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レベル1からやり直してこい!?  作者: 参星
呪われた宝石編
70/109

70.曰く、暗闇街道散歩道。

 

 脇目もふらず駆けてゆく(マスター)の、長い亜麻色の髪が尾を引いて、視界から消えていった。

 後に残されたのは、呆然と彼女を見送る男達と、彼らに刃を向けたままの己。


 男達は、(しば)し時が止まったように硬直した後、ゆっくりと顔を見合わせる。やがて惨劇の太刀(ニシキ)から逃げるように、降参とばかりに両手を上げて、ジリジリと後退しだした。


 浮かぶ刀を相手に、パントマイムでもするかのような姿は道化のようで面白い。……彼らは彼らなりに必死なのだろうけれど。


「……ったく、何だありゃ」

「冒険者っスよ、兄貴。銅のプレートがチラっと」

「ハァァ……これだから冒険者はイヤなんだよなぁ!! ロクなやつがいた試しがねぇじゃねぇかよ!」

「まったくだぜ……」

魔法剣(マジックソード)置いてくとか……取ろうとしたらバチンだろ? どうせ」

「触んな触んな、死にたくなきゃヤメとけよ」


 小金せしめようとして(タマ)狙われたんじゃ世話ねぇや、と叩く軽口は、命の危険が去ったからなのか心持ち軽やかだ。

 浮かんでいた下卑た笑みは、今や跡形もなく。


 可愛い(マスター)に無礼極まりない狼藉(ろうぜき)を働いたのは許しがたい……が。

 この様子では()()()も削がれるというもの。

 追うなら別だが、ここで尻尾を巻いて逃げるなら良しとしよう。


 殺す理由がなければ、ニシキとて無用な殺生はしない。

 それに何より、可愛い主が(いや)と言うなら……否、許して見逃してやれと言外に示すのなら、そうするのも(やぶさ)かではないのだ。


 一度出てしまえば、追加で魔力を使わない限り、彼女(マスター)の魔力を浪費せずにある程度は動き回れる。

 男達の監視と足止めに徹しつつ、機を見て(マスター)の元に帰れば良いだろう。



 通りから一歩外れたこの場所(裏通り)は、どことなく()えた臭いが垂れ込めている。所々に積まれた何かの残骸が、所謂(いわゆる)スラムと呼ばれるのであろうこの場所を、一層鬱々(うつうつ)とさせていた。


