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レベル1からやり直してこい!?  作者: 参星
呪われた宝石編
36/109

36.曰く、五里霧中。

 

 上がり(かまち)で靴を脱いで上がり、ひんやりとした板張りの感触を靴下の向こうで感じる。

 薄暗い家屋の中は、シキミの記憶の中にある「日本家屋」というイメージをそのまま形にしたような、古民家のような古式ゆかしい内装であった。


 板張りの廊下に障子と襖。欄間には龍や観音様らしきものが透かし彫りされていて、(すす)けながらも衰えぬ荘厳さに息を呑む。

 龍はともかく、観音様はほぼ確実に元いた世界のモチーフであるだろうと予想がつくだけに、今更ながら安々と這入(はい)った事を後悔した。


 異世界の中にあって異世界。


 ここは元いた世界の諸々を懐かしく思い、顔を綻ばせ、喜ばしく思うべきところなのかもしれないが、明るくはないこの家の雰囲気と、少女の持つ不思議な()()()がそれをさせない。


 ずり、ずり、と前を歩く不思議な少女の打ち掛けが床を()る音が、やけに大きく聞こえる。

 鮮やかな紅唐(べにとう)に染め上げられた生地の中で、金糸で象られた鳳凰が大きく羽を伸ばしていた。


 振り返った彼女の緑の瞳が、不思議な光を宿して輝いているように見える。真っ赤な瞳孔が()っとこちらを見つめて、静かに()らされた。


「どうぞ、此方(こちら)に」


 開かれた障子の向こう、畳の敷かれた一室にシキミは通される。

 部屋の中は、少し埃っぽい、使い込まれた藺草(いぐさ)の匂いがして、少し落ち着く。


 床の間にはや違い棚がきちんと配置されているのに、何故か中央に据えられた囲炉裏が、その部屋をアンバランスに崩していた。


「──此方(こちら)へは、最近来られたので御座いますか?」

「う、え……はい。物凄く最近です」

「左様で御座いますか………道理で」

「──え?」


 勧められるまま、囲炉裏の側に腰を下ろせば、火にかけられた鍋が煮立っているのが良く見える。

 浮かんでは消える忙しない泡に煽られて、よくわからない植物の破片が、逃げ場を探して舞い上がっていた。

 薬草か、ハーブなのか。充満する香りは嫌なものではない。


「いえ、やはり随分と…………面白い魔力の使い方をなさる御方と思っておりますれば。納得いたしまして御座います」

「変、でしょうか? ……というか使っている意識があまりないんですが」

可笑(おか)しゅう御座いますねぇ。応用しかできておりませぬ」


 くつくつと、さも面白いと笑う少女の、口元をたおやかに隠す仕草は演劇めいてわざとらしい。

 きゅうと細められた眦を彩る(あか)が、どこか妖しく艶めいていた。


 シキミはといえば、突然投げかけられた魔法の話に目を白黒させるしかない。

 魔力の使い方も何も、元いた世界に魔法は無かったのだから、使えるものを本能のままに使っているだけだ。


「基本ができていない、と?」

「できておりませぬ。その魔力、どうやって練っているのお分かりでいらっしゃいまするか」

「わかんないですねぇ」

「駄目で御座いますねぇ」


 はぐらかされ、揶揄(からか)われるような会話は、少女の掌で転がされているようで、あまり気持ち良くはない。


 そんなことを思いながら、座布団の上では、自然と足は正座の形をとる。行儀よく、膝に両手を乗せて、背筋がすっと伸びてゆく感覚はどこか懐かしい。

 ここではそうするのが正解のようにも思えれば、(いささ)か不思議な気持ちだ。

 それをちらと見た少女の瞳が、また面白そうに(きら)めいた。



 ぐるぐると鍋をかき回す手つきはまるで魔女のようである。

 いや、魔女だとしても古今東西、囲炉裏にかけた鍋で薬を作る魔女など聞いたことがないのだが。

 煙突などない部屋の中で、湧き上がる煙はいつの間にか、頭上で龍の姿をとっていた。


「お前さまの様な、()()御方は久しゅう御座いますれば。嫌いではございませぬ」


 そう言って、きゃらきゃらと少女は笑う。

 無邪気なあどけない声の(さえず)りは、灰色を帯びた部屋の中で一層明るい。


「香の付いたお茶は、お好きに御座いましょう?」

