキミの胸に落ち込んだ。


 わかってはいた。否、薄々察してはいた。

 だが、改めて()()を言葉にされてしまうと、怖気づく心を隠せない。


「逃げても無駄だと……?」

「当たり前だ、Aランク。遅かれ早かれ、どこかの国に捨て駒として駆り出されるのは目に見えてるだろう」

「……それも、そうですね。さて……どうしましょうか」

「そ、こで私に振りますか???」


 男に向けたときとは少し違う、真剣だけれど、優しさの含まれた黒い瞳が()っとシキミを見つめる。

 貴女が決めて良いですよと、そう言われているような気がして、思わずごくりと喉が鳴る。


 それは、信頼の現れですか。

 それとも、逃げても良いよって、言ってくれているんですか。

 怖いから嫌だと言えば、多分、彼はこの話を断ってしまうだろう。そうして、戦争になったらなったで、素知らぬ顔で生活してしまえそうだけれど。


 ──だけど。


「影のお兄さん。ひとつ、聞いてもいいですか」

「答えよう」

「その "懸念" には──()()が関わっていたりしますか」


 シキミが考えていた、事件を突き詰めた先の "可能性"。

 影の男は、少し驚いたように目を(しばたた)かせる。


「どこでそう思ったのかは知らないが。無関係ではない……としか言えない」


 脳裏を過るのは、神器達の言葉。


 いつか私は、魔王に関わることになる。

 それは "必然" なのだと……彼らはそう言った。


 だとしたら、私が言うべき言葉は一つ。


「ジークさん。…………お受けしましょう」

「わかりました。では」

「あぁ……ボスに伝える。後日また、迎えを寄越す」


 数歩下がり、ランプの光から抜け出した男は、影に紛れてあっという間に消えてしまった。

 ぽつんと残されたシキミは、未だ光の外で(たたず)むばかり。


「どうして、受けようと?」

「どうして……」


 この店が無くなってしまうのは、嫌ですから。


 そう言った私は、きちんと笑えていただろうか。

 言い訳じみた言葉に隠した、私の怖がる心を、きっと彼は見透かしてしまうけれど。

 きっと、見て見ぬふりをしてくれる。



 どれだけ怖くても、これが無くした()の手がかりになるかもしれないなら、少なくとも私は逃げるべきではない。


 誰かの犠牲の上で、のうのうと生きるぐらいなら。

 戦える私は、きっと立ち向かうべきなのだ。

 敵に。

 魔王に。

 運命に。


 私は──


「戦わないといけないような、気がするんです」


 光の中で穏やかに微笑う人。

 彼が差し出した手に、シキミは導かれるように一歩踏み出す。


「困りましたね、重い選択をさせてしまいましたか?」

「いいえ──いいえ!」


 手を伸ばして、握った手のひらに近づいて、そっと自分の頬に当てる。

 手袋越しの柔らかな体温が、騒々(ざわざわ)(うごめ)く心を凪がせてくれるような気がして。


 どうしてか、泣きそうになっている自分に気がついた。


 馬鹿みたいに不安で仕方がない。

 あの少女と──透けて見える巨大(おおき)な悪意と。これから立ち向かって、戦わないといけないかもしれないだなんて。


 だって、魔物を倒して、ご飯を食べて、なんだかんだでずっと、ヘラヘラと笑って暮らしていけるような気がしていたから。……だから。


「……こういう時どうすべきか、俺にはわからないのですが」

「このまま、(しばら)く……居させてください」

「えぇ、俺の手で良ければ、幾らでもお貸しします」


 夜はまだ深い。月は白々(しらじら)と輝いて、太陽の出番を待っている。


 逃げればいいのに。でも、逃げた先にある罪悪感と向き合えるほど、結局私は強くない。

 だからこうやって、ちょっと縋って、無言の内に強請(ねだ)ってみせる。


 「平気だよ」と言ってくれ。

 「間違っていない」と言ってくれ。

 あなたの体温に、私はそれを見出すから。


「良い判断でした。シキミ」

「……は、い」


 その言葉に、零れそうになる涙は、ぐっと(こら)えた。

 泣くべきじゃない。この人の前で、泣くべきじゃない。


 真っ黒な瞳とかち合った。波一つ立てぬ静かな黒が、揺れる私を見つめている。


 嗚呼、もし、運命の歯車というやつがあるのだとしたら──。


 どこか遠くで、何かが軋む音がした。


相変わらず抜歯部分は痛いです。泣いてる。


柳眉って、女性用の言葉だったと思うんですけど。まぁ〜〜〜仕方ないね。柳眉は柳眉なんですよ。(は???)


ついでに言うと恋愛偏差値ゼロなので書きながら「すっげぇいちゃつくじゃん!?」と思ってしまった。懺悔。360度どこから見てもいちゃついてません。


P.S.

第58話に挿絵がつきました!

提供は友人(宇宙塩)さんから。

ありがてえ〜! もう読んだ? いやいや……神絵師のイラストだけでも見に行ってくれ……。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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