50.曰く、幽霊屋敷の顛末。
※ちょっとだけグロっぽい発言があります!
「白銀の糸が動いてたのね。……最近幽霊屋敷を探っている連中がいるらしい──ぐらいの話は把握していたけど。なるほど道理で情報が集まらないわけだわ」
厄日ねぇアンジュ、と両手を上げた彼は困ったように笑う。
その後ろからゆらりと、瞳に刃物のような輝きを湛えたジークが姿を表した。
彼が私にしていたように、彼の首に小さなナイフを押し当てながら、酷く静かな声が夜明け色の男を問い詰める。
「あまり見かけない顔ですね。はじめましてかもしれません」
「冗談じゃないわ、そうそう顔見知りになられても困るわよ」
心底困ったとでも言いたげな重い溜め息を吐く彼のその態度は、この状況にあって一切の動揺を見せなかった。
血の跡も生々しい部屋の手前、その入り口にへたり込んだシキミは、遥か頭上で行われている緊迫したやり取りを訳も分からないまま眺めているしかない。
ふと、お姉さんごめんね、という小さな声が落とされて、シキミの首にはまた銀色の輝きが添えられた。
どろりと首を伝うのは、多分部屋の中で横たわっているアレのものなのだろう。あの惨劇は夢幻の類ではなかった──そんな当たり前の事実を肌で感じ取って、ぞわりと肌が粟立つ。
「──りんから手を放して、お兄さん」
「アンジュ」
「……だって、りん」
「強い人とまともに勝負しちゃだめよって教えたでしょう?」
だってもう背後は取れないし、毒も使えないし効かなさそうだし、お姉さんしか使えなさそうだもの。
ねえ? と同意を促されて、シキミは小さく首を傾げた。
「──効果あります?」
「……。まあ、そこそこに」
「覿面であってほしいという我儘は言わないのでせめて間は無くしてほしかったッ……!」
普段の扱いの程度が知れるわね。大丈夫お姉さん? という二人の憐れみを多分に含んだ言葉に頭を抱えたシキミと、彼女を助けに来たはずのジークたち。
両者挟んだその間に、妙に緩んだ空気が流れれば、誰からともなく武器を下ろし始めた。
「なんかなァ……ピリピリするのが馬鹿らしくなるッてのも……どうなんだろうな……」
「一種の才能よ、頑張って伸ばしましょうね!」
「エレノアさんその微妙な慰めやめてもらってもいいですか……」
差し出された手に捕まってゆっくり腰を上げれば、天使君の申し訳なさそうな瞳とかち合った。
ごめんなさいと無言のうちに訴えてくるその視線に、大丈夫だよと微笑み返してみれば、花の蕾が綻ぶような笑顔が咲く。
「ほら、アンジュ。風邪をひくわ」
そう呼ばれて、母鳥の下に集う鴨の子のように一目散にりんさんの下へと走り寄った彼は、あっという間に抱え上げられ、彼のコートの中へと包み込まれてしまった。
「えっ、と。お二人は一体どんな理由でここに…………?」
チラチラと視界の端に映り込む一人分の肉塊を見ないようにして、ともすれば引き攣りそうになる頬を抑え抑えて尋ねてみる。
下手をすれば、次にあそこに並ぶのは私だ。
「私達は何でも屋。お金さえ貰えばなんだってするわ」
まぁ大概は汚れ仕事よ、と彼は笑う。
「大金支払ってまで他人にやってもらいことなんて、後ろめたくて穢いものに決まってるでしょう?」
「そりゃそうですけども……」
聞けばここは彼らの「狩り場」──つまりは屠殺場。
更にわかりやすく言えば、ターゲット殺害用の隠れ家であるらしい。
時折聞こえていた悲鳴はどうやら彼らの仕業のようで。となれば依頼の達成への道筋は、幽霊をどうこうするよりよっぽど単純明快だ。
「その、大変申し上げにくいんですが……怪奇現象……悲鳴が響く原因の排除が依頼なんです……」
「あら、そう。残念ね、いい狩り場だったのに」
何れにしろ、バレた以上使い続けるのもちょっとね、と自称 "何でも屋" の彼は「他にいい場所知らない?」と呑気に聞いてくる有り様。
このまま衛兵に突き出されるとは露とも考えていないのか、突き出されても逃げられるという打算と自信があるのか。
黒いコートに包まれた天使君に至っては「もう眠くなっちゃった」と大きな目を蕩けさせるという危機感のなさ。さっきまで血にまみれていたとは思えない飄々としたその態度は、徹頭徹尾崩れも揺らぎもしなければ尾も出さない。
「……ここの事件のことは、私達も少し調べていたのよ」
「どういうことです?」
「いろいろお世話になったことが、何度かあるの」
「いろいろ」
「あら、長生きしたいなら詮索はおすすめしないわ」
「記憶から消去しましたので安心シテクダサイ」
如何にも裏社会に潜む悪役らしいその言葉に、シキミは素直にドン引きした。
今の所、世界で一番関わりたくない。誰だってミンチで人生を終えるのは厭だ。
「そういう訳で、全くの他人というわけでもなかったから、こっちでも何度か調べたのよ」
それでも、衛兵たちが見つけた以上のものは見つけられなかったらしい。
「あまりにも不審すぎるのだけれど…………精神錯乱した彼は、強化魔法か何かを使って家族の四肢を切断、顔の皮まで剥いで、血の海を作り上げた。正気に返った彼は、自らの仕出かしたことに恐れ慄いて服毒自殺。それが、私達のつけざるを得なかった結論よ」
「付けざるを……えなかった」
「胸にわだかまりは残るけれど、そこまで深追いして結論を急がなければいけない案件ではなかった──って事よ。冷たいようだけれど、物事には優劣があるの」
わかるでしょ? と妖艶に微笑んでみせた彼の纏う、冷たい空気が肌を刺す。
朝焼けの柔らかい色の中で、ナイフのような冷徹さが見え隠れするようだ。
「ね、りん、この人たちに調べてもらうのはどうかな?」
そんな中。包まれたコートの中からひょこりと顔を出した、血まみれの天使が無邪気な提案を投げつける。
「わかって悪いことじゃないし、結論を急いで捨て置いたのは、手が足りないからでしょ?」
「ん……まぁ、そうね」
それも良いかもしれないわね。
ポツリと落とされたその声が、いかにも面白そうだと言わんばかりに小さく弾んで聞こえたのは何かの間違いでありますように、と虚しい祈りを捧げながら、やっぱり面倒な依頼だったなぁとシキミは自分の軽率さをそっと呪った。
冬休みが終わり、作者のもとにも期末テストという鬼の期間が迫ってまいりました。
テスト勉強及びレポートの準備等で今月は更新が遅れるかと思います。
何卒ご了承の上、今後もご贔屓によろしくお願いいたします……(なんの店だ???)
ここまで読んでいただきありがとうございました。





