60.曰く、プライドとプライド。
王都『オーレン』
冒険者の街アズリルを含んだ、いくつかの都市を抱える一大国家。アウルム国の中心部。
多くの王侯貴族達が住まう貴族街の、その外周をぐるりと囲うように数多の高級店舗が並んでいる。
馬車を降りて数分。
シキミ達の目の前に現れたのは、硝子張りのショウウィンドウと、その向こうに並べられた宝石たちの輝きだった。
こんな全面に渡る硝子で安全性は大丈夫なのか、と思うのだが、聞けば防犯系の魔法が何重にもかけられているらしい。ここまで厳重なのはなかなか無いわよ、とエレノアが瞳を輝かせていた。
庶民派のシキミは溢れ出る高級感に耐えられず、陽光眩い白亜の城──と見紛う店舗に目を回している。
一職人がこれほどの物を作り上げた、というその凄さは、なかなか筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。
店舗の中に足を踏み入れれば、明らかに貴族ではない風体の集団に、冷ややかな視線が突き刺さる。
着飾った淑女達の目が、ジークやらテオドールやらシャウラやら、顔のいい男に移った瞬間僅かに緩み、そっとその頬を染めたのは見なかったことにした。
エレノアは、紳士達の熱のこもった視線を完璧に無いものとして扱っているらしい。チラとも視線を寄越さない。
困り顔で近づいてきた店員に、ジークは涼しい顔で、かくかくしかじかと諸事を説明しだした。
「──これを見せれば、わかっていただけるでしょうか?」
シキミの手からジークの手へと、既にその居場所を移していたカメオが、黒い手袋の上に鎮座している。
小首をかしげ、微笑んだ黒衣の男。その手のひらに転がるカメオは、見る人が見ればわかる先代の品──その一級品。
お得意様が、所持していた一品。
「リーンハルト……様の」
「お話が早くて嬉しいです。お使い──なのですが」
「ッ……確認、いたします……!!」
暫しお待ちくださいと言い置いて、青年は焦りながらも優雅にという妙技で以って店の奥へと姿を消した。流石一級の店舗である。
店員が姿を消し、庶民の瑣末事など、と興味を失った客たちの、静かなざわめきが戻って来た。
何故か詰めていた息を吐き出せば、シキミにも店内を見回すだけの余裕ができていて。大きな硝子窓から差し込む日の光によって、その輝きを一層強めた宝石達に、いつの間にか目を奪われていた。
柔らかい絨毯張りの床は、柔らかすぎて歩いている感覚が無い。まるで雲の上にいるようであれば、これが雲上人の暮らしかと、憧れだか呆れだかの入り混じった溜め息が漏れる。
マントを引っ張ればついてくるのをいいことに、ジークを伴ってショウケースの中身を覗き込む。
チラチラとこちらを突き刺す視線は、すぐにジークの顔へと吸い込まれてゆくのだから、彼は酷く性能のいい視線避けと化していた。
シキミが纏うのは、如何にも「初心者冒険者、平民で〜す!」と言わんばかりの軽装備。性能はともかく、見た目は飾り気のないシャツにスカートだ。
そこかしこに飾り立てた美しい女性たちがいるのだから、いくらシキミでも気後れの一つや二つはする。
軽蔑を含んだ視線は、届かないほうがありがたい。
視線の先、硝子に守られたきらびやかな石には、一体何が込められているのだろう。
属性付与もされないような、綺麗なだけの石。そんなものに、金貨が何枚も注ぎ込まれ、そしてそれは貴族たちの武器になる。
ただの平民には考えも及ばない、意地と見得と面子と誇りの戦い。
毎日がダンジョン攻略みたいなものなのかなぁ、と若干ズレた事を考えていれば「欲しいものでもありましたか?」と声をかけられた。
「…………へ?」
「ずっと見つめているので、欲しいものでもあるのかと」
微笑む彼は、きっと「欲しい」と言えば惜しげも無く金貨を差し出すのだろう。何でもないもののように。──だってこれは、ただ綺麗で高いだけの石だから。
「……属性付与、できないでしょう」
「無理でしょうねぇ」
「それなら、私なんかには相応しくない、不必要なものですから。……見るだけでいいんです」
これをつけて戦えるのは貴族たちだけで、私ではない。
じゃあ今度、この前渡した鱗で何か作りに行きましょうね、という言葉に、シキミは「私達やっぱり冒険者ですね」と笑った。
いつの間にか総合が1000pt超えてました………ッッッ!!!
まじで六十話も書けたのは皆様のおかげです!
私ができるお礼は、このお話を書き続けること。
と胸に刻み、これからも頑張ります。
このお話を最後まで見守っていただけたら嬉しいです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。





