53.曰く、二日酔い地獄。
なんだかとんでもないものを渡されてしまったなぁ、というシキミの、後悔にも似た溜め息が珈琲の香りに溶けてゆく。
日に照らされた少年のカメオが、シキミの手のひらで薄っすらと透けて光っていた。
「それはもう、あなたにあげるわ」と、そう言った彼の意図が、どうも掴めない。
これを見せれば教えてもらえる──それはつまり、これが一体誰からのものか、わかる人にはわかるということだ。
名刺とも言うべきそれを他人に渡すということは、リーンハルトの名を使っても良いと言うことと同義。その名を使って行われる、あらゆる事に責任を持つ──ということでもある。
こっそりとインベントリを呼び出して、半透明のディスプレイに楕円のブローチを落とし込む。
表示された「リーンハルトのカメオ」という、あまりにもそのままの名前に小さく笑いが漏れた。
昨日は結局、鳩ノ巣のカウンターで飲んでからそのまま眠っていたらしい。ぐうと伸びをすれば、うつ伏せで丸まった背が、バキバキと凄まじい音を立てて目をさました。
何かが背中を滑り落ちる感触がして、床を見てみれば見覚えのある黒い布の塊が、カウンターチェアの一本足にまとわりつくように落ちていた。多分、マントコート。
「ジークさんのじゃん……」
慌てて手に取れば、ややずしりと重さを感じる重厚な作りのそれ。埃を払うように叩いてみれば、光を反射して細かな模様が浮き出した。
隣では頬杖をついて目を閉じた、彫像のようなジークの姿が朝日に神々しく照り映えている。
その両肩に、いつものマントコートは無い。
あんまりにも美し過ぎるのは、時として視覚の暴力だよなと勝手なことを思いながら。シキミはそっと、コートを持ち主の肩へと戻してやった。
「……おはようございます」
長い睫毛が瞬いて、真っ黒な宝石が顔を出す。
少し気だる気に、眦が優しく下がっている。
「わ、びっくりした! ……おはようございます。二日酔いですか?」
「うーん……気分は悪くないです」
「気分は、って……。二人とも潰れてますよ。いつまで飲んでたんですか」
「ちょっと昔話に花が咲いてしまって」
カウンターの奥、厨房から顔を出した女将さんが、呆れたように果実水を差し出した。
柑橘系の香りが、爽やかな目覚めを連れてくる。
シャキッと目を覚ませということだろうか。シキミも一杯強請れば、グラスの中にはオマケとばかりに、輪切りのオレンジが一枚浮かんでいた。
ジークの右隣にはエレノアが。シキミの左隣にはテオドールが、飲みかけのグラスを片手に、死んだように眠っている。
起きてから苦しむ、二人のさまが目に浮かぶ。
ふと、隣のジークに目を向ければ、栄養ドリンクとばかりに回復薬を一本空けていた。シキミは、縹色の液体がガラス瓶の中で、その体積を減らしてゆくのを呆然と眺めるしかない。
回復薬といえば、言わずと知れた冒険者の命綱。
たかが酔いを覚ますためだけに回復薬を空ける男の話など、聞いたことがない。──いや、聞くほどこの世界にいないという事は、この際置いておくとして──ドン引きした。
「もうお昼どきですかね。随分眠ってしまいました」
「本当だよまったく。酒仕入れたってすぐ無くなるんだから」
「それは……すみません。美味しいので、つい」
流石の慧眼ですと笑ってみせる男の、人を誑し込む力とは恐ろしい。
仕方ないねぇ! とちょっと満足げな女将さんは、エレノアとテオドールの掴むグラスを引っこ抜くと、鼻歌交じりに厨房へと消えていった。
「ん……ん゛……何……? 頭痛いぃ゛……」
「イ゛ッ…………」
女将さんによるグラスの強奪──という外的刺激によって、半ば強制的に目を覚ました二人の、哀れな呻き声が木霊する。
Aランクの苦しみ悶える姿は、こんなにも簡単に見られるものなのかと、少しばかり失礼な事を考えた。
「二人とも大丈夫ですか? 今夜は『箱庭』に行きますからね、準備をしておいてください」
「……い゛、今ソレ言うか……??」
「……朝日が眩しい! 死んじゃう! 私は朝日で死ぬのよ!」
「エレノアさんもうお昼です」
屍山血河、死屍累々。
阿鼻叫喚に始まった一日は、なんだかんだでいつも通りの毎日で。
回復薬をがぶ飲みするAランク達に、シキミは小さく苦笑した。
私が死屍累々です (レポートは悪い文明)
今更ながら先日(2019/01/13)本作「第一話」の大幅改定を行いました。
書いたり足したりって感じです。
話の流れ等に影響は当然ございませんので、ここまで継続してお読みくださってる方は "気が向いたら" 覗きに来てください(笑)
お力添えいただいた皆様、ありがとうございました。
改定後の一話からお読みくださっている方も、ここまでお読みいただき誠にありがとうございます……神様 (やめろ)
引き続き本作をよろしくお願いいたします!!!
ここまで読んでいただきありがとうございました。





