4.曰く、決め台詞はキメ顔で言う。
にっちもさっちも行かないので、とにかく技を打ってみた。
背に腹は代えられない。死んだら死んだでいい。どうにでもなれ。
MPを少しばかり消費して放たれた技──なんとなく、「それっぽいから」で選ばれた初級魔の火球は、目の前を不用心に飛び回っていた一匹のモンスターに見事命中する。
ごう、と酸素を消費して燃え上がる、小さな火の玉に襲われた巨大な蝙蝠は、「ぎゃあ」とも「ぎょえ」ともとれないような妙な叫び声を上げると、そそくさと上空へと逃げていった。
本当ならば、黒焦げになった蝙蝠の死骸が地面に転がって然るべき場面だと思うのだが……残念ながらそんな展開は望めそうもない。
たまたま臆病な個体だったのか知らないが、これ幸いとばかりに襲いかかって、反撃してこない蝙蝠でよかった。
いや、本当に危ない賭けをした。なんせ失敗したときの勝算は無しだ。
いきあたりばったり、人はこれをヤケクソと呼ぶ。
さて、この一連の流れでわかったことといえば「レベル差補正は存在した」という厳然たる事実と現実であり、なんだか私めちゃくちゃに弱いぞ? という悲しい自覚である。
残念ながら、戦闘という意味では本格的に詰んだらしい。
火球はかなり初級の技とはいえ、かつての私──ゲームアプリ内の私本来の力であれば、その威力はただの初級技に収まらなかったはずだ。
なんせシキミは古参兵である。とっくの昔にレベルは上限の200に到達していた。
どんな初級技も高レベルからの攻撃ともなれば、雑魚など一瞬で灰燼に帰す。
だが残念なことに、レベル1ではせいぜい焦げ目をつける程度。
飛べない豚はただの豚だが、戦えない転生人間はただの雑魚である。
一方、スキル自体にはそこまでレベルによる変動はないらしく、閲覧スキルを使って覗き見た「Lv15」と表示された敵のステータスはしっかりと見えた。
それほどレベルが離れていればある程度閲覧制限がかかると思ったのだが、どうやらそうでも無いらしい。
どこまでが上限なのだろうとは思うものの、気分で表示してますと言われてもおかしくないちぐはぐぶり。
今回はレベルから種族名、スキルや、HP、MPといった基本情報は一切秘匿されることなく眼前に表示された。
もちろん、これ以上のレベル差があった場合どうなるかは定かではないわけだが。
果たしてこの状態は良いのか悪いのか。わからないことが多すぎる。
異世界転生って、もっとスムーズに強くなって進むものじゃなかったかしらん。
何度首を傾げようと相変わらずレベルは変わらないし、敵を打ち負かしたという手応えはゼロ。
だが私はまだ諦めていなかった。
だってまだ死んでない。生きていればなんとかなる。
ポジティブシンキングは己を救う。
──そしてまだ、試していないことがある。
ちらと周囲を見渡して、誰もいないことをそっと確認する。
だって、人がいたら流石に恥ずかしい。ヤケクソではあるが、羞恥心は十分に残っている。
「い……インベントリ!」
風も吹かぬ静寂の中。
人はいないと確信し、躊躇いを捨てそう叫べば、ブォン……と場に似つかわしくない電子音によって半透明の画面が現れた。
あっこれは脳内じゃないんだと、そっと手を伸ばしてみれば、触れた感触はないのに動くスクロール。
上へと流れてゆく創世で見慣れた文字列たちに、思わず天に拳を突き上げた。
インベントリの中には、苦楽を共にした数々の武器達や、各種回復薬。レベル差補正を受けない強力な技を封じ込めた、持ち運び可能な魔法陣達。
それらを流し見ながら、文字を流す手は止めない。
お目当てはそう、我が妄執の証、神器シリーズである。
『神器』とは、『創世』において一時、バランスブレイカーと称された最強武器の事で、その性能は一級品。
後々、若干の下方修正はされたものの、その強さは折り紙付きだ。
入手の困難さから『富豪の遊び』とまで言われた神器シリーズの収集を、私は既に終えていた。
古参強豪の嗜み。
五年の執念と容赦なく投げ打った私財の賜物である。
シキミは神器シリーズの持つある特性に期待していた。
それは神器に宿った精霊たちが自立して戦うというもの。要するに自律システム的サムシング。
そして彼らの強さは私のレべルではなく、武器それ自身のレベルによる。
──私ではなく神器が戦うことで、私の弱さは補完されるのだ。
触れているようで感触のない指先が神器のうち一つの文字をそっとなぞれば、火球とは比べ物にならないほどの魔力消費を感じてそっと目を閉じた。
「神器召喚──崇高の弩弓」
閉じた目蓋越しに溢れる光が目を貫く。視界が白く染まり、身体を包み込むような強い風が一陣吹き荒れた。
「──呼びましたか?……おや、随分弱くなりましたねポンコツマスター」
…………一瞬の静寂。
先程までの期待感と高揚感はどこへやら。冷たく澄ましたやけに聞き馴れた声に、いまいちこの目を開きたくないという気持ちが湧き上がる。
「俺の主ともあろう人がレベル1だなんて、一体なんの冗談です?」
恐る恐る目蓋を上げてみれば、貴族然としたなんとも美しい青年が、絶対零度の瞳でこちらを睥睨していた。
……………ご褒美には……ならないかも。
今後このお話がどうなるのか予想がつきますか?
私はだめです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。