 文句を垂れつつ夜の中へと消えてゆく彼らは、またこの塵芥溜(ごみだ)めで、何かを求めて彷徨(さまよ)うのだろうか。


 ──(はえ)の羽音が、煩わしい。


 小さく振動する羽音は、この場所の不潔さを示しているようで、あまり(こころよ)くない。


 見届け終わったなら、早く帰ってあの子を愛でよう。

 ……そう思ったのも(つか)の間。


 僅かに空気の質感が変わる。


 ざらついたその気配は、ニシキをして僅かに周囲を警戒せしめた。


 ふと、それまで和やかだった男たちの動きがピタリと止まったのを感じ、ニシキは刀を構えたまま、一歩後退する。

 実体の無いこの身が、地を踏みしめる音が聞こえた気がした。


「オイ、兄貴大丈夫……ガ……ッ!」

「は?……お、おいどうし──!!」


 為す術もなく、地面に叩きつけられた男達は、一体どこを潰され、叩きつけられたものか。息も絶え絶え、虫の息となって転がされていた。


「何ぞ──!?」


 ぐらりと大きくかしいだ男の身体が、次の瞬間、ニシキの目前まで迫ってきていた。

 大きく()ぎ払われた手には、粗末なナイフが握られている。


「──は、物狂いか。……それとも何じゃ、モノノケか? 生成(なまな)りか?」


 一歩下がった鼻先で、ナイフの切っ先が風を斬っていった。

 大きく開かれた瞳孔は、縦に長い、蛇のよう。

 化生の類であれば遠慮はいらぬよナァ、と口元に浮かぶ笑みから、白い牙が覗いた。


 白銀の刀身に、ニシキの白い指が添えられる。

 はっ、と小さな吐息が空気に混じるよりも(はや)く、刀の(きっさき)が男を穿とうと牙を剥いた。


「っあ゛……痛い゛……イダイィ゛イ゛……!!」


 惨劇の太刀は、血を(まと)うほど美しく光る。

 男の肩口から、ぬらりと血に染まった美しい刀が生えている様は、奇妙なオブジェのようだ。


 静まり返った空間の中で、男の荒い息遣いだけが響き渡る。苦痛に歪んだ男の顔の、瞳は未だ悪意に紅く燃えていた。

 (はえ)は相変わらず、チラと視界に映っては煩わしい羽音を残して飛んでゆく。

 どちらも酷く気に触るものだ。


「揃って(マスター)との逢瀬(おうせ)を邪魔立てか? フン、共に虫けらか。……良い度胸ぞ……」

「ア゛……ア゛ぁ゛……あの……女ぁ゛っ、コロ……殺すゥ゛」


 肩から引き抜かれた太刀は、甲高い鍔鳴りの音と共に鞘に納められる。

 ざわついていた空気が、一瞬にして濃密な殺気で塗り替えられた。


「……妾の可愛(かわゆ)(マスター)を殺す、とな?」

魔法剣(マジックソード)如きがァ……邪魔、してンじゃネえェ゛!」


 目にも止まらぬ斬撃が、見えぬはずの精霊(ニシキ)に向かって伸ばされた、男の腕へと吸い込まれてゆく。


 ニシキの鉄靴(てっか)が踏み出された時、腕は、その美しい断面を夜の闇に晒していた。


「……げに浅ましきよナァ──ふふ、愚かしきは(さえず)らぬが吉よ。その首、野風には晒したくなかろ?」


 ゆらり、とその白刃は月光に照らされて、尚更に(なまめ)かしく、ただ屍のみを望んでいた。

 金の瞳が、その中で小さな火花を散らしている。


「妾の(いと)し子を害そう(など)と……! 笑止! 笑止!!──妾が許すものか! そのようなこと!! 決して!! 妾がさせぬ。妾が許さぬわッ!」


 激昂した叫び声と共に、一閃、二閃と刃が(きら)めく。

 その度に、青白い光の(もと)で、ドス黒いような血が吹き上がった。


 悲鳴も上がらぬそのうちに事は済み、やがて動くものはなくなって。ニシキはその、無様な死体を目の前に嘆息する。


「霧の……のう、霧の。聞こえておろうが」

「……あぁ? どっちの霧だァ?」


 虚空に呼びかけた声に、気怠げな声が返された。


「妹御のほうぞ。ヌシは融通が利かぬゆえ(いや)じゃ」

「アァ? ()()が偉そうにしやがって。……面倒臭ェ。俺で我慢しなィ」


 路地裏の、さらに奥。闇を煮詰めたような暗闇から、生白い腕がにゅっと伸びる。

 (わず)かに藻掻(もが)く様な仕草をして、(しばら)く。


 やや幼い顔立ちの青年が、声に違わず心底面倒臭そうな目をして、闇の中から現れ出でた。

 翠の虹彩の中で、一際輝く紅い瞳孔が、じろりと人の残骸を()めつける。


「……あ〜あ。派手にやったなァ」

「仕方がなかったとはいえ……ちと派手にやり過ぎたワ。(マスター)は好むまい? 処理を頼む」

「俺は雑用係じゃァねぇんだけどよォ?」


 青年は、栗皮色の短髪をボリボリと掻くと、一つ大きな溜め息を()く。


死体(モノ)が出ずば、無かったも同じよ。そうであろ?」

「……はいはい、酷ェ奴だ」

「妾は()ぞ。慈悲などあるものか」


 夜の冷えた風の中、二人の見えぬ影が揺れる。

 呵呵(かか)と嗤った鬼の足元に、一匹の(はえ)が息絶えていた。


R15タグをどうしようか悩むこの頃。

言われたらでいいや!!!満点大笑い!


追伸。

親知らずを抜く作者、しばらく(二、三日)執筆ができなくなるかもしれません。

更新遅くなったら「あっこいつ死んでるな」と思って慰めてください。痛みに弱いんです……。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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