34.曰く、パフェは美味しい大正義。
シキミたちの宿泊場所「鳩ノ巣」の、通りに面した窓側の席。
謝っても「いいよ、別に。気にしないで?」と繰り返す少年に、お詫びに何をしたらいいか聞いてみれば、暫し悩んだ彼は「パフェが食べたい」と花も恥じらう笑顔を咲かせて言ってきた。
この辺りは詳しくないから、行きたいところに連れて行ってくれとお願いすれば、手を引かれ、連れて来られたのが鳩ノ巣だったのである。
普段は夜しか食事処は経営しないのに、無理を言ってパフェを作ってもらう。
どうやら彼は、私がここにそんなお願いができる人間だと踏んでいた──らしい。……多分なのだが。
見るからに高級そうな、シルク地のフリルとレースがふんだんに使われた、西洋人形の着ているようなシャツ。ぎゅっと腰を締め上げるコルセットは、時代遅れにも見えるのに違和感がない。着る人を選びそうなそれは、しかし目の前の少年によく似合っていた。
まだ明るい陽の光を浴びて、白く輝くプラチナブロンドはふわふわと愛らしく。光を反射する海底のような深藍の瞳は長い睫毛に彩られ、今にも零れ落ちそうなという形容詞が相応しい。
そんな一枚の絵画のような姿にアイスの──よりにもよってチョコレートの茶色いシミが目に痛くて仕方がない。
女将さんに頼んで貰った、濡らしたタオルで擦ってみたが後の祭り。シミは一向に消える気配を見せなかった。
「ね、食べていいの?」
「どうぞ召し上がってください。というか、逆にこれでよかったの? その服、もっと高いものでしょう?」
「んん……いいの。りんがなんとかするし、どうせいつか捨てちゃうし。……それなら僕、美味しいもの食べられたほうが、嬉しい」
えへへ、と笑う顔はあどけなく、精巧に造られたビスクドールが顔を綻ばせているとしか言いようのない絵面に、シキミは盛大にどぎまぎしていた。
目の前にでんと置かれた苺のパフェを、突く仕草さえ作り物めいて美しい。
ちなみにこの苺は、シキミが露店で買ってきたものである。
桃に葡萄に苺に西瓜──に似たものが並べられていては季節感はどこへと遠い目をしたのも今は昔。
「そのりんさんに、一言謝んなくて平気かなぁ…………」
「怒ったら、僕がごめんなさいするから大丈夫だよ?」
「なんて良い子なの…………」
ぱちぱち、と瞬く瞳が凝っとシキミの目を見据える。
──どうしてこう、異世界の人たちは前髪の向こうを透かすようにこちらを覗くのだろう。
ゲームアバター由来の、宇宙色の目は珍しいからなんとなく隠しておこう、程度のつもりで大した意味などないのだから、見られようが見られまいが構わないのだけれど。
いや、でも。この世界の人たちの、探り、透かし、暴くような視線は少し怖い。
それは多分、元いた日本のように安穏とした、安寧の中では生まれにくい、いっそ動物的な野生の瞳だ。
「──僕、いい子かな」
「良い子だよ。……あっ、そういう言い方が嫌だったらごめんね?」
「お姉さん、謝ってばっかり!」
変なの、と笑う姿は悪戯好きな妖精のように、蠱惑的で愛らしい。
小さな口に収まらず、弧を描く唇の端に付いたクリームを、手を伸ばして拭うべきか否か。己なぞが手を出してはならぬという侵しがたいその雰囲気に、シキミは一瞬逡巡する。
一瞬、伸ばしかけた手の先で、少年は何かを見つけたかのように顔を上げ、窓を見て──ひどく綺麗に微笑った。
「──りん!」
「りん……さん??」
「ん、僕のお迎え! パフェありがと、お姉さん。残しちゃってごめんね?」
「いや、お詫びだから全然いいよ。ねぇ、ほんとに一言言わなくて平気かな」
「大丈夫、お洋服は気にしないで」
窓を見れば道の向かいに立つスラリとした人影。あれがきっと「りんさん」なのだろう。
せめて送り出しはしよう、と席を立ち、少年のためにドアを開けてやれば、まるで鳥籠から小鳥が飛び立つように彼は走ってゆく。
日の光の差し込む中、くるりと振り返った少年が「ばいばい」と手を振った。
そのまま彼が向かった先を見れば、窓から見えた人影にぎゅうと抱きつく白い影に、ちょっと微笑ましく思ってしまう。
どこから取り出したのか、真っ白なハンカチが少年の口を拭うのがやけにはっきりと見えた。
「りんさん」は黒尽くめの、まるで執事のような格好をしていた。足元を飾るピンヒール、肩に羽織ったロングコートは長身の──おそらくは彼──によく似合っているのだが、なんというかいまいち堅気に見えない。
片や天使、片や闇の世界に潜んでいそうな人。妙にアンバランスな二人が寄り添う姿は、親子のようにも、主従のようにも見える。
何にせよ身分の高そうな組み合わせに「やっぱり坊っちゃんだったんじゃん?!」と焦るシキミをよそに、こちらに気がついた様子の黒尽くめの保護者さんがペコリと頭を下げてきた。
──いいんでしょうか、私、お宅の大事な坊っちゃんのお洋服汚しちゃったんですが。
そのまま、路地の影に溶けるように消えていってしまった二人を追いかけられる訳もなく。
いつかどこかで会ったら謝ろう、と思うに留め、シキミはおとなしく残りのパフェを突く事にした。
あれだけ目立つ二人組なら、そう遠からず見つかるような気もする。
「しっかし…………」
あれが「りんさん」かぁ、と溜息が出てしまう。
遠目から見ただけではっきりとは見えなかったが、恐ろしく綺麗に整った顔をしていた。
なんというか、あれは氷の冷たさに似た美しさだ。
「異世界ではイケメンか美女しかいないっていう閲覧制限でもかかってるのかな…………?ん、うま!」
苺の甘酸っぱさに絡むクリームの甘さ。今は懐かしい春の香りに舌鼓を打って、シキミは残りのお使いのため、大いに英気を養うことにした。
「──あ、天使君の名前、聞き忘れちゃった」
ぽろり、と硝子の器から零れ落ちた苺の赤が、少し目に眩しかった。
性癖こじらせた創作者の末路を見ている。
ここまで読んでいただきありがとうございました。