「えっ……と、はい」

「──あい」


 好きだと断定され、戸惑うように頷くシキミは、もうすっかりこの店の──少女の空気に呑まれていた。


 柄杓(ひしゃく)で汲み上げられる薄く色づいた液体が、黒い茶碗の中に注がれてゆく。

 どうぞと差し出された器の中を、爽やかな良い香りが満たしていた。

 一口含めば、少し癖のある香りがゆっくりと鼻を抜けてゆき、少し渋い後味が口の中に(わだかま)る。


 ぐつぐつと煮立つ鍋の音と、火が爆ぜる小さく高い音以外聞こえない、生物の気配のない冷たい部屋は、薄い静寂に包まれた。


「異界にあって異質なお前さまには、魔法は難しき事と存じますれば、存分に神器をお使いになるがよろしゅう御座います」

「──は?」


 突然の言葉に、落としそうになった茶碗を慌てて下に置く。


 ──異界にあって異質、それから神器。その言葉の意味を知るのは、知ることができるのは自分だけであるはずだ。

 だというのに、何でもないことのように落とされた言葉達は、シキミを揺さぶるには十分すぎる威力を持っていた。


「ちょっ……と、待ってください。何でです? なぜ私のことを知ってるんですか?」


 神器たちの言葉が、シキミの脳裏を駆け巡る。

 漏らすくせに、知らぬでいろと言われることがどんなに苦しいか。どんなに恐ろしいか。

 その、庇護にも似た目隠しが、異世界(このせかい)での手探りを一層恐ろしいものにしている。


 ──知らぬは、怖い。泥沼に足をとられるように、ただ沈むしかないような気がするから。


「皆そう! 貴女も、神器も、意味深なことばっかりじゃないですか!! 私はゲームしてるんじゃないんです!」

「存じ上げておりまする」

「……ッ一体……一体、皆は何を知ってるっていうんですか?」

「──お答えしかねますれば、御容赦を」


 更に言い募ろうとしたシキミの言葉を遮るように、ですが、と少女の張りのある声が遮る。


「この店にいらっしゃいますは、御縁あっての御方のみ。──()()()様。(とき)は満ちますれば、重々御注意召されませよ」

「ね、ねぇ、またそんな意味深な事言われても! ほんとに訳がわからないんです!! いきなりそんな──」

「わからぬは仕方の無い事。お前さまが差し出した対価に御座います。──故に(わたくし)が口を出すは御法度」


 そも、お前さまにお会いするのも、本来はせぬが道理。ですが──と少女は背を向ける。


 床の間の隣、低いところにある小さな押し入れ──地袋から、何やら取り出した彼女は、また打ち掛けを引きずりながら戻ってきた。


「何かございましたらこれをお使いに。使いどころは自ずと知れますれば、ご心配召されずともよろしゅうございます」


 膝が付きそうな程の距離、目と鼻の先に少しばかり幼い少女の顔が迫る。翠の虹彩の中で血の色に輝く瞳孔が、ひしとシキミを捉えていた。


「ここに来たは必然のこと。必然でなければ此処へは辿り着けませぬ故。──(しか)らば()れも一つの運命」


 握りこむ両手は氷のように冷たく、驚き振り払おうとすれば、更に強く握りこまれる。

 手のひらの中に固く、滑らかな何かを握らされた感触がして、打ち掛けと同じ紅唐(べにとう)に彩られた指先が、ゆっくりと離れてゆく。


「──お前さまは愛されておりますね、でなくば神器も現れませぬ。…………さすれば、努々(ゆめゆめ)道を違えることのなきよう」


 お前さまの道程(みちゆき)に幸あれと、狭間(はざま)からお祈り申し上げておりまする。


 少女の声は、祝詞(のりと)のように朗々と鼓膜を揺らす。小さく微笑んだ彼女は、ゆっくり頭を下げると「ご武運を」と言ってきた。


 だからなんの解決にも、答えにもなっていない! と、そう言葉にしようとした途端、香の匂いは強くなり、掻き混ぜる様に世界が歪む。


 ぐらり、と揺れた視界を惜しむように、シキミはゆっくりと目を閉じた。



難産でした!!(もっと他に言うことないんか)


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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