66.曰く、モノにも魂は宿ると申しまして。
シキミは一人、部屋の中で悶々としていた。
ただただ納得いかない。その一言に尽きる。
胸に渦巻くのは、人を殺したかもしれないという恐怖より、思い至ってしまった一つの可能性への恐怖だ。
悶々と湧き上がるその感情は、しかし、シキミが頭の中で勝手に組み立てたものに他ならない。
「んん……もうこうなったら現場百遍……っと」
窓枠に、ブーツをしっかりと装備した足がかけられる。徐に開いた窓から、冷たい夜風が吹き込んだ。
髪が乱れて、長い前髪が巻き上がる。決意に満ちた瞳が星空を映して、瞬く。
そのまま、シキミの身体は空を飛んだ。
何も言わずに、まるで逃げるように出てきた、その後ろめたさを舐るように、冷たい風が頬を撫でる。
屋根から屋根へ、軽い足音が宵を叩く。
握りしめた手には、ジークから預けられたままの "魔魂探知眼" がしっかりと収まっていた。
シキミは今からこれを持って、心中事件のお屋敷へと向かうのだ。
最初から思い違いをしていた。これをかけて見えるのは、あくまでも魔力によって呼び起こされた記憶。
エレノアは「幽霊」と言ったけれど、それは決して「魂魄」の事ではなかった。
インベントリに入れたことで見られるようになった、道具の詳細な情報。
この眼鏡で幽霊──もとい「記憶」を見るためには条件があった。
ひとつ、見たい記憶と縁深い所に居ること。
ひとつ、恐れないこと。
──ひとつ、見たいと思うこと。
つまりそれは、幽霊が現れることを信じる……ということ。
結局のところ、魔力は「願うところ」にしか働かないと、そういうことなのだろう。
シキミはずっと「見たくない」と思っていた。だから、見られるはずがなかったのだ。
知っていただろうに、言わなかったジーク達のそれを、意地悪と取るべきか、優しさと取るべきか。
怖がって見ることがなかったのだから、結果としては優しさであったのだけれど。彼らのことだ、幾分かの揶揄いを含んではいたに違いない。……酷い話だ。
屋敷の中は相変わらず、冥くて寒くて恐ろしい。
あの家族団欒の談話室も、今は人の気配を失って、死んだように静かだ。
部屋の入り口に立って、眼鏡をかける。一段暗さを増した視界に負けないように、一つ、大きく深呼吸をした。
希うのは、ただ一つ。ただ、見ること。
見たいのは、事件当時のその姿。その有様。その形。
私は、屋敷の記憶が──魂が見たい。
この眼鏡が、人の記憶の残滓しか呼び起こせない──なんてことは、何処にも書いていなかった。
……正直、できるかどうかは一か八。だが、抜け道を探し、試すのもプレイヤーの大事なお仕事だ。
瞳を閉じて、また息を吸う。
怖いと思う心ごと、一気に吐き出す空気と共に、心に小さな勇気が灯る。
その瞳は開かれて、映る世界を見据えた。
──欲しいのは、マッティアの最期とその続き。屋敷が見ていた、事の顛末。
ふと、空気に血の匂いが混じった様な気がして、シキミの口は小さく引き結ばれた。
この発想は日本人(異世界人)かつ、抜け道探しのプロだったからこそ見つけられた「可能性」のような気がするのでございますよ。
でも夜遊びには気をつけようね!!(突然何???)
ここまで読んでいただきありがとうございました。





