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レベル1からやり直してこい!?  作者: 参星
呪われた宝石編
63/109

63.曰く、獣の盾。

 

 その盾は、ただの盾ではない。

 それは文字通り、生きた盾。

 思考し、判断し、形成される。

 其処(そこ)に、使用者の意志は反映されない。


 ──介在する余地はない。


『文字通り身を任せてくれればいい。こっから先は俺様の仕事ッてな』


 ぐぐ、と地を踏みしめる足に、自然と力が入る。

 溜め込んだ力は、爆発的な力で(もっ)て、シキミを標的の元へと運んだ。


 未だ(くすぶ)る土煙が、男──エイデンの輪郭を(ぼか)している。


 跳んだ勢いそのままに、振り下ろした両腕は、細腕に容易(たやす)く受け止められた。

 両手から伸びる金属の爪が、庇うように(かざ)された男の右腕に突き刺さる。だが、彼は気にも止めていないらしい。呻き声一つ上げず、静かにこちらを見上げた瞳が紅く光る。


 掴むように振られた左腕を避け、掴んだ手を支点に、背からぐるりと回転した。


「シッ──!」


 シキミの踵から生えた、鋭い刃が再び男を狙う。


 堅牢の盾は、反撃(カウンター)に強い武器だ。

 相手の一撃に対し、最適解の一撃を返す。ゲームの中でのシステムは、なるほどこうやって現実に反映されてゆくらしい。


 軽やかに、空を舞う身体が風を切る音が耳に鋭い。

 だが、脳天を狙う一撃の先に、男の姿は無かった。


「嬢ちゃん後ろッ!」


 その声で咄嗟に振り返れば、赤錆色(あかさび)のマントが視界を覆う。

 テオドールが大きく横に薙いだ大剣が、視界の端でギラリと光る。彼の大きな背が、守るようにそこにあった。


「ッチ、早ェな」

「下手くそ! ちゃんと斬りなさいよ!」


 そう言うが早いか、エレノアの持つ(ワンド)が、淡く発光し始める。

 ──それは、魔法発動の合図。

 魔法は指定範囲が広いから、仲間が密集したここで、彼女が打つとしたら多分支援系だ。──この世界の魔法の基盤がゲームと同じなら、だけど。


 エイデンが居た先。貴族街の高級店舗らしく、それなりに広く豪奢な中庭が、壁の大穴から覗いている。

 彼はそこから外に出るつもりらしい。


 上を見れば、天井は一部が吹き飛び、吹き晒しのようなあり様で。青い空が歪に切り取られている。


()()()()ッ! 肩借ります!」

「ハァ!? ッ馬鹿おい!」


 テオドールの肩に飛び乗ったシキミは、そこを足台に、青の中へと飛び込んだ。

 今にも崩れそうな穴の端。屋根の上に立てば、崩れた壁から這い出るエイデンが見えた。


大樹の抱擁(アルリガーティオ)!」


 エレノアの、ごく短い詠唱が鋭く響く。

 その声に押されるように、シキミは降るように飛び降りた。


 地面から湧き出した太い根が、生き物の様に(うごめ)き逃げるエイデンを追う。

 拘束系の魔法なのだろう。だが、彼の四肢に巻き付いた根は、凄まじい力で引き千切られていた。

 ぶちぶちという、(いや)な音が聞こえている。


「──逃げてもらっては困りますね」


 穴から、彼を追うように姿を現したジークが振るうのは、黒く輝く片刃の剣──刀身の黒い日本刀だ。

 

