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レベル1からやり直してこい!?  作者: 参星
呪われた宝石編
38/109

38.曰く、とりっくすたあ。

 

 慣れぬ酒精(しゅせい)が、シキミの視界をぐらりと揺らす。

 溶けるように倒れ込んだベットに、昨日より深く沈みこむ。


 煽られるがままに調子に乗って、グラスを四つほど空にしたのが悪かった。

 シキミの頭は酩酊(くらくら)と、気ままな船旅を楽しんでいる。いや、楽しんでいるというか苦しんでいるのだが。


 階下の喧騒が嘘のように静かな部屋の中で、あの不思議な少女の言葉が木霊(こだま)する。

 私のことを、否、私に関わる大凡(おおよそ)全てのことを、きっと彼女は知っているし、握ってすらいるに違いない。


 この世界において知る人間などいないはずの「カエデ」の名前を、彼女は知っていた。

 (とき)は満ちた、などという警告は如何にも人外じみていて、その不穏さに拍車をかける。


「わからぬは仕方のないこと」と、彼女はそう言った。

 それは私の差し出した「対価」であると。

 ──つまり、私がこうして半ば個人情報喪失の状態で、異世界にレベル1で放り出されていたのは対価が故ということか。

 単語や名称は覚えているのに、()を構成する大事なパーツが欠けているという自覚はある。家族の顔、友人の顔、好きだった事の一つも思い出せないのは、はっきり言って異常だ。


 アルコールが思考の道筋を(ぼか)してゆく。霧がかったように明瞭(はっきり)しない思考は、結局一つの像も結ばずに霧散した。

 魔力さえ溶けだすような感覚──。



「アホ面ァ」

「うるさ……………え??」


 ベットの上下に付いている板──ヘッドボードのその上に、器用に座り込んだ一人の男。ふわふわとした、ゆるくウェーブのかかった短髪は燃えるように赤い。

 まるで犬が待てをするように、両手両足を一点についた姿は野生の獣を思わせた。


 堅牢の盾(スメラギ)。神器である。


「なんで出た!?」

「もうさんざん勝手に出てきてンだろ〜?」


 スメラギは、蒼玉石(サファイア)のような瞳を呻くシキミに投げかけ、ケラケラと笑う。

 かるい仕草や身のこなしは「堅牢の盾」という名称の真反対をゆく。

 赤髪(せきはつ)の彼は一通り笑うと、ふと思い出したように首を傾げた。


「あ〜……アレ? 最初っから出てこなかったこと怒ってる? それともヒスイのことか? ま、そうは言うけどよぉマスタァ、スライム(あの)程度ならマスタァ自分で出来んだろ?」


 ヒスイは俺様じゃあどうにも出来ねぇしィ、と言った彼は音も無く地面に降り立つと、そのまま勢い良く枕元に腰を下ろした。

 すぐ耳元でぎしりとベットが悲鳴を上げて、シキミの頭は大きく揺れる。脳味噌を掻き回すような揺れに、もはや呻き声も上がらない。


「かァいそぉなマスタァに、俺様から制約ギリギリ、できるだけのプレゼント! ──マスタァの、この世界での目標は?」

「目標……」

「そ、生きることッてんなら心配いらない。俺様達がついていれば大抵のことはどうにかなるぜ?」


 それはそうだろうな、とシキミは嘆息(たんそく)した。

 神器はすべてレベル100。シキミのカンストレベルの200には劣るが、あのテオドールですら95。そう考えれば、それが何人もいる上に、魔力の続く限り無条件で協力してもらえる己とは、ある意味チートの絶対防御持ちではあるだろう。


「プレゼントそのニ、ヒントになるかはわかんねぇけど。──俺様達がマスタァを守護(まも)るのと、マスタァがこの世界にいること。それとこれとは全く別のオハナシなんだぜ」

「……わからないんだけど」

「アンタはどこまで行ってもアンタだから、俺様達は守護(まも)るってコト」

「うゔん……………わ、わかりません」


 私が私だから、守護(まも)る。

 それはなんだか、私という存在に向けられた無償の愛のようでこそばゆい。


 脳裏に(よぎ)るのは、ニシキの優しい子守唄と、ウィスタリアの慈愛を含んだ目。

 ゲームにおける、持ち主と武器の領域を超えた何かの破片が胸を刺す。

 それは決して恋ではない。もっと純な──言うなれば愛に近い何か。一個人という枠組みを超えた、もっと違う何かだ。


 ──魂そのものに向けられる、(やわ)い光のような何か。


「ま、わかんないのは仕方ねぇ。俺様もここまで言うのが精一杯っちゃ精一杯! 契約だからな、変なことは言えないようになッてんの」

「契約については…………言えない、のかぁ」

「大正解〜! イイコじゃん? マスタァ」


 結局何が言いたいのかといえば、俺様たちがついてるから心配せずに生きてね、といったところだろうか。

 それはまぁ、先も生死もわからないより全然マシなわけだけれど。


「ヒスイのほうが俺様よりうまく説明できるだろうし、俺様からヒスイに言っといてやるよ」

「それはめちゃくちゃ助かるかもしれない……」

「チョー苦労してんじゃん。呼んだの一回だけなのにさァ」


 ベットに広がるシキミの長い髪を(もてあそ)ぶスメラギをそのままに、シキミは大きく溜息を()いた。


 兎にも角にも、私はこの八方塞がりの謎を──なぜ私がここにいるのかを──解明しなければならなさそうだ。

 だって、わからないのが怖いから。

 怖いものを回避する一番賢いやり方は、名前をつけて、形をつけて、見えるようにしてしまうことだ。


「まぁ、マスタァ。そう肩肘張らなくてもさ、望むと望まざるとに関わらず、オハナシは勝手に進んでゆくものだぜ?」


 戦場の愉快犯(トリックスター)

 常に撹乱を好む彼がニヤリと(わら)えば、チェシャ猫のようだと微睡む世界にひっそりと思った。



現実世界でも全てが詳らかにされることのほうが少ないので!!!!!!はい!(勢いあとがき)


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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