52.曰く、夜も更け、徒然。
意外ねぇ、と唐突にポツリと零したエレノアのその声を、ジークはしっかりと拾っていた。
「何がですか?」
「意外と大事にしてるのね、と思って」
「姐さんを一番弟子、俺を二番弟子にすんなら、三番弟子として認められたってとこか?」
妹分が増えるのは喜ばしいことだな、などと調子のいいことを言いながら煽るジョッキはもう十杯目。
飲む寝る食うと喧々諤々の議論の末、結局飲み食いに回った彼らに巻き込まれた三番弟子は、よっぽど疲れていたのか数杯飲んだ所で落ちた。
カウンターテーブルへ突っ伏したシキミの隣、悠々と鯨飲馬食を極めるテオドールを横目で見ながら、人の事を言えないぐらいに積まれたグラスは見ないことにした。
彼らを拾ったときのことは、ぼんやりと覚えている。
あんまりにも長く独りで居すぎて、人恋しくなったから──というよりも、正直生き物なら何でも良かったとは思わないでもない。
あの時偶々通りがかった裏路地で蹲り、細い手足を震わせて、美しい瑠璃の瞳を曇らせていたエレノアを拾ったのは、もう十五年程も前の話だ。
生き物を傍に置いておきたくて拾って、いつの間にか仲間と呼べるほどには成長していた。
「エレノアはこんなに小さかったのに……あっという間に大きくなってしまいましたね」
「なんでちょっと残念そうなのよ!?」
「大人になってちょっと憎たらしくなってしまったな、と」
「俺は?」
「もうちょっと大人になってください」
そう言われたテオドールは、我儘だなァと声を上げて笑う。
とっくの昔にジークの背を抜かすほど大きくなった彼も、十年程前にスラムのゴロツキに混じっておいたをしていた所を拾った子だ。
殺してやると全身に殺意を滾らせて、荒削りながらも美しいナイフさばきを見せてくれたのが懐かしい。
あんなに鋭かった灰褐色の瞳は、年を経てだいぶ柔らかな光を湛えるようになってきた。
「三番弟子ちゃんはどうなのよ。見捨てなかったんだから、お眼鏡にはかなったの?」
「お眼鏡に、というか………まだ、わからないことのほうが多いですけど」
「何よ、私達だって素性わからないじゃない。未だに」
「十年も見ていれば流石に信頼の一つや二つはします」
「何だ? 結構ゴネんな」
「レベル以外が見られなかったのが気になって……」
最初の邂逅から、隙を見ては何度かステータスの閲覧を試みていた。
人間の可能性と、その本質を垣間見させる「ステータスの閲覧行為」は、そうそう誰にでもできるものではない。
「見られないのは初めてなので、ちょっとびっくりしてしまいまして」
「いやお前ビックリってタマじゃねぇだろ……」
何度見ようがレベルは1。
実力不明、当然のように素性も不明。
エレノアやテオドールは八歳だの十二歳だのとまだまだ子供の頃に拾って育て上げたのだから心配のしようもないが、彼女はもういい大人──に見える。
せいぜいが十八に見えるかどうか。言動こそ幼いがそれはそれ、これはこれ。
大人として扱われるような年であろう少女が、自分のあずかり知らぬ場で、一体どんな面倒事を縁として抱えているかわかったものではない。
それ以外ではどうか、と言われると──今となっては大して気にはならなかった。
最初こそすわ魔王か勇者かと警戒したが、その考えは日を重ねるにつれて徐々に薄れ、今は跡形もなく消えている。
この前彼女が袋から出してみせた武器だとて、強いかと言われれば頷くが、脅威かと言われれば首を捻る。
「…………あ、結局俺、面倒事が嫌なだけみたいです」
「は? なによそれいつものことじゃないの」
「どう考えても俺らほど面倒じゃねぇと思うんだけど……???」
ステータスの不明も、素性の不明も、ジークにとっては然程気にするものではない。
ジークの恐れるものは「面倒」と「魔王」その二つ。
「まぁ、慌てて "彼女を返せ" と言ってしまったのは事実ですしね」
「結構慌ててたわね〜。ペット取られたみたいな顔してたわよ」
「そこで大切な人の命が……! ッつー顔をしないのがジークだよなぁ」
また一つ、空いた酒瓶が数を増やせば、酔いどれたちが賑やかに鳩ノ巣の夜を明かしてゆく。
「今更手放すにも情が湧いてしまいましたから」
伏したままピクリとも動かぬ不思議な少女の肩に、ジークは己のマントコートを優しくかけてやる。
いっそ街の人よりもひ弱そうな細い背は、黒い布に包まれて小さく上下していた。
「また暫く様子見です」
「素直じゃねェの」
「慎重なんだか意地っ張りなんだか……」
慎重なんですよと微笑んだジークの手が、一度だけ、眠るシキミの背を優しく撫でる。
どこか懐かしさを感じさせる、この少女も二人のような、手放し難い仲間になったりするのだろうかと、少し酔った頭の中で、そんな未来を夢想してみた。
思いっきり個人の都合で投稿が遅れておりますすみません…………!
ジークさんたち三人の会話がすごい好きです。
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