30.曰く、神器を使えばいいじゃない。
ウィスタリア。
正式名称、ウィスタリア・アークライトは悪魔である。
きちんと堕天という手順を踏んだ、由緒正しき、正式な悪魔である。──とは彼の談。
もちろん、設定の話ではあったのたが。
悪魔悪魔しい、人を惑わすご尊顔に似合わず純白の軍服を纏うその姿は、一見すれば天使らしくも見えなくは──ない。
ないのだが、その右の額から伸びる角と、背から覗く黒々とした鴉のような羽は、天使らしくない禍々しさと妖艶さを湛えてその存在感を主張していた。
「何故です。私を使えば大概のものは殺せますよ」
「殺せばいいってモンじゃないんですよ? 大体、突然召喚される精霊さん達を、どう説明したらいいんです?」
「マスター…………。ウィスター、と」
呼べ、と強い瞳で訴えられれば敵うわけもなく。
おずおずと小声でウィスターと呼べば、僅かに持ち上がる口角にそれが正解だと知る。
「よろしい。良いでしょう、マスター。一つ教えて差し上げます」
純白の手袋に包まれた右手が空を切れば、その手に収まる大きな鋏。
時空をすり抜けて現れたようなそれの形は裁ち鋏に似て、刃の部分が長く鋭い。
その全長は、そう低くもないシキミの身長と同じぐらいはあった。実質、鋏の形をした大剣とそう変わらない。
大鋏の持ち手には赤い炎がチロチロと舐めるように揺れていれば、持つのも恐ろしい。だが、その炎は決して主人に害をなさないということをシキミはよく知っていた。
「持ちなさい、マスター」
ずいと押し付けるように差し出され、おとなしく受け取った大鋏は、その手に一切の重さを感じさせなかった。
羽でも持つような、手の中にあるものがハリボテであるかのような軽さにシキミは思わず目を見開く。
「良いですか、マスター。私達は神器の精霊です。契約者である貴女以外には、原則として──いいえ、基本的にと言い換えましょう──何れにせよ、見えません」
「そうなんですか!?」
「そうです。…………いいですか、外で私達とお話ししようものなら、あなたは完全に頭のオカシイ人間です。気を付けなさい」
その少ない脳みそに叩き込んで、くれぐれも恥を晒すんじゃありませんよと強めの語気が心に痛い。だが、その中に滲む気遣いをシキミは無視できない。
命令口調の潔癖症。それなのに、妙に持ち主に甘いのだ、と掲示板が大いに賑わったのを思い出す。
そもそも何でここにいるんだと言いたいのだが、よく考えればニシキが既に呼んでもいないのに出てきてたっけ、と一人遠い目をする。
どうするんだ、これ。突然出てこられて丸無視を決め込める自信が一切無い。
「私達が見えないんですから、武器さえ自然に出せれば完璧です。レベルは神器によるのでしょう?」
「いくら何でもガバガバでは………」
「失礼ですね、私が入るんですからマスターがどれだけドポンコツでも大概の敵は殺せます」
「──はいる」
「入ります。神器に」
こつこつ、と真っ白な指が鋏を叩く。
軽かったでしょう、と傾げられた首に合わせて揺れる髪に、薄く光が通って藤が透けた。
そういえば、ウィスタリアは藤色の英名だったっけ、と話を忘れて見惚れてしまう。
高貴な紫色は、そのまま彼の在り方を映し出しているようだとふと思う。名は体を表すというが、彼は大変見事にそれを為している。
──それなら私は、何だろう。
シキミ
しきみ。
私は────。
「──聞いていますか? マスター」
「その美しい、まるで鳥の囀るような声に聞き惚れておりまし……すみません聞いてませんでした」
それ以上一言でも口から出したら、お前の持つこの鋏の切っ先がどこに向かうかは理解っているよな? と言わんばかりの眼力の前に、シキミはあっさりと陥落した。
暫しの沈黙。
ランプの火がジジ、と燻る音がやけに明瞭と聴こえる程の、静かな間。
若干気まずい空気の中、心底脱力したような溜め息が、張り詰めた沈黙を打ち捨てた。
「本ッッッッ当に馬鹿ですね!」
「返す言葉もございません!」
もう一遍しか言いませんからね、と言うウィスタリアの後ろ。小さな窓のその向こう側で、小さな夜が更けていた。
作者はウィスタリアのことをママだと思ってるフシがあります(あるのか?)
ここまで読んでいただきありがとうございました。





