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レベル1からやり直してこい!?  作者: 参星
呪われた宝石編
47/109

47.曰く、幽霊屋敷の徘徊。

※死体の描写あります!注意 (マイルドだよ)

 

「おばけなんっ、てないさぁ……」


 暗闇の中、踏み出す度にぎいぎいと軋む床板は、まるで悲鳴のように木霊する。

 幽霊が視えるという眼鏡は暗視の能力も備えているのか、薄緑に浮かび上がる世界はいっそ暗闇より怖い。


「お化けなんッッッて、うそぁぁぁぁぁやだぁぁぁ……!!」


 揺れるカーテン、勝手に開くドア。

 割れた窓から吹き込む風が頬を撫で、背筋が凍る。

 今ぎゅうと握りしめている布切れは誰のものか、わからないが離せない。


「そんなに怖がっていては、幽霊の方が驚いてしまいますよ」

「そう言われてもォ……!!」


 シキミとてわかっている。

 幽霊と名は付けども、要するに「死人の記憶」が現れるというだけで、特段怖がることはない……ということは、十も百も承知なのだ。

 では一体何が怖いのか──。


 死への本能的な忌避感か。

 ただ、闇が怖いだけなのか。


 いくら御託を並べたとて、怖いものは怖い。──そういうことだ。


「しっかし……原因の調査ねェ……。まずは悲鳴みたいな音がしないことには、噂の真偽もはっきりしないよなァ」

「そうですね、聞けば毎日悲鳴が響く──というわけでもなさそうですし、何日か通う必要があるかもしれませんね」

「────ッエ!? 今日だけでお終いでは……」

「ないです」


 エレノアの掲げる杖が朦朧(ぼんやり)と廊下を照らす。

 剝がれかけた壁紙に黒いシミが広がっているのを見る度に、ビクリと身体が跳ねてしまう。

 ずり落ちそうになる眼鏡を押し上げ押し上げ、いつ部屋の扉の影から髪を振り乱した女が飛び出してくるかと、震えた一歩を踏み出した。



 いつまで経っても買い手のつかない廃屋は、屋敷街のなかにあって一層異質だ。

 周囲の屋敷の持ち主達からは「いい加減撤去するか改装するかしてくれ」と、そうした類の苦情も多いらしい。


 ここで起こった凄惨な事件。


 話に聞いたところによると、この屋敷の持ち主は宝飾品方面で成功し、たった一代で財を成した大物だったそうだ。

 五〇代になってから娶った若く気立てのいい妻と、彼女との間には三人の子供に恵まれ、それはそれは幸せな生活をしていたらしい。

 パイプのための政略結婚が珍しくない金持ちの世界に在って、主人と妻は大恋愛の末に結ばれたと知られていたぐらいなのだから、彼らの仲睦まじさとはきっと相当なものだったのだろう。


 一家団欒(だんらん)の場だったのだろうか、足を踏み入れた大きな一室の暖炉の上。

 埃のせいか黒く煤けた煉瓦(れんが)の上で、仲良く寄り添った五人が、(ひび)割れた写真立ての硝子(がらす)の向こうで微笑(わら)っていた。


「いったい何があったんでしょうね……こんな幸せそうなのに、心中……。それもお子さんを巻き込んでなんて」

「さあね。事業に失敗して資金繰りに悩んでいたとも、奥さんと不仲だったからじゃあないのかとも言われているし。……いずれにしろ死人に口なし。真相は文字通り闇の中なのよ」


 この眼鏡で何か見られればわかるかもしれないけどね、と苦笑したエレノアは埃を払うように軽く杖をふるうと、歌うような声で「星よ(アストラ)」と呟く。

 途端、杖から蛍のような小さな光の群れが部屋の中を飛び回り、シキミたちをうっすらと照らし出した。


「幸せだったはずの一家は、ある日血だらけの状態で発見されたそうですよ」


 開業してからこの方、無断で店を休むなどしてこなかったご主人が、いつまで経っても店舗に出勤してこないのを不審に思った従業員がこの屋敷を訪れたところ。やけに静まり返った屋敷には、人の気配すらなかったのだという。

 怪しく思った従業員は近辺を巡回していた衛兵を捕まえ、屋敷内を探索。

 その結果、数人の使用人含め一家全員が一か所で血の海に沈んでいるところが発見された──。


 一つの光球がジークの顔の下へと漂い、その人間離れした美しい顔を恐ろしいものへと変化させる。


「主人以外は四肢を()がれ、顔の皮を剥がされており個人の判別は不可能。その時の濃い血の匂いは一か月もの間、まるで恨みが残ってでもいるように消えなかったんだとか」

「待ってください心中だったんじゃ……!?」

「他殺の証拠が一切なかったんだそうです。主人のみ一切損壊のない毒死でしたから、結局のところ、結論は”無理心中”と」

「──い……般人にそんな(むご)いことができますか……?」


 人間の身体はそう簡単に解体(バラ)せるものではない。

 筋肉の繊維、骨、脂肪。そうしたものを刃物とはおおよそ無縁の人間が断ち切る、物理的な抵抗。

 人間を解体するという、行為自体に発生する精神的な抵抗。


 以前から強烈な恨みがあったのならばまだわかる。まだ納得ができる。

 しかしこれは──あくまでも噂だとは言え、いささか不可解が過ぎる。


「まあ、そういった部分が謎を呼び、怪談になったのだとは思いますよ……。それがすべてとは言いませんが、要因の一つではあるでしょう」

「ま、周りの連中は怖いんだろ。──そんな理不尽で不可解な死が傍で起こって、原因もへったくれもないんじゃあ、他人事じゃないんだろうさ」


 そんな恐ろしい事件の起こった屋敷なら来なかった、と思ってみても後悔先に立たず。

 天井に危なっかしくぶら下がったシャンデリアが、エレノアの作った光を纏いながら小さく揺れるのを呆けたように見るしかない。


「で、現場はここなんだそうよ?」

「────え?」


 そう言ってエレノアが指さした先。

 シキミの立ち尽くす、暖炉の前。

 光に照らされ、一層その黒さを際立たせた床板を見て、シキミは今日最大の悲鳴を上げた。




「星よ(アストラ)」

蛍の群れのような光を発生させる。

そのやわらかい光はアンデットやデーモン系といった闇に潜む者達を刺激しない。


昨日は更新できずにすみません!

年末年始は忙しいですね。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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