56.曰く、密談。
不思議な色合いの、魔法の焔に照らされた階段の奥。
地下には、上階の半分ほどの大きさの空間が広がり、もう一つのバーカウンターが据え置かれていた。
上階と同じように、橙のダウンライトの中で、ぼんやり浮かぶ木のテーブルの向こう。
入ってきたときと同じように、マスターの定位置についた彼は、にやりと口元を歪めると四つのグラスを用意しだした。
「座って、情報はこれから用意するから」
「おや、代金交渉からじゃないんですね」
「バカ言え、あんなの見せられて金取れるか? リーンハルトから金取るから、いいよ。アイツの依頼だし」
そんで、とカウンターに置かれた、透明な瓶。
雫形の胴に長い首。どことなくフラスコを思わせる形だが、金や銀のあしらわれた、その装飾の繊細さには目を見張るものがある。
蓋の部分には、平らな硝子が螺旋を描くように、緩く捻って付けられていた。
琥珀色の液体が、その小さな瓶の中でちゃぷんと波打つ。
「コレが情報な。度数は?」
「低めでお願いします」
「甘さは?」
「甘めで」
「ん」
どうやらシキミの好みに調節してくれたらしい。意外な優しさに少し驚いて隣を見るが、橙に照らされて柔く微笑む彼の視線は凝っとマスターに向けられたままだ。
と、いうか。液体が情報とは一体どういうことなのか。
しかし、そんなシキミの愚にもつかない疑問は、目の前で起きた事によってあっけなく霧散することになった。
かちゃ、と硝子が擦れる音がして、瓶の蓋が外されると、蓋から伸びた硝子の棒が、液体を引き連れて飛び出したのだ。
そのまま、まるで魔法使いのように──というか魔法なのだろうけれど。橋を渡すように弧を描いた棒の軌跡を辿るように、琥珀色がシェイカーの銀色へと落ちてゆく。
ボトルがいくつか並べられると、彼の振るう棒に合わせて液体たちが空を舞う。
それはまるで指揮をするようで、音のない一曲がシキミ達の眼前で紡がれてゆくような、幻想的な光景。
シェイカーの蓋を締め、何度か振るうと、シャカシャカと軽妙な音が鼓膜を叩く。
かくして、四つ揃えられたカクテルグラスに、注がれたのは山吹色。
目にも鮮やかな、美しい逆三角形がずらりと並べられた。
「美味しい情報をどうぞ? ……消えないうちにな」
慣れたようにグラスを手に取る三人に一拍遅れ、シキミもグラスを手に取る。
ちらりと横目で盗み見た、美しい人が美しいものを飲む光景。これだから美男子は、と心中で盛大に罵りながら、シキミも彼に倣い、手にした情報を一気に煽った。
「……ん゛ッ!?」
口をつければ流れ込む液体の、甘い果実の香りが舌を覆う。
鼻を抜けるアルコールの匂いと、喉を滑り落ちる柔らかな熱さ。
──そして、脳裏に浮かぶ情報の文字列。
それはまるでステータスを思い浮かべるような既視感で以て、一瞬の内にシキミの脳内を駆け巡った。
死んだ宝石商の──顔、名前、その他各種個人情報。それから、事件についての詳細。そうしたものが、まるで最初から知っていたかのように、明瞭に浮かぶ。
突然の情報の氾濫に、くらりと目を回してしまいそうだ。
「ん〜? どうだ、初体験だろ」
ぐ、と身体を乗り出した彼の、白い指がシキミの頬を滑る。
耳元に吹き掛けられた吐息混じりの「キモチイイ?」という声と共に、口元に至った指が、そっと唇をなぞっていった。
「……ッ!!?!?」
突然ぶつけられたオトナの色香に、酒のせいではない熱が駆け上がる。
彫像のようにフリーズしてしまったシキミを見て、少年の瞳の赤が、その色を濃くしたような気がした。
「……マスター」
「ん?」
「あまり、揶揄わないであげてくださいね」
結構純なので、とジークの窘めるような声が、少年のそれ以上の動きを阻害した。
「あっは、ジョーダン。ま、久しぶりの反応が見れて俺は満足」
ぱっと離された身体と共に、シキミの止まっていた呼吸が、緩やかに再開され始めた。
「ま〜! 悪趣味ねぇ。私にはやってくれなかったくせに」
「クソほども動じねぇのわかってンのにやるかよ。こういう反応アンタにできるワケ?」
「あら? 今から試してくれてもいいのよ?」
「わざとらしいの、俺は嫌いだね」
「どうせなら俺にもやってみろよ」
「は? 野郎にやる馬鹿がドコにいんだよ馬鹿。倫理観死んでる奴は常識も死んでんのか?」
冗談による冗談の応酬。賑やかな三人の横で、シキミの心臓だけがマラソンをしている。
ちなみにテオドールの倫理観が死んでいるというのは初耳なのだが、本当だろうか。
「大丈夫ですか?」
「ひぇ……は、はい! 無事です……?」
「元気そうで何よりです」
気分は? と聞かれ、最高です!? と答えられるのだから、まだまだ元気である。
黒い瞳が、確認するように覗き込んでくるのが気恥ずかしくて、シキミはそっと目を逸らす。
「……まぁ、冗談はさておいてさ。ちゃんと受け取ったか?」
「はい。しかし随分と少ないですね」
「途中で打ち切りみたいになったからなぁ……元からそう大して集められてもいなかったんだよ」
だからこれが今出せる最大限、と空になった硝子瓶が振られる。
どうやら彼の「情報提供」は、文字通り酒に交えて渡されるようで。情報の液体化とは、なるほどどうして「情報屋」向けの魔法があったものだ。
「ってコトで俺の役目はお終い。フツーの飲んでくなら上で作るぜ」
商売上手なマスターの言葉に「良いなぁ!」と湧く酒飲み共に囲まれて。今朝の二日酔いは一体どこへ、と遠い目をしたシキミだけが取り残された。
キャッキャッ(作者の喜ぶ声)
話の流れ的にはこんなことになるはずじゃなかったんだけどなって感じなんですけれども、まぁ彼らは割と勝手に動くのでいいかなと思ってます。
ここまで読んでいただきありがとうございました。





