62.曰く、最大の防御。
何処か遠くで悲鳴が上がる。
それもそうだ、だってここは店の中。貴族たちの集まる高級店舗の只中で、突然起こった爆発のようなもの。悲鳴が上がらない訳がない。
無残に砕かれ、穿たれた壁が、背後でガラガラと音を立てて崩れた気がした。
私を押さえつけたのは多分、隣にいたジークさんで。
地面にひれ伏すようになった私達の前に展開されていたのは、六角形を組み合わせた、蜂の巣を思わせる盾だった。
「堅牢の盾…………」
「〜ッぶねぇ〜!!!」
赤髪が、風に煽られて揺れる。獣じみた蒼の瞳孔がぎょろりと、這いつくばるシキミを見下ろした。
チラと隣のジークさんを見れば、これは? という顔をしている。
精霊は見えないはずだから、この半透明の六角形は何ですか? ということだろう。
「ぽ、ポーチに入ってた、武器です」
「使えますか?」
「多分……」
何かを言いかけたジークは、盾の向こうを睨みつけると口を噤んだ。
煙の向こうから、ゆらりと人影が現れる。
ふらつき、今にも崩折れそうなシルエットは、もはや人ではない何かを思わせた。
慌てて身を起こせば、視野は広がれど視界は不明瞭のままだ。
「あ、れ……エイデンさん……?」
「恐らくは。でも、こんなに突然、何故──?」
苦痛に満ちた悲鳴のような、獣の呻き声のような、形容し難い咆哮が地を奔る。
「ジーク! 聞こえる!? 魔力暴走よ!」
「ハァ!? 暴走するほど魔力持ってなかっただろォ!?」
「一気に魔力がハネ上がりやがった……オイ優男! 魔族並みだぜ!」
煙に巻かれて見えないが、どうやら皆無事らしい。
方々から掛かる声は、焦りを含みながらも冷静だ。些か上ずった声が、起こるであろう戦闘への興奮を見せる。
「──ッこれは、もしかするともしかするかもしれませんよ……!」
仲間の声を聞いて、ジークの顔が僅かに歪む。
いつもは飄々と、笑顔でモノゴトを処理してしまう彼の、珍しい──多分、シキミが見るのは初めての顔。
「ジークさ──」
「シキミ。戦えますか──その武器で」
名前を呼ばれて、思わずドキリと心臓が跳ねる。
初めてだ。こんな、こんな場所で彼は、初めて私の名前を呼んだ。
「ッ……はいっ!!」
なんで今なのか、とか、どうして呼んでくれたのか、とか。
そんな疑問は、シキミに認知される前に霧散した。
柔い黒曜石が、下がる眦の奥で微笑う。
背中を少しは預けてもいいって、そう思ってもらえた気がする。
ああ、本当にそうだったらいいのに。私の思うとおり、彼もそう思ってくれたならいい。
「……堅牢の盾! 力を貸してッ」
「任せな、俺様のマスタァ」
堅牢の盾──名の由来はその頑丈さから……だけではない。
最強の盾。最強の防御。──それ即ち
『攻撃は最大の防御ってなァ!』
スメラギの姿は掻き消えて、眼前に展開されていた盾は細かい粒子となって渦巻く。
薄赤い粒は空間を泳ぐように流れ、シキミの両手足を覆い始めた。
まるで外殻のように形成される、肉食獣の四肢を模したような鎧。
鋭い爪の付いた手甲が肩まで覆い、鉄靴も何やら爪のある、獣じみた形でシキミの足へと収まった。
細かい、細かい六角形が合わさり、やがてその継ぎ目は消え失せる。
燃えるような深紅──まるでスメラギの髪のような色の武具。
ギリ、と踏み込んだ足が、柔らかな絨毯を掻き削った。
テンションが上がるに任せて書きました。
いつ呼ばせるか、それはずっと迷ってたんですが……ここに来てジークさんが勝手に呼び出したので彼にお任せします。
ここまで読んでいただきありがとうございました。





