55.曰く、カフェ・バー『箱庭』。
壁に空いた四角い穴。
その向こうから僅かな光が漏れ出して、かすかな音楽が聞こえていた。
少し腰を屈めないと、頭をぶつけてしまいそうな程の高さ。その入り口を、四人は順番に這入っていった。
まるで秘密基地みたいだ──とは、シキミの得た第一印象である。
テーブル各々に揺れる蝋燭の火が、シキミたちの影を何重にも写し取る。
薄暗い店の奥、オレンジ色のダウンライトに照らされて、バーテン姿の少年が、一人グラスを拭いていた。
「……いらっしゃいませ」
視線だけを寄越した彼の、覇気のない声が静かな店内に響く。
丸い銀縁眼鏡の向こうから、黒緋色の瞳が覗いて、値踏みするかのようにシキミを視る。
銀の細いチェーンが、彼の頬を滑っていった。
「見慣れない顔だな。ソレも拾い物か?」
「お久しぶりです、マスター。……拾っちゃいました」
ジーク達は何の躊躇いもなく、まっすぐと少年の前へ向かっていき、鳩ノ巣よりもオシャレに仕上げられたバーカウンターへ腰を下ろしてしまった。
そりゃあ、常連だというのだから慣れているのだろうけれど。
慣れぬシキミはぎこちなく、チラチラとマスターを窺いながら腰掛ける。
「で、何を?」
「カメオを」
促されるまま、シキミはインベントリ──を重ねた巾着から、例のカメオを取り出してみせた。慣れたものだ。
「見せればわかると、お伺いしました……!」
シキミの差し出したそれを、蝋燭に揺れる赤い瞳が凝っと見つめて、彼は一言「驚いた」と言った。
「へ……?」
「見ればわかる……と、言われてはいたが。まさかあいつがコレを手放すなんて、と思ってな」
「や、やっぱり大事なものですよね……?」
「彫られてる顔」
黒い地に浮かぶ、美しい少年の横顔は、あの天使君に似ている。
どこか夢見るような、遠い瞳。浮かぶ微笑は絵画に描かれる天使と同じ。
慈愛と、悲哀に満ちた顔。
「あ、やっぱり天使君……?」
「あー……。まぁ、言いたいことは伝わる。間違ってねぇし」
失くしたらブッ殺されるぞ、と脅され、シキミの頬が引き攣る。
私の代わりに持っていてほしいなぁ、という願望を込めた視線は、ジークの穏やかな拒絶の笑顔で一蹴された。
「ここにわざわざ顔を出した、ってことは、少なくとも話を聞くつもりはあるってことだな?」
「まぁ、そうですね。乗りかかった船ですし、他にやることと言っても……」
「ダンジョン行くぐらいだもんなァ…………」
「生業とは言えちょっと飽きるわよね。流石に」
「生業にエンターテイメント性求めるのってどうなんですかね??」
「あら、仕事は楽しい方がいいでしょ〜?」
仕事は選べるものなんだ……、という妙な感慨と勢いに押され、シキミは、それもそうですね! と勢い良く頷いた。
──それが圧倒的強者の理論展開であることに、彼女はまだ気がついていない。
「新しいのが入っても変わらねぇな」
「そうでしょうか? 変わったような気がしてました」
「ンな簡単に変わるかよ。ま、やりやすくていいや」
カウンターの向こう、壁にずらりと並べられた色とりどりのボトル。
その内の一つ。何でもない物のように、少年が手を伸ばした薄緑色のワインボトルが、壁の奥へと押し込まれた。
「……ようこそ、オキャクサマ」
絡繰り仕掛けの店内は、誰にも言えない、秘密の話にうってつけだ。
壁の奥、何かが軋むような音がして、暫く。
何かが外れたような音の後、壁に真っ暗な──それはまるでこの店の入り口が、もう一つ店内に現れたような──四角い穴が姿を見せた。
その闇の奥に揺れる、橙と翠の妖しい炎が、地下へと続く階段を朦朧と照らし出す。
「どうぞ奥へ。特別なカクテルをご用意します」
にぃ、と弧を描いた瞳に浮かぶ弑逆的な色。
裏社会を生きる人間の凄みに飲まれ、シキミはただ、蛇に睨まれた蛙のように体を硬くした。
彼ら(ジークたち)が裏社会で遊び歩いてる間に、他の冒険者たちは身を粉にしてモンスターと戦ってるんだよなぁ…………。
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