 黒銀の一閃は、残像になって残る。

 一度、二度。鮮血を舞い散らせた斬撃は、三度目で()()()()()()()()。 


「うッそ……!」

「っく……」


 刀身を掴まれ、動けないでいるジークの元へ、アテの外れたシキミの両足が落ちる。

 慌てて軌道をずらせば、着地の軸がブレて地面に打ち付けられた。


「大丈夫ですか……!」

「っうぅ……無事です……!硬いのでっ、これ!」

『あんまり手酷く扱うと壊れッちまうぜ〜?』

「ごめんてばっ」


 小さな瓦礫を零しながら、立ち上がったシキミの視線の向こう。

 まるで死神の鎌とでも言わんばかりの巨大な戦斧(バトルアックス)が、その凶悪な姿を光の下に晒していた。


「う〜ん、こりゃ俺も出ないとかぁ?」

悠長(ゆうちょう)なこと言ってる場合かよ! シャウラ!」

「ハイハイ、頑張りますよって」


 よっと、と軽い掛け声と共に、巨大な質量が振り下ろされる。

 しかし、その一撃も素早い動きで(かわ)され、シャウラの攻撃は、地面に大きな穴を一つ開けるだけに留まった。


「ハァ? はっや」

「ッ不味いです、街に出られたら洒落(しゃれ)になりませんよ──!」

「させませんっ!!」

『神器様ナメんなよ〜?』


 酷く楽しげな神器(スメラギ)の声を合図に、どこから湧き出したのか、六角形の粒子がシキミの背後に像を作り出す。


『──噛み殺してやるよ』


 狼の頭蓋骨のような獣の(あぎと)が四つ。硬質な輝きと質量を持った()()が、街へ出ようとしているのか、身を(ひるが)して逃げようとするエイデンの後を追う。


 見た目に大きな変化はないのに、こちらを見つめた、爛々と輝く双眸(そうぼう)と荒い息が、なんだか「ヒトから外れたナニカ」を思わせれば、背筋に()と冷たいものが伝った。


 ──あの目の奥に、何か恐ろしいものが潜んでいそうで。

 困惑と恐怖に濡れた瞳の、何かを言いかけた彼は消え失せていた。


 気持ちを落ち着けるように、深く息をすれば、また()()()()が襲ってくる。

 自分が自分でなくなるような、薄まるような感覚。

 吐き出す息に、自分が流れ出てゆくような。


 不思議と研ぎ澄まされる五感は、その奥で確かに男を捉えた。


「──そこッ」


 金属の軋む唸り声と共に、赤い(あぎと)がエイデンの元へと襲いかかる。


 四肢を押さえつけるように飛んだ、四つの頭。

 ガチン、と金属の噛み合う音がして、飛び散る鮮血が青い空を(よご)した。


 動きを封じられたエイデンは、空を浮く四つの獣の首によって、不思議なオブジェであるかの様に(はりつけ)にされ、藻掻(もが)いている。


「が……ァ……!────!!」

「逃がすか──!」


 地を蹴れば、身体は弾丸の様に空を切る。

 両腕を前に。──それは殺すためではなく、捕縛の一手。


 向かい合う、私を見つめる瞳の中に、一体私は何を見つけられるだろう。最早一片の理性もないのなら、きっと私はこの人を殺す。


 ──ころす。


 冷たい金属が覆う手のひらの向こうに、折れそうな首の感触が伝う。

 掴んだ勢いのまま押し倒せば、巻き上げられた土埃が、再び視界を(おお)った。


 仰向きに倒れ込んだ男に馬乗りになって、四肢を着き、荒い息を吐くシキミのその有様は、何処か獣じみている。


 自分の背後、地面の男に向けて突きつけられる刃と、慣れ親しんだ人の気配がする。きっと、ジークさんたちだ。


 何度か空気を押し出して、(ようや)く、膜がかった意識が晴れてゆく。

 じわじわと戻ってきた感覚に、押さえつける腕が震えてきた。


 ──怖い。


 あの目、振るわれた腕。シキミの命など容易く刈れる。他ならぬ命のやり取り。

 森で獣を殺すのとは違う。人の形をした生き物との闘い。


「か、くほ」


 ピタリと動きを止めた男──エイデンは、シキミの(もと)で、既に事切れていた。


「大樹の抱擁 (アルリガーティオ)」

木の根で相手を拘束する魔法。初歩的な技だが、込める魔力や使い手によって、その効力の良し悪しが変わる。


顔のいい男が日本刀持ってるのが好きすぎてごめんなさい。(懺悔)(謝罪)(性癖)


ここまでバチバチの戦闘回はじめてでは???当たり前のように難産でした。